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「神山プロジェクト」の20年の軌跡から学ぶ、まちづくりに重要な4つの視点

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今まちづくりで注目されている地域があります。徳島県神山町です。人口わずか6019人(9月1日現在)、高齢化率は46%(2010年)を超える同町には、今"二つの異変"が起こっているそうです。一つ目は、1955年の合併後から減り続けていた社会動態人口が初めて12人の増加となったこと。

もう一つは、名刺管理サービスを提供するsansan株式会社を皮切りに、IT企業など10社がサテライトオフィスを設置したことです。なぜ、過疎化が進んだ地域にこれほどの変化が起きたのでしょうか?調べてみると、神山町で中心的に活躍しているNPO法人グリーンバレーの存在を知りました。グリーンバレーは移住支援や空き家の再生、芸術家の滞在支援などを行っているNPO法人です。

そこで、私は卒業研究にかこつけて、実際に現地に行って約2週間滞在してみることにしました。最初に訪れたのは、視察者向けに行われたグリーンバレー理事長の大南信也さんによる講演です。今回は講演前半部分から普遍的にまちづくりに重要だと思われる点をまとめたいと思います。

(1)過疎化の現状を受け入れ、持続可能な地域を目指す

大南さん:神山プロジェクトのポイントは「創造的過疎」という言葉です。過疎の問題はただ単に数でとらえてしまうことが多いです。例えば、この町の人口が1年間に15%減少してしまうといった数だけに焦点を当ててしまう場合があります。ところが、日本が人口減少の時代に入っていて、2020年には東京の人口が減り始め、2060年の日本の人口は8674万人になると言われていますよね。そうだとしたら、今まで人口が減り続けていた過疎地で、この状況を止めるのは無理だと思います。

だから、逆にそれを受け入れてしまおうと。神山のような山間部では農林業で地域興しがされてきたが、結果的にほとんどが上手く機能していないように思います。そこで、今度は多様な働き方を実現するようなビジネスとして場の価値を高めて、農林業だけに頼らないバランスの取れた、持続可能な地域を目指すことが「創造的過疎」です。

雇用がないという課題に対しては「サテライトオフィス」という動きが始まっています。これは、場所を選ばない働き方を出来る人たちが働く企業を誘致することで、結果的に神山で生まれ育った子たちがサテライトオフィスで働けるような状況を作っていくことで、地域における世代循環を少しずつ取り戻していこうというのがこの一つの考えです。

ところが、日本の地域の中でこの世代循環は非常にか細くなっているので、それだけに頼っていても上手く地域は持続できません。そこで、都市部から力を持っているけれど活躍の場がないという子たちを迎え入れることによって、地域を持続していこうという方法が考えられます。それを神山の場合は、「ワーク・イン・レジデンス」という地域に雇用がないのであれば仕事を持った人に移住してもらうという考え方で解決しようとしています。

それと共に神山塾という半年間の職業訓練も行っています。県外の子たちがほとんどで、独身女性20代後半から30代前半、東京周辺の出身の人が圧倒的に多いです。デザインが出来たり、編集が出来たりといったクリエイターがたくさんいます。2010年の12月にスタートし、6期で77名が巣立っていきました。そのうち、約50%がそのまま移住者として神山に残ります。さらに、10名くらいがサテライトオフィスや関連の事業で雇用されている出口を持った職業訓練です。さらに、カップルが9組誕生していて婚活にもなっているという不思議なことが起こっています。

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(徳島県神山町。徳島駅からバスで約1時間。かつては、林業で栄えた地域だったが、木材価格の低迷により地域が衰退していった)

(2)共通の成功体験を持ったメンバーが5名以上いること

大南さん:グリーンバレーの始まりは1体の人形からでした。1927年にアメリカから日本に送られてきた友好親善の人形です。友好親善の人形でしたが、太平洋戦争が始まってから、「焼いてしまえ」というキャンペーンの対象になったことで、ほとんどが壊されてしまいました。今現存しているのは約300体。そのうちの一体が、「人形に罪はないから」と一人の女性教師が隠しておいたことによって、神山町の小学校に残り続けました。

