ハーバード大学関連病院へ研究留学してわかったこと

有名な研究機関で働いていても、期待に反することも多くあります。
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私は2014年11月から5ヶ月間、ハーバード大学の関連病院であるマサチューセッツ総合病院(MGH)に研究留学しました。

今回、研究留学をすることになったのは、大学のカリキュラムの一環でした。東北大学では、3年次の後期の半年間、基礎医学修錬といって、研究に従事することになっています。その際、ご縁があり、MGH, vaccine and immunotherapy center(※1)の柏木哲先生のラボにお世話になることになりました。元々海外の厳しい世界に身を置き、最先端の研究を肌で感じてみたいと考えていた私ですが、この5ヶ月間で、自分の考え方が根本的に変わることとなりました。

【柏木ラボについて】

柏木先生は、ワクチンをレーザー光を用いて増強するという研究をしておられます。現在のワクチンは安全であるように設計されていますが、その反面、感染防御に十分な免疫応答を誘導しにくいため、免疫応答を増強するために免疫賦活剤(vaccine adjuvant)が広く使われています。これまでのロシアや米国での研究で、可視レーザー光を皮内投与型ワクチン接種部位に前照射すると、ヒトとマウスの両方においてワクチンの免疫応答を高めるとういことが分かっています。しかしながら、可視レーザー光は皮膚のメラニン色素によって吸収されるため、皮膚の色によって効果に影響がでるという決定的な問題点があります。そこで、柏木ラボでは、皮膚の色にほとんど影響されず、より安全な近赤外レーザー光の研究をしており、臨床応用に向けたポータブルディバイスの研究もされています。

※1 Vaccine and immunotherapy center

http://advancingcures.org/

【米国での研究】

私は、以前にImperial College Londonから来ていた学生が行っていたプロジェクトを引き継いで行いました。

マウスを扱い、皮膚に近赤外レーザー光を当て、そこにワクチンを打ち、免疫反応を調べましたが、この研究は前回が最初のラウンドで、良い結果が出たため、僕の結果が今後を左右するという非常にプレッシャーのかかったものでした。

記録的な豪雪の中、研究を進め、3月にはcollaboratorのDr. Ed Ryanとのミーティングを行いました。Dr. Ed Ryanは、熱帯医学の第一人者で、NEJM(New England Journal of Medicine)の総説も執筆されています。臨床と研究の双方に従事しながら、バングラディシュのコレラ対策も行っておられるDr. Ed Ryanは風格があり、今後の実験に関してもsuggestionを頂き、実りあるミーティングとなりました。

それから1週間後に最終プレゼンがありました。ここでは、これまで自分の行ってきたことの報告、いわば自分の存在価値証明の場でもありました。不思議と緊張はなく、質疑応答も含め1時間ほどで終わりました。ラボのメンバーからはとてもよく評価して頂き、多くのフィードバックを頂きました。プレゼン後には多くの人が私に声をかけてきて、結果を出すだけでなく、伝えることの重要性を改めて認識しました。

【米国における研究の実情】

MGHの研究施設には、スペイン、イタリア、インド、中国など、世界各国から留学生が来ており、アメリカ人は少なく、中国人は4割を占め、多民族国家であることを象徴していました。また、国費ならまだしも、自費で自国から来ている人も多くいました。

それでは何故、彼らは米国に来るのだろうか。

その理由の一つに、ハーバード大学が世界トップクラスのブランドをもつということがあります。米国では日本以上に学歴が重視され、博士に対する認識も強いです。私のmentorは「論文を出して、博士号を取り、製薬企業に務めたい」と言っていて、ハーバード大学のような一流の大学研究機関で結果を出し、実績をもつことで、希望の職業に就こうと考えている人も多かったです。

一方で、留学が観光化しているという面も垣間見ました。あるタイから来た医師は、mentorよりも頭が切れて賢かったです。ただ、いつも暇そうにしていて、彼女に話を聞くと、「務め先の病院で行ってくるように言われ、今では夫とボストン観光を楽しんでいる」とのことでした。同様に、中国から国費で来た優秀な医師も、家族で来て観光を楽しみ、途中で国から、MGHで臨床をみるように言われ、ラボを去ることになるようでした。

多くの医師は母国に帰れば医師としてのポストがあり、2、3年で帰る人が大半で、多忙な医師の仕事の息抜きになっているというのも現状です。

一方、研究を仕事とする人たちは、結果を出さなければお金を得ることが出来ません。まさに死活問題なのです。抗がん剤の開発で有名なSteele ラボでは、多くの研究員が解雇されており、また、私のmentorは、数ヶ月間結果が出なかったこともあり、「次のプロジェクトがうまくいかなければ、クビになるかもしれない...」と本音を漏らすこともあり、研究の厳しさを痛感しました。

米国では、ポスドクとして働き、実績をあげ、その間にNIH(アメリカ国立衛生研究所)などに代表される様々な機関に自分の考える研究プロジェクトの詳細を書いて、グラントを申請することで、自分の研究費の獲得を試みます。このような大きな研究費を得ることで、自分の研究室を持つことができ、そこから、自分の給料や雇ったポスドクの給料が支払われます。つまり、自分の実績がそのまま反映されるということです。

一方、日本ではどうだろうか。

日本の大学には、教授、准教授、助教、講師というポジションがあり、その下にポスドクがいます。また、常勤とするかどうかを決めるのは教授であるため、結果がそのまま反映されるとは限らないのです。その反面、一度雇用されると、すぐに解雇されることも少ないという面もあります。

