ギリシャ問題の取り上げ方から明らかになった「金融後進国 日本」 (近藤駿介 証券アナリスト)

ギリシャについての報道で、感情論が支配的となり金融的な視点が失われてしまうところに日本社会の弱点が現れているとも言えます。
Demonstrators gather near the Greek Parliament during a rally against the government's agreement with its creditors in Athens, in central Athens, Tuesday, July 14, 2015. The eurozone's top official says it's not easy to find a way to get Greece a short-term cash infusion that will help it meet upcoming debt repayments. (AP Photo/Emilio Morenatti)
Demonstrators gather near the Greek Parliament during a rally against the government's agreement with its creditors in Athens, in central Athens, Tuesday, July 14, 2015. The eurozone's top official says it's not easy to find a way to get Greece a short-term cash infusion that will help it meet upcoming debt repayments. (AP Photo/Emilio Morenatti)
ASSOCIATED PRESS

◆ 感情論にかき消される金融論

注目されていたギリシャの国民投票は、大方の予想に反して大差で「OXI(オヒ=反対)」となりました。

ギリシャ問題は連日日本のメディアでも大きく取り上げられています。しかし、一連のギリシャ問題に関する日本のメディアの論調は、約40兆円もの負債を抱えるギリシャが強気の交渉姿勢を見せ続けていることに対して、ギリシャが傲慢であるといった感情論が大半を占めており、登場するコメンテーターの多くも「借りた金を返すのは当然」だという感情的かつ批判的なコメントを繰り返すにとどまっています。

こうしたコメントが横行するのは、専門家と称される人達が「ギリシャの労働人口の25%が公務員」「ギリシャの公務員の給料は民間企業の労働者の1.5倍」「現役時代の収入に対する年金の支給率は先進国のなかで極めて高い」といった情報を繰り返すことで、怠け者のギリシャが駄々を捏ねているという印象を演出しているからです。

確かにご説ご尤もで、ギリシャの社会制度には改善すべき点が多々あることは間違いありません。しかし、同時にそれは感情論に過ぎないものでもあります。なぜなら、金融的には違った見方が出来るからです。感情論が支配的となり金融的な視点が失われてしまうところに日本社会の弱点が現れているとも言えます。

◆ 「借りたお金を返す」のは当然だが、「借りたお金が返せなくなる」のもあり得ること

番組に専門家として登場する人達がしたり顔で説明するギリシャの社会システムは、専門家しか知らない情報だったのでしょうか。

そうではありません。こうした情報は公知の情報です。当然、ギリシャにお金を貸していた投資家もこうしたことを知っていました。つまり、ギリシャがこのような、借金を返せなくなりそうな社会状況にあることを知りながら、債権国はギリシャにお金を貸し続けたということです。

投資家は、ギリシャで2009年に政権交代が起こり、2010年に国家的な粉飾決算をしていることが明らかになるまで、実際にどのような財政状況にあるかを数値的に正しく把握することは出来ませんでしたが、ギリシャの社会システムについては知っていたわけです。

日本のメディアに登場する専門家が主張するように、ギリシャの社会システムが財政破綻の要因なのであれば、何故債権者はギリシャに多額の貸し付けをしたのでしょうか。

借りたお金を返すのは当然のことです。しかし、同時に債務者が借りたお金を返せなくなる状況に陥ることも十分に起こり得ることで、「借りたお金を返さないのはけしからん」という批判はこうした現実を無視したものでしかありません。

日本にも会社更生手続や民事再生手続など、債務者が返済不能に陥った場合の再生ルールが用意されていて、多くの場合は債務カットが大きな柱となっています。つまり、債務者が返済不能に陥った場合に「借りたお金を返さない」ということは金融的には普通のことでしかありません。

債権者側も債務者が返済不能になる可能性を考慮に入れ、そのリスクを加味して貸出金利を決めているわけですから、債務者が返済不能に陥った事実は受け入れざるを得ないわけです。

例えば、経営危機に陥ったシャープに対して主力銀行は倒産を避ける目的で多額の追加融資をして来ましたが、今年になって再建計画が破綻することが明らかになったことをうけ2,000億円規模の債務の株式化(DES)という手法で実質的な債務免除に踏み切りました。こうした例でも明らかなように、倒産を避ける目的で追加融資をして来た金融機関は、再建計画が頓挫した場合に債権放棄などで一定の責任を負うのは特別なことではありません。

◆ ギリシャ問題の構図を間違えた「金融後進国 日本」のメディア

今回のギリシャ問題は、例えばシャープの再建策が頓挫したのと同じことです。

貸手側もギリシャの社会制度を十分に理解した上で資金を貸付けたわけですから、ギリシャがデフォルトになった場合、「貸したお金が返ってこなくなった」としてもそれを受け入れる以外にはありません。

ギリシャがデフォルトと認定されるリスクを冒してまでIMFに対する債務を支払わなかったのは、会社でいう再生手続を望んでいるからに他なりません。

日本のメディアは、今回のギリシャ問題を、デフォルトにされたくないギリシャが駄々を捏ねているかのように報じて来ました。しかし、実際の構図は、EU諸国にデフォルト、つまり倒産していることを認めさせることで債務削減交渉をしたいギリシャと、政治的にギリシャを容易にデフォルトさせられないEU諸国との対立であるといえます。

基本的な対立の構図を間違って捉えてしまったことで、日本では本質からかけ離れた報道が繰り返されてしまったのです。

EU諸国にデフォルトであることを認めさせ、債務削減交渉を開始したいギリシャにとって、「実現可能な合意ができない限り、返済はできない」と主張するのは当然のことでしかないのです。

対立の構図を取り違え、金融の常識に目を向けずに、ギリシャの社会構造に問題があるという感情論と、借りたお金を返せなくなった場合にどう対応していくかという問題を混同した議論を繰り返す日本。今回の日本メディアのギリシャ問題の取り上げ方から明らかになったことは、日本が「金融先進国」になるまでにはまだ時間がかかりそうだということです。

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近藤駿介 証券アナリスト

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