1990年になると、私の長男が幼稚園に行き始めたこともあって、PTAの会合に行くと廊下にその人形があったんですね。また、人形がパスポートを持っていて、そのパスポートに「ペンシルベニア州ウィルキンスバーグ」と出身地が書かれていました。63年前に送ってくれたものだから、当時10歳だと仮定すれば、今は73歳。「まだ生きておられるかもしれない」と思い、ウィルキンスバーグの市長さん宛てに手紙を送りました。

そうすると、半年ほど探してくれて「見つかった」という連絡がありました。見つかったのなら、この人形を一度里帰りさせようと「アリスの里帰り推進委員会」を作りました。5か月後の8月には子供たち10名を含めた30名の訪問団を結成し、人形を連れ帰るためにウィルキンスバーグまで行ったら、現地の人々に大歓迎されたんですね。

その時に5名くらいの、後にグリーンバレーの中心となる人間が共通の成功体験をしたのが大きかったと思います。もし私だけが里帰りに参加していたら、自分の言葉で里帰りがどうだったかを仲間に伝える必要があるけれど、言葉では中々通じないわけです。

それが、同じ成功体験を持っていると「あの時面白かったよな」とか「大歓迎されたな」とか、感覚的なものが共有されるんですよね。だから、地域興しなんかをやるときに、共通の成功体験を5名以上の人間が持っていることは非常に重要になるのではないかと思います。

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(講演をするグリーンバレー理事長の大南信也さん)

(3)やったらええんちゃう?

大南さん:人形の里帰り以降、「国際文化村委員会」を民間で作りました。ところが困ったことが起こります。「アイデアキラー」の存在です。アイデアキラーとは過去の失敗を例に挙げながら、アイデアを破壊する人たちです。会合、組織、会社にも必ずいます。誰かが一つアイデアを言うと、「あなたが言ったことは3年前に出てきたよ。あの時駄目だったのは予算が無かったから前に進まなかった」と言います。このように、出てくるアイデアを全て結果論として否定していく人がいます。これは非常に説得力を持ちます。何故かというと、この失敗の経験をみんなが共有しているからです。

アイデアキラーには一つの特徴があります。二言目に必ず言う言葉があります。それは「難しい」「無理だ」「出来ない」です。会社だとしたら、「俺は聞いていない」「誰が責任をとる?」。行政だったら「前例がない」と言ってアイデアを潰していくでしょう。しかし、前例のないことは時代の歯車を回すチャンスが自分に巡ってきたと考えるべきだと私は思います。いつか誰かが前例を作っているからです。そうだとすれば、それに直面した人間がなぜそれを活かさないのかということだと思います。もし前例が出来たら、アイデアキラーはこう言うでしょう、「あ、俺分かっておったんやこうなるの」と。

では、アイデアキラーが組織や会社に現れたらどうするべきでしょうか。グリーンバレーでは、2つの言葉を使いました。1個目は「出来ない理由より、出来る方法を考えましょう」です。最初から出来ないと決めつけるのか、何か良い方法がないか考えてみるのでは結果が全く違います。オープンで開放的に物事を考えたら良いアイデアが浮かびますが、出来ないと決めつけ閉塞していたら良いアイデアは浮かびません。

良いアイデアが見つかったら、次はどうすればいいか?これが2個目の「とにかくやってしまおう」という言葉です。やることによって物事の展開を変える。そこで、課題や問題をあぶりだしていき、一つ一つ潰していくほうが色々なことが効率的に動いていきます。これの元の言葉は、「Just Do It」。これを阿波弁に直したら、こういう言葉になります。「やったらええんちゃう」と。この言葉がグリーンバレーの動き方を体現しています。松下幸之助さんも「やってみなはれ」という同じような言葉を残しています。結局、大正時代にしても昭和にしても、物事の心理というのは変わりません。やっぱり、新しいことを見つけた人は必ず行動を起こしているところじゃないかなと思います。

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(グリーンバレーHP「イン神山」。アートや暮らしについてのコンテンツがある)

(4)空き家を一つのツールとして、町の将来に必要な働き手をピンポイントに逆指名

大南さん:国際文化村委員会では、「神山アーティスト・イン・レジデンス」というプログラムを1999年から始めました。これは、芸術家3名を神山に招待し、その人たちが作品を制作して、住民としてその作品制作の支援をしていこうという取り組みです。今年で16回目を迎えています。(※国際文化村委員会は2004年にNPO法人グリーンバレーになった)

