パッチディフェンス/期待される戦略的「ノアの方舟」

京都府のレッドデータブック2015年版が出版された。13年ぶりに更新された中身を見ると、絶滅寸前種や絶滅危惧種は大幅に増加していて、生物多様性の危機の深刻化を示している。

森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。12月号の「時評」では、京都学園大学教授・京都大学名誉教授の森本幸裕さんが、各地で問題になっているシカによる植物の食害対策について、新しい動きを紹介しています。

京都府のレッドデータブック2015年版が出版された。13年ぶりの更新の中身を種子植物について見ると、絶滅したと思われていた17種が見つかったのは良いが、絶滅寸前種や絶滅危惧種は大幅に増加していて、生物多様性の危機の深刻化を示している。その要因には里地里山の放置などが挙げられているが、林床植生についてはシカの食害が最たるものだ。祇園祭の厄除けに使うチマキザサをはじめ、普通種でも食害で利用に大きな支障が起きているものがある。

●「京都府レッドデータブック2015」。分冊になっており、植物については第2巻で取り上げられている

先日、学生や地域の方々と一緒に、小さな防鹿柵(ぼうろくさく)設置のボランティアに汗を流した。場所は京都の市街地に隣接した宝ヶ池公園。ここ数年で林床植生の食害は極めて深刻となった。今、故郷の遺伝子資源を守る「ノアの方舟(はこぶね)」を作っておかないと、と思い立ったわけだ。林床植生を失った表土は浸食が凄まじい。浅根性のソヨゴは大雨の時に何本も根返りで倒れてしまった。ナラ枯れでできた大きなギャップは、シカの食べない外来種ナンキンハゼの群生地となった。

深刻度を増すシカ食害に対して根本的な対応であるシカの個体群調整は、すでに高密度となった状況のもと、年率20%という高率で増加するシカと大幅劣化してしまった生態系の前に、無力感を拭えない。

●フクジュソウ。こうした美しい花を咲かせる野生植物も、シカの食害で姿を消している

そんな中で期待されるのが、残った植生を守る防鹿柵。しかし、大規模なものはお金もかかるし、管理が大変。なにせ1カ所でも破られたり、倒木で壊れたりすると意味をなさない。修学院離宮庭園の広大な背景林に防鹿柵をめぐらしたものの、灌木植え込みの悲惨な状況がなかなか改善されなかったことでも分かる。

そこで、継続的に投入できる労力に合わせて、むしろ小さめで確実にメンテナンスできる「パッチディフェンス」に期待がかかる。その絶大な効果に感激したのは、京都の西山、大原野森林公園だ。地域の「森の案内人」らが、絶滅危惧種フクジュソウや府下で唯一とされるヤマブキソウなどの生育地を、防鹿柵で死守している。裸地化した柵の外と比べてみると、正に「ノアの方舟」状態だ。

シカ個体群の調整が今後、本格的に進んだとしても、方舟がないことには再生はおぼつかない。普通種でも遺伝的多様性を確保するには、各地で立地条件や地域分布等に配慮した戦略的な系統保存の取り組みを展開しておかないといけない。大きな保護区を1カ所よりは、小さな面積でもたくさんの保護区を作っておくことが、生物多様性の確保に有利なのである。

そこで、企業や団体の環境貢献として、里山にはパッチディフェンスを設置し、企業緑地を地域の絶滅危惧種のレフュージア(避難場所)とする「ノアの方舟」運動が展開できないだろうかと思っている。

注目記事