"Changing World, Changing Roles" 組織のコミュニケーション担当者の役割はどう変わる?

リーマンショックを経て、時代は変化した。

10年前と現在とで、あなたの仕事はどう変化したか?

不確実な時代と言われるようになって久しい。来年で2008年リーマンショックから10年を迎える。当時から働いていた世代であれば、10年と言ってもほんのちょっと前の出来事のように感じられるのではないだろうか。

ほんのちょっと前のように感じる10年前、当時は初代のiPhoneが発売されたばかり。FacebookやTwitter、YouTubeもまだ日本で使っている人はそう多くなかっただろう。当時あなたはスマートフォンを持っていただろうか? SNSを使っていただろうか?

私たちが今当たり前に使っているツールが、当時は当たり前ではなかった。そして、「大企業に入れば将来は安泰」「大手金融機関は破綻しない」「信頼できる情報は新聞やTVで入手する」といった、当時は当たり前に思われていた社会の枠組みが、今日では当たり前ではなくなっている。加速する社会の変化への反動か、高校生のなりたい職業の上位に「公務員」がランクインするなど、若い世代の安定志向の高まりは留まることを知らない。

ワシントンDCで開催されたIABCのワールドカンファレンスに参加してから、早2か月が経過した。カンファレンスのワールドカフェ(※1)でテーマに設定されたのは、"Ethics in communication"(コミュニケーションにおける倫理)であった。1000名規模、約30カ国から参加したプロのコミュニケーターたちがこのテーマについて意見を交わしたのはなぜか、考えてみてほしい。

リーマンショックを経て、時代は変化した。安泰だと思っていた社会の枠組みが揺らぎ、人々はマスメディアよりもインターネットで情報収集するようになり、一般の人がSNSを使って積極的に情報発信するようになった。不確実な情報や、悪意のある虚偽の情報は社会に混迷をもたらす。だからこそ今、情報発信者としての企業や一般の個人の倫理や情報リテラシーが問われている。そのような社会の変化の中、経営層、人事部門、経営企画部門、広報部門、情報システム部門など組織のコミュニケーションを業務とする人々の役割は変化しただろうか。10年前と同じ業務フロー、業務プロセスで働いていないだろうか。

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組織内にナレッジのネットワークを構築するのは誰の役割か?

「変化の多い中で、何も知らない、誰にも相談できないという状態は、従業員にとっては怖い状態。インターナル・コミュニケーターの役割が問われる瞬間だ。」こう語るのは、ワールドカンファレンスで講演者を務めたANZ銀行グループ インターナルコミュニケーション部門責任者のRita Zonius氏だ。Facebook等のSNSメディアは、社内のコミュニケーションでも利用されるようになってきている。そのような流れの中で、コミュニケーターの役割として、エンタープライズソーシャル(※2)で全社内の組織や各人を可視化し、従業員個人の極小化された視野を広げ、広い組織内での各人や各組織の役割と関係性を明確にし、現場業務の価値を再発見させることの大切さを説いている。

私がイントラポータル(※3)の構築や働き方改革関連の仕事で、顧客企業内でのヒアリング調査をしていて、気が付くのは、顧客先の社員たちがいかに頼る人なく働いていることか、ということである。誰に相談すればよいのか分からずに、Google先生に質問の回答を示してもらうのが標準になっているという話さえ聞いた。

組織内における「相談」というコミュニケーションはいつからそんなに難しいものになってしまったのだろうか。メールを中心とする非同期のコミュニケーションが中心となった結果、「電話や対面での相談」というかつては当たり前に行われていたことのハードルが上がってしまったのか。相談すべき相手を探し、相談するための時間を相手からもらうことも遠慮してしまうほど、組織における人と人との結びつきが希薄になってしまったのか。

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あなたは部下や上司や同僚に何かを伝えるときに、どのようにそれを伝えるべきか?