この事業を7,8年続けるなかで、自費で滞在するアーティストを対象としたビジネス展開を考えようということになり、「In 神山」というwebサイトを作ります。当然、アートをビジネス化しようとしていますから「これらが一番読まれるだろう」という想定のもと、アート関連のページを一生懸命作りました。ところが、このサイトが公開されて、一番よく読まれたのがアートの記事ではなかったのです。

何が一番読まれたか、「神山で暮らす」というコーナーです。これは「この家は2万円で借りられますよ」とか「この家は痛みが激しいから薪ストーブを入れても大丈夫ですよ」といった神山の古民家情報です。これが、他のコンテンツよりも5倍から10倍ほど読まれていることが分かりました。これまで神山にはIターン者が全然いなかった。ところが、物件情報の小窓を開いたことによって、ここから神山への移住需要の顕在化が起こります。

「アート・イン・レジデンス」を始める前は、Iターン者は2組しかいませんでした。ところが、アートのプログラムを始めたことによって、神山に滞在したアーティスト達が2,3年後からポツリポツリと移住をし始めます。この人達のための空き家探し、大家さんとの交渉や引っ越しのお手伝いをやっていくうちに、グリーンバレーに移住支援のノウハウが少しずつ蓄積されていきます。

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(神山町の古民家。現在は移住者の方が暮らすために改修工事をしている)

大南さん:2007年10月には「移住交流支援センター」というのが県内8つの市町村に置かれました。神山以外の7つの市町村は全て市役所・町役場・村役場にが運営をしていましたが、神山の場合だけ、グリーンバレーがアーティストの移住支援をしていて、役場が運営するよりも上手くいくはずだから、委託する形で運営してくださいということになりました。じゃあ、そのときにグリーンバレーが得たものは何か?それは、移住希望者の個人情報です。

移住支援をしている市町村は全て、移住希望者に登録をしてもらっています。なので、インターネットで全国の市町村がどのような希望を移住希望者からとっているのかを調べました。そうすると、だいたい2つのことを聞いていることが分かりました。「家族構成を教えてください」と「物件の希望」をほとんどの市町村が聞いていたのです。

ところが、いくら物件の希望を聞いたところで、理想の古民家はほぼ見つかりません。古民家というのは一度捨てられた家なので、色んな欠陥があるわけです。そのときに、南向きで、風通しが良くて、夏は涼しくて、冬は暖かいみたいな物件の希望を聞いたところで、理想の古民家は見つかるはずがありません。では、グリーンバレーは何を知りたかったのか?それは、「人間の情報」です。

「あなたの夢や志はなんですか」、「今までどのような仕事をしていましたか」、「これから10年後、どういった職種でどのくらいの収入を得るような予定ですか」といった生活設計を聞きました。そして、事前にこの人間の情報が掴めたことによって、冒頭に書かれている「ワーク・イン・レジデンス」(仕事を持った人に移住してもらう)が機能し始めます。

でも、単純に仕事を持った人に移住してもらっても面白くないわけです。そこで、ひとひねりしてみます。町の将来に必要と思われる働き手とか起業家を、空き家を一つのツールとしてピンポイントで逆指名しようという考え方です。

「神山には石窯で焼くパン屋さんが出来たら町の人たちも美味しい温かいパンを買うことが出来る。観光客の方もお土産にパンを買うことが出来る」ということで、じゃあ「この家はパン屋さんをオープンする人だけに貸し出します」と最初から入り口を絞ります。

同様に、「インターネットの時代に、webのデザイナーが町には絶対必要だよね」ということで「この家はwebデザイナーさんだけに貸し出します」と最初から入り口を絞ります。普通なら、移住は結果です。移り住んだ後にその人が何をしているかを知ることが出来ます。ところが、事前に職種を限定できたことによって、今度は町がデザインできることに繋がっていきます

【前編終了】

ワーク・イン・レジデンスが機能し始め、町をデザインするということに着眼したグリーンバレー。これから、神山町が各メディアに取り上げられるきっかけともなった「サテライトオフィス」の開設、移住者の方々が生み出す新しい変化が始まっていきます。後半は、その神山町に移住してきた人々によって変化していく神山町の様子を講演後半部分を中心に紹介したいと思います。

参考URL:「In 神山

(2014年10月7日、「Wanderer」の記事を編集して転載しました)

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