平成25年度の年間受入研究費を見てみると、ハーバード大学では約1600億円(※3)であるのに対し、私の所属する東北大学では約400億円(※2)です。

文部科学省から交付される科学研究費だけをみてみると、1位が東京大学の231億円であるのに対し、東北大学は104億円で4位となり、全国的にみても多くもらっていることが分かります。(※4)

次に、一人当たりの研究費を算出してみると、ハーバード大学の職員数は12800人(※3)で、約1250万円、一方、東北大学の職員数は6379人(※2)で、約630万円となります。これは人件費を含まないため、東北大学はハーバード大学と比較して、資金面でそれほど劣る訳ではないということになり、十分な研究を行うことが出来る環境にあるのではないかと考えられます。

また、受入研究費の内訳を見てみると、ハーバード大学では学費と投資が5割以上を占める(※5)のに対し、東北大学では1割程度(※2)しか占めず、多くが交付金などの税金に頼っているという状況です。

これは、日本では、東京帝国大学を除く全ての大学が、大正7年の「大学令」により、国によって設立されたのに対し、米国では日本のように国立大学がなく、私立大学や州立大学がほとんどであるためです。米国では国家ができる100年以上前から私立大学が存在し、ハーバード大学は1636年に清教徒たちによって作られた米国で最初の大学です。

大学単位で交付金や補助金が国から支給される日本と違い、米国では、研究者やそのグループに対して外部資金が提供されるため、資金獲得のために競争に駆り立てられることとなります。

米国における研究資金の中枢であるNIHのR01は、獲得率は20%程度と言われています。PI(Principal Investigator)である柏木先生も「獲得した研究費がなければラボだけでなく、家庭のマネジメントも出来ない」とおっしゃっており、柏木先生は毎日のようにミーティングやグラント作成に追われ、ポスドクや私のような留学生も、昼夜問わず実験を行いました。そのため、米国では活発な研究が行われ、結果を出さなければ生き残ることができないのです。

ラボの研究資金が多くなければ、十分な実験を行えず、アイディアがあっても活かすことのできないこともあります。実際、「ボスが試薬を買ってくれない...」と嘆いているポスドクもいました。また、Georgetown University School of Medicine出身のある医師は、「今のラボで行っている研究はつまらない。このまま残っても意味がない」とおっしゃっていて、別のラボに移ることに決めたとのことでした。

自分の考えをしっかり持ち、ボスの力を見極めることが出来るのであれば、米国で研究するメリットがあるのではないでしょうか。

医学研究費の約50%を占めるNIHの予算の推移(※6)をみると、2013年度はBudget Control Act(BCA)により、予算が減少していますが、2015,2016年度は増加傾向にあります。しかしながら、これは一時的で、今後は再び予算が削減されると予想されます。一方、中国をはじめとするアジア各国の予算は増加傾向(※7)にあり、今後はアジア各国でも盛んに研究が行われると考えられます。

※2 東北大学 受入研究費(平成25年度)

http://www.tohoku.ac.jp/japanese/profile/about/07/about0702/

※3 Harvard University Research Funding

http://www.thecrimson.com/article/2015/1/22/federal-funding-decreases-2014/

※4 文部科学省 科学研究費(平成25年度)

http://expres.umin.jp/mric/mric168_kaken.pdf

※5 Harvard University financial report(2013)

http://expres.umin.jp/mric/mric168_Harvard.pdf

※6 NIHにおける予算の推移

http://expres.umin.jp/mric/mric168_NIH.pdf

※7 主要国における研究費の推移

http://www.stat.go.jp/data/kagaku/kekka/pamphlet/s-01.htm

【米国で感じたこと】

今回、普段と全く違った世界に身を投じることで、自分の世界観が変わり、とても大きな影響を受けました。世界各国から来た優秀な人材な人たちと切磋琢磨することは自分の成長に繋がり、自分の視野を広げることとなります。

柏木ラボで使われていた解析法は、英国から来た留学生によって確立され、現在も使われていました。また、実験で用いるprotocolも、多くの留学生が意見を出し合い、改良されていっています。米国の多民族国家はアカデミアの世界にも浸透し、多様な意見や価値観が融合し、互いに高めあうことが進歩に繋がっていると感じました。

一方で、実際に米国に行ってみると、自分が当初望んでいたことと違うことがたくさんあります。有名な研究機関で働きつつも、お金の問題で思うように研究ができないなど、期待に反することも多くあります。

ドイツから来た医学生は、mentorよりも優秀で、ほぼ独立して実験を進め、また、自分の当初の期待と違うという理由で、早期に母国へ戻ることも考えていました。Mark Zuckerbergは、ハーバード大学を中退し、Facebookを生み出しました。

今回の留学を通じて、最も大切なのは、表面的な価値観だけにとらわれず、何かを成し遂げたいという意思の強さと行動力ではないかと感じました。

私は、現在、公衆衛生学に興味があり、感染症などで苦しむ子供を医療の力で救いたいと考えています。将来、自分の求める研究が米国にあるのであれば、再び戻ってきたいと思っています。

【最後に】

最後になりましたが、今回受け入れてくださった柏木先生、ラボのスタッフの方々、そして、お世話になったすべての方々に感謝します。ありがとうございました。

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