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交通法規を守り、安全に自転車に乗ろう

2013年05月13日 17時40分 JST | 更新 2013年09月17日 14時45分 JST

自動車やバイクで交通違反をして、警察から反則金を課された経験者は多いだろう。違反の度合が大きくなるほど、反則金は高くなり、点数のペナルティも大きくなる。一定限度を超すと、警察から渡される紙は青色の通称"青キップ"から赤色の"赤キップ"になる。赤キップは、公訴となり行政処分を科されることを意味する。簡単に言うと「前科が付く」のだ。

ところで、自転車には反則金制度がないのをご存知だろうか。反則金制度は軽度の交通違反について行政処分を省略する制度だ。その制度がない自転車の場合、交通違反を取られると即赤キップなのである。

あなたは、自転車で信号を無視したことはないか。道の右側を走ったことはないか。酔って自転車に乗ったことはないか。夜間に無灯火で自転車に乗ったことはないか。すべて交通違反であり、厳密に取り締まられると、一発で赤キップ。そのまま行政処分となる。

今まで、警察は自転車の交通違反を厳しく取り締まってはこなかった。警察の裁量範囲内でお目こぼしを受けていたのだ。しかし、この1月から神奈川県警察は悪質自転車の摘発を開始した。5月7日付け朝日新聞が「悪質自転車「即レッド」 神奈川県警が取り締まり強化」と題して取り締まりの状況を伝えている。記事では、信号無視をした高校生がいきなり赤キップでしょげる様子が出てくるが、実際問題として赤キップはしょげるどころでは済まない重い罰則だろう。

警察の態度が変化した背景には、2008年の道路交通法改正がある。自転車は法的には車両の一種である軽車両に分類され、車道通行が義務づけられている(道交法第17条)。ただし2008年以前は、道路標識で指定のある場合に歩道通行が可能となっていた(同63条の4)。

2008年の改正では、この63条の4の条件が厳密化され、「原則として車道通行」が徹底されることになった。諸外国では、歩行者の保護が最優先であり、自転車の歩道通行が認められている例はほとんどない。しかし日本では、1970年代のいわゆる"交通戦争"の時期に、自転車・自動車間の事故を減らすために緊急避難的に自転車を歩道に上げることを可能にして、そのまま30年以上も暫定状態がずるずると続いていた。2008年の道交法改正は、異常な暫定状態に終止符を打ち、自転車をきちんと車両の一種として交通体系の中に位置付け直すという意味があった。

ところが長年自転車の歩道交通に慣れた人々の意識は一朝一夕には変わらなかった。「歩道を走れ!」と自転車を怒鳴るドライバーは相変わらず散見されるし、「歩道を走れるのだから、自転車は歩行者と同じ」と思っている人々による自転車の右側通行、信号無視、無灯火、飲酒運転は目に余る。

また、1970年代に自転車を歩道に上げて事足れりとしてきた道路行政は、自転車の通行しやすい道路を作ることを長年怠ってきた。その結果「自転車は車道を走れと言われても、あぶなくてとても走れたものではない」という状態を、路上の随所で見付けられる。

こういう場合、事故防止に一番簡単で実効性があるのは、一罰百戒の交通取り締まりだろう。神奈川県警の違反自転車取り締まりは、その流れで理解できるだろう。

この問題は、警察側と市民社会の側の2つの側面から考え得る。警察からすれば、取り締まりは即効性のある対策だ。日本の法律は、あいまいな文面やとても厳守できない規定によって警察にかなりの裁量範囲を与えている。警察は通常は"お目こぼし"を行いつつ、その気になれば恣意で市民社会に踏み込める体制を維持している(有名なところでは、立小便は軽犯罪法1条の26違反である。厳密に適用して取り締まりを行えば、全男性は前科持ちとなるだろう)。その裁量のひとつが、今回は、自転車の交通違反に対する赤キップだったわけだ。

しかし取り締まりをいくら強化しても、自転車を正しく安全に使える道路環境が整備されるわけではない。真に必要なのは、自転車を便利で安全な交通手段として、交通体系の中にきちんと組み込むことだ。そのためには自転車が安全に車道を走れる道路整備が不可欠である。

自転車は、その気になれば数十〜数百kmを走行可能で、二酸化炭素をほとんど排出せず(せいぜい呼吸からの排出だけである)、有酸素運動による健康増進にも役立つ、大変便利で有益な道具だ。同時にもっとも身近で利用者の多い乗り物でもある。それを十全に使える環境の整備には、単なる一罰百戒の取り締まりでは足りない。

同じ問題を市民社会の側から見れば、漫然と交通違反を違反とも思わない意識のままで自転車に乗り続ければ、市民生活の中への警察権力の過剰な介入を招くことにもなる。このまま自転車の交通違反が減らなければ、自転車への反則金制度が導入されるかも知れない。自転車に対して現在の自動車並みの交通取り締まりが実施されれば、確実に社会はその分息苦しくなる。逆に警察側から見ると、自転車への反則金制度は新たな雇用と利権の創出となる。

今私達が行うべきは、「警察は横暴だ」と怒ることでも、「自動車の違反のほうがひどいじゃないか」と矛先を別の乗り物に向けることでも、「そうだそうだ、もっと危険自転車を取り締まれ」と喝采することでもない。

自律し、交通ルールを守って自転車に乗ることだ。それはそんなに難しくはない。一度に全てを守れといわれて困惑するかもしれないが、実際のところ安全に自転車に乗るための最低限のポイントは、以下の5項目に集約される。

・原則として車道の左側を通行する。細い道でも大通りでも左側通行は絶対遵守。

・やむを得ぬ歩道走行では歩行者優先を徹底する。

・信号を守る。

・無灯火走行をしない。

・飲酒運転をしない。

自動車ならば、なにをいわんかやの内容だ。そうだ、自転車は軽車両。法律上は自動車と同じ「車両」なのである。歩行者と衝突しての死亡事故も実際に起きている。歩行者と同じ意識で乗って良いものではないのだ。

とりあえずこの5つを守るだけで、路上の安全は格段に向上する(もちろん赤キップを食らう危険性も激減する)。その上で、より自転車の走りやすい道路の整備を行政に求めていき、全体として秩序だってより便利な交通体系の実現を目指そうではないか。それは同時に、市民生活への警察権力の過剰な介入を防ぎ、介入に伴う税負担を軽減することにもつながる。

最後に、私が2008年に書いた、この問題に関する記事へのリンクを掲載する。

やってしまいがちな危険行為と、その根底にあるもの(2008年12月19日)

日本でママチャリが発達した理由(2008年12月5日)

 ともに、松浦晋也の「モビリティ・ビジョン」(WIRED VISION)という連載の中で書いたものである。なお、この連載は加筆修正の上「のりもの進化論」(太田出版 2012年8月) という本にまとまっている。