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読んで涙が出た「火災現場のダンボールメッセージ」

2014年03月31日 00時03分 JST | 更新 2014年05月30日 18時12分 JST

ちょっとしたエピソードを。

時々通る繁華街の裏道、小さな長屋のようにお店がギュッとまとまって建っている区域で、少し前に火事があった。火元は小さな個人経営の飲食店。まだ色々なものが燃えた後の臭いも生々しい直後にそこを通ったとき、店主だった人のお詫びの言葉が紙に書いて貼られていた。どうやら深夜に出火。幸いにしてけが人はいなかったが、隣の店にも延焼してしまった。店と店の間なんてほとんどないところなだけに、火は瞬く間に隣まで広がったのだろう。でもそれ以上広がらなかったのが奇跡にも思える。火元の飲食店の二階を見上げると、窓ガラスもぜんぶ吹き飛び、黒々と焦げた天井が丸見えで、火事の恐ろしさを感じた。

それから2~3週間。その店の前をまた通ったら、火事で割れた窓ガラスや扉を覆うためにガムテープで応急処置的に貼られたダンボールに何やらいっぱい書き込みがされているのを見つけた。何だろう? そう思って近寄ると、それはぜんぶお店への応援のメッセージだった。

「一日も早く復活されることをお祈りしています! 早く食べたい!!」

「ふぁいと!」

「大丈夫!」

「負けないでください!! また食べに行きます!」

「がんばってください。また来ます!」

「がんばって早く直して。おいしいものまた食べたいです!」

「がんばってください!復活を信じています!」

「君なら出来る!再建!」

「アイスティーがまた飲みたい!」

「また来ます!」

「いつもアイスティーを飲んで、○○を食べていた者です。がんばってください!!」

読んでいて、涙が出てきた。おかしなことだけど、まるで自分に言われているような気がしたのだ。ちょうど自分自身、仕事や人生につまづいて途方に暮れているところなのだ、お恥ずかしい話。でも、これを読んだとき――それは私に宛てたものではなく、この店の、間違いなくおいしいものを誠意を込めて作り、お客さんみんなに愛されていた店主さんに宛てたものなのに――ああ、そうだ、頑張らなきゃ、また頑張って復活しなきゃ、と思った。

これを眺めていたら、後ろを通る何人もが足を止め、ジッとダンボールに書かれたメッセージを読んでいた。その誰もが何かを考えるような顔をして、またどこかへと行った。それぞれの人が何を思ったのかは知らない。

日ごろ、ちょっとしたことに怒ったり、文句を言ったり、都会の人はみんなイライラし、お互いを思いやる気持ちなんてないと思っていた。自己責任という言葉はすっかり定着している。私からすれば、今言われる自己責任という言葉は裏を返すとそのまま社会の無責任にしか思えないけれど、実際みんな自分のことにさえ手が回りきれない、いっぱいいっぱいの世の中。蹴躓いた人のことなんて知らない。罵ってやるとさえ思う。でも、そんな現実の中でも火事に遭った店を思いやる人がいる。そしてその思いやりの言葉はそこだけにとどまらず、書いた人が想像した以上の力で伝播していく。ああ、思いやりの言葉のなんたる力よ!

もちろん、火事に遭った店を再建するのはたいへんだ。先日も大阪・十三横丁で36店が燃える火事があり、再建は個人レベルでは難しくて大阪市が名物横丁を建て直すのに協力をするというニュースを読んだ。しかし、1店舗単位で燃えた店を建て直すには市区町村の協力は得づらいだろう。試しに少し調べたら、住宅が全壊した場合など見舞金が10万円出たりする地域もあるが、10万円では文字通り焼け石に水。低金利での貸付もあるようだが、それも少ない。当座の生活資金も必要だ。

現実は厳しい。それでもダンボールに書き連ねられた言葉たちの力がどうか店主さんに届きますように、と祈らずにおられない。その人はそれを見たのだろうか? 店を思う言葉は今、店から通りへ、街へとこうして広がっている。そんな絆を生み出した店がまた再建されないで、どうする。どうかいい未来がありますように。