"A new model for employee communication"と題する講演の中で、Shel Holz氏(※4)は独自の調査の結果として、「コミュニケーションが苦手」と回答した管理職層が67%に上ることを発表した。対面でコミュニケーションしなくても仕事を進められてしまう時代において、必要最低限のコミュニケーションスキルも身に付ける機会がないまま管理職になっている。このような環境下で、果たして経営層が中心となって検討した経営計画や当年度の在り方が、その年度内に現場まで浸透することがありうるのだろうか。

当該管理職からすると、そもそも会社(彼らのさらに上司)の言っていることを「嘘くさい」と感じているそうだ。その要因はいくつかありそうだが、コミュニケーションの観点で見ると、会社が説得力を持って自社のビジョンを発信できていないという事実が透けてみえる。

IABCワールドカンファレンスの初日のキーノートのテーマは「ストーリーテリング」(※5)であった。手法としてはもうだいぶ前から知られているものが、今再び注目されているのはなぜだろうか。それだけ組織における情報の洪水がひどくなって、コミュニケーションがあちこちで目詰まりを起こしているからだろう。

嘘くささを感じさせず、伝えたいメッセージを短時間で相手に印象付けるもの、それが「ストーリー」だ。

Sheila Parry氏(※6)は、「Take pride」と題した講演の中で従業員エンゲージメントについて持論を語り、従業員エンゲージメントのモデルや考え方は色々あることを認めた。しかし、「今も昔も変わらないことがある。それは、企業には従業員が必要であるということです」と締めくくった。企業価値を高めるためには従業員エンゲージメントが不可欠で、従業員エンゲージメントを高めるには、自社の良さや強みやありたい姿を絶えず発信し、組織内に浸透していかなければならない。

当の従業員は、クラウド化したシステムを利用し、移動中も食事中も手元にはスマートフォン。情報接点が変化し続ける中、どんな情報をどのチャネルで発信するのが効果的か、チャンネルマネジメントはコミュニケーターの腕の見せ所となる。

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コミュニケーターのキャリア像を再構築する

一方で、顧客企業の担当者へのヒアリングでしばしば出てくるのが「キャリアパスの見えない化(見える化の逆)」である。縦割りの組織で、自部署以外がどんな仕事をしているのかがわからない。上司とのコミュニケーションが不十分で、上司の仕事内容、ひいては自分の将来のキャリア像がわからない。また、時代と共に人事評価の基準も変化するだろう。

自分と会社の将来像をどうやってイメージし、どうやって自分でキャリアパスを描いていけばいいのか。

従業員が直面しているこのような問題に、企業のコミュニケーター自身も直面している。だからこそ私たちソフィアのように、企業のコミュニケーターを支援する立場の人間は、まったく新しい職業を作るつもりでコミュニケーターの役割をあらためて考えていかなければならない。

私自身は、今後も自身が学んだ国内外における企業コミュニケーションの課題や最新の動向を伝え続けていきたい。そのことが、この分野に携わる方々の一助になれば幸いである。

(株式会社ソフィア シニアコミュニケーションコンサルタント 築地健

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※1 ワールドカフェ:話し合いの技法のひとつ。カフェのようなリラックスした雰囲気の中で、参加者が小グループに分かれて1つのテーマについて対話する

※2 エンタープライズソーシャル:企業内など特定の対象者が利用するクローズドのSNSのこと

※3 イントラポータル:企業のイントラネット上のポータルページのこと。業務システムや通達・ニュース、事業部別ページへのリンクなどが一か所に集約されている

※4 Shel Holz氏:組織環境、組織コミュニケーションの専門家。Holtz Communication + Technology代表でありIABCフェロー

※5 ストーリーテリング:特定の個人の印象的な体験談やエピソードを含む「物語(ストーリー)」を通じて、ビジョンやコンセプト、戦略等を印象的に伝える手法

※6 Sheila Parry氏:英国 the blue ballroom社代表。企業の合併や買収などにおける組織文化変容の背景で、CEOやプロジェクトマネジャーに対するコンサルティングやチームビルディングに携わる

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