報告「森林環境」市民講座/震災後5年 東北での経験から何を学ぶか

千葉大学 園芸学研究科科長の小林達明教授「福島では放射線の影響はもちろんだが、コミュニティの破壊が最大の問題だと思っている」

森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を発信しています。6月号の「NEWS」では、「震災後5年の森・地域を考える」をテーマとして、4月23日に開催した「森林環境」市民講座の内容を報告しました。

東日本大震災の復興を環境保全や地域づくりの観点から検証するため、「震災後5年の森・地域を考える」をテーマに、第4回「森林環境」市民講座(森林文化協会主催、朝日新聞社後援)を4月23日、朝日新聞東京本社読者ホールで開いた。里山での生活や生態系の回復力、集落の再建などについての講演3題を聞いた後、約80人の参加者からの質問を踏まえながら、被災地の現状と課題、そしてこの5年から何を学ぶかを話し合った。

●壇上で意見を交わす登壇者たち。左から鎌田磨人さん、小林達明さん、西廣淳さん、一ノ瀬友博さん、桑山朗人さん

講演の要点(演題、講演者名、講演要旨の順に紹介)

福島第一原子力発電所事故5年後の里山の現状と課題

●千葉大学園芸学研究科科長・教授 小林達明さん

原発事故後、福島県川俣町へ通っている。初めて行った時に「畑のことは想像がつく。心配しているのは山のことだ」と言われた。この思いが現地と東京で共有されていない。放射性セシウムが土壌に閉じ込められていることを理由に、国は森林を除染しない方針でいる。我々の調査地ではまだ落葉層に多いのに、訴えは聞き入れられてこなかった。今年2月に里山も除染対象とする方針が出たが、計画はまだ策定されていない。里山の木で、アカマツはあまりセシウムを吸っていないが、コナラは吸っている。薪にもほだ木にも使えないレベルだ。これでは避難解除されても、住民は暮らしていけないに等しい。

仙台湾岸の砂丘と海岸林 ~グリーンインフラに向けた『再生』の可能性

●東邦大学理学部准教授 西廣淳さん

攪乱を受けた後で元に戻る回復力を「レジリエンス」と呼ぶ。仙台湾岸の砂丘では津波の翌年には海浜植物が復活し、倒れた海岸林の跡地にはマツの実生苗が見られ、高いレジリエンスを発揮していた。これらは「生物学的遺産」が残されていたことで実現した。有事には防災能力を発揮し、日常においても多くの機能を持つ自然の生態系を、「グリーンインフラ」という新しい発想で捉え、活用する考え方が世界的に広がっている。しかし、被災地で性急に進められた防潮堤建設や海岸林造成は、生物学的遺産の多くを破壊してしまった。辛うじて残された遺産を活用した、復旧・復興事業からの再生が望まれる。

東日本大震災における高台移転の進捗と課題 ~宮城県気仙沼市を例に

●慶応義塾大学環境情報学部教授 一ノ瀬友博さん

私たちが通う舞根地区では23世帯が造成の終わった高台へ移転する。ここは震災直後の2011年3月末に移転の合意が形成され、被災地で一番早かった。翌年には防潮堤はいらないという宣言もした。チリ地震津波(1960年)などの体験から、「海が見えないのは危険だ」という思いが根付いており、震災時も住民は潮が引いた海を見てすぐ避難した。ただしこれは、市内38地区の集落移転事業の中で、かなりうまく進んだ例だ。地域の将来像、被災跡地の利活用などが十分に議論されなかった所もある。5年という長い時間の中で難しい判断を迫られ、多くの地区で移転戸数は当初計画の数字から減少している。

※ 講演者3人の主張は年報『森林環境2016』(森林文化協会のホームページから、無料で閲覧可能)に収録されている同じ題名の論文をご参照ください。

質疑・討論のポイント

約1時間を割いた質疑・討論では、3人の講演者に加えて、コメンテーターとして桑山朗人さん(朝日新聞東京本社科学医療部長)も登壇した。コーディネーターを務めた鎌田磨人さん(徳島大学理工学研究部教授)を中心に、会場からの質問も題材にしつつ、レジリエンスの活かし方や、コミュニティの存続の在り方を軸に、話が進められた。

生態系のレジリエンスは震災後、なぜ活かされなかったのだろうか。「これまでは人が増えるから、なるべく人が使える場所を広く確保しようと、小さな面積で強い効果を発揮できる人工構造物に頼るのが防災の基本だった」と話したのは西廣さんだ。

しかし、人の活動をうまく調整すれば、ある程度広い面積の海岸林などを確保し、津波による被害を軽減することもできるだろう。生態系のレジリエンスが高ければ、また元の状態に戻っていく。西廣さんは「技術的にはまだ課題があるので、自然の回復力を助けるような研究開発はこれから重要になっていく」と指摘した。

「治水において、水が川から水田にあふれることを許容する取り組みもあった」と、木曽三川の輪中地帯の例を挙げたのは桑山さん。損失の補償問題などが課題にはなるが、ダムや堤防ばかりに頼らない手法として、現代においても検討されている対策だ。

鎌田さんは、広大な干潟を海水面変動の備えと捉えているカナダの事例を紹介。「日本では、そういう所を埋め立てて人が住み、災害へのリスクを高めてしまった。大きな被害を受けた経験をもとに、土地の使い方、人間の住み方をどうするか考え直すべき時期に来ている」と述べた。

東日本大震災では地域社会も大きな影響を受けた。

小林さんは「福島では放射線の影響はもちろんだが、コミュニティの破壊が最大の問題だと思っている」と切り出し、こう続けた。「地域が放射線のレベルで、避難区域かそうでないかに分けられてしまった。避難解除になっても、実際に戻るか否かの判断は、人により異なる。強制避難でコミュニティがズタズタになった上に、こうした違いでも区別される。これからの地域社会を考えるのは非常に難しい状況だ。中のコミュニティをサポートする外のコミュニティの役割も、非常に大切になっている」

「限界集落に近い」と言われてきた高齢化の進んだ集落が、今回の被災で存続するかどうかの判断を迫られた。一ノ瀬さんは、そんな中で意思決定すらできなかったコミュニティがあったことを指摘した。「不幸なパターンは自治会長が亡くなった所で、話がまとまらない。自治会長が健在でも、避難所から仮設住宅へとみんなの居場所が替わるうちに、連絡先が分からなくなることは多かった。そこで役場に尋ねたら『教えられません。個人情報です』という。話し合いもできずに大きなブレーキになった」

「高齢者の多い地域で元のコミュニティを保とうとする時、大きな障害になるのは医療機関の回復だ」と桑山さん。「戻りたいけれど、戻るための仕組みが整備されていない、という課題には、自治体なりの立場からの目配りが欠かせない」と話した。

討論はこの他、住民への放射線量の「見える化」や、海岸林造成の在り方、高台移転における環境影響評価などにも及んだ。東日本大震災後も、今年4月の熊本県や大分県を襲った地震をはじめ、大きな被害を伴う自然災害は後を絶たない。最後に鎌田さんは「いろいろな災害に備えて、東北で学んだことを活かしながら、社会の姿、日本のつくり方を検討していかなければならない」と結んだ。

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