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武内就 Headshot

ネパールでみた医療

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3月初旬に2週間、ネパールを訪問した。

世界最高峰の山、エベレストがそびえ立つネパールは、毎年多くの観光客が訪れる。主要産業は農業(7割)と観光業(2割)で、一人当たりの名目GDPは世界187ヵ国中172位と低く、アジアでは最貧国の一つである。

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(写真1)標高3200mから眺めるヒマラヤ山脈

空港に着き、街中を車で走るやいなや、インフラの不十分さを実感した。多くの道路が舗装されておらず、至る所にごみが捨てられていた。

信号は電気が点いておらず、車やバイクがひしめき合い、排気ガスと砂埃で喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)で苦しむ人が多くいた。首都のカトマンズでさえ1日10時間以上は停電状態で、ガソリンも4ヵ月前までインドとの国境が封鎖されていたせいか、2日は列に並んで待たなければならない状態であった。

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(写真2)街中の様子

私が今回ネパールを訪問したのは、元々途上国の医療に興味があったためだ。当初、途上国の医療の問題点は、インフラや医療技術の発展が遅れていることだと考えていた。しかしながら、今回の訪問を通じて、別の問題点が見えてきた。

はじめに都市部の病院を見学したが、病院は患者で溢れていた。ネパールでは軍隊や政府のための公済保険はあっても、国民皆保険はない。そのため、治療費が全額無料である、国で唯一の国立のトリブバン大学病院では、患者の大行列ができていた。

ERでは一つのベッドを2,3人が使用しているほどだ。

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(写真3)院内薬局に並ぶ人々

しかしながら、首都のカトマンズには人口が集中し、医療の供給も追いつかない状態だ。カトマンズの複数の病院を管理するマネージャーは、「収入や設備、症例が少ないため、多くの医師が海外へ出て行ってしまう」と言っていた。実際、私が出会った全ての医学生も、「将来は海外で働くつもりだ」と言っていた。

ちなみに、ネパールでの医師の平均月収は2~3万円であるのに対し、学費は年間100万円だ。奨学金制度も日本と同様で、返済義務のない奨学金はほとんどない。これでは医師になって学費を返済することすらできない。

一方で、国の政情が安定せず、医療の分野に十分な投資がなされていない。ネパールでは、2006年にそれまでのマオイストによる武力闘争に対し包括和平が成立し、2008年に240年続いた王制が廃止され、連邦民主共和制に移行したものの、未だ政情不安定は続いている。現地の人たちも口々に「政府はselfishで、国民の生活も安定しない」と言っていた。

次に地方の病院を訪れた。首都のカトマンズから飛行機を乗り継ぎ、切り立った山道を車で走ること8時間、チョウジャリという村を訪れた。ここには、人口40万人の地域で唯一のチョウジャリ病院がある。病床数はわずか50床ほどで、医師は3人しかいない。

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(写真4)チョウジャリ

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(写真5)チョウジャリ病院で診察を待つ人々

一方で、多くの准医師と呼ばれる人たちがいた。

ネパールでは医師以外にもCMA (Community Medicine Auxilliary) やHA (Health Assistant) という准医師の職業がある。医師になるためには大学に5年間通わなければならないが、准医師はそれぞれ1年と3年でよい。そのため、医師の少ない山間部などの地域の医療は、准医師たちによって支えられていた。

実際、チョウジャリ病院ではERはCMAが担当し、鼠径膿瘍の切開排膿など、基本的な処置や診断は医師と変わらず行っていた。しかしながら、手術の執刀医を務めることができないなど、彼らにも限界がある。やはり、医師の力が必要だと感じた。

険しい山々が並ぶネパールの山間部では、病院が少なくアクセスが悪い。病院へ1日以上歩いて来る患者さんも少なくない。そこで私は訪問診療の必要性を感じた。だが、訪問診療をするにはまだまだ医師が足りない。今回のネパール訪問を通じて、多くの友人ができた。

訪日経験もある友人は「現在の日本の医療は、数十年後の我々のモデルだ。」と言っていた。医療の進んだ日本から学ぶことは多いようだ。私は、彼らとともにネパールの現状を周囲に発信し、より多くの医師を現地に誘致したいと考えている。

今回の訪問を通じて、ネパールの医療は確かに日本に比べ遅れていると感じた。しかしながら、何よりも問題であったのは、国民の現状に目を向けない政府であった。現在のように政府をあてにできないような状況では、現地での地道な活動が必要である。私は将来、日本で得た知識と経験を活かし、医療から隔絶された人々に医療を提供できるようにしたいと強く感じた。