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「リスクコミュニケーションの土台を支える報道」 テレビユー福島報道局長大森真さん インタビュー

2014年04月26日 22時10分 JST | 更新 2014年06月24日 18時12分 JST

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取材・記事:金サンウ 写真:河野綾香

 福島県の福島市に位置するテレビユー福島は、NHK福島を含む5つあるローカルテレビ局の中の一つである。福島を拠点とする地元メディアとして、いまだ福島第一原発事故に起因する放射線の不安を抱えている福島県民に向けて様々なデータを提供している。福島県民と密接な関係をもつ地元メディアとして、テレビユー福島は放射線のリスクをどのように伝えているのだろうか。地元メディアとリスクコミュニケーションのあり方ついて、テレビユー福島報道局長の大森真さんにお話を伺った。

判断の材料となる情報をきっちりと出す

-放射線のリスクを伝える際の方針を教えてください。

 放射線は間違い無く危険なものです。ただ、その危険というのは量の問題になります。量が多ければ十分に大きなリスクになるし、量が少なければそのリスクは比較的に小さくなります。だから私たちはなるべく定量的な話をしようと心がけています。

 よくメディアで過去最高とか通常の何倍の放射線といった表現が使われることがあります。私たちはこのような表現は使いません。同じ過去で比較するなら、チェルノヴイリのような過去の知見と比較することは可能でしょう。しかし、一昨日の三倍とかなら、一昨日はどのくらい危険だったのという話になります。

-「地元メディア」としての取り組みはどのような特徴を持つでしょうか。

 話が戻りますが量としてのリスクをどう捉えるか。その量が非常に小さければ、そのリスクは放射線だけの問題ではありません。当然様々なリスクがあるわけです。たとえば精神的な不安に起因するストレス等があります。実際そのような不安によるうつ病を抱えている人もいます。福島県民なら誰でも多かれ少なかれ放射線をもとにしたストレスを抱えていると思います。

 僕らが地元のメディアとして報道をおこなうときは、結果として福島県民の被害を防ぐにはどうすればいいか、また県民たちがどれだけ健康でどれだけ長生きができて幸せな人生が送れるかに焦点を当てます。そしてそのためにはどのような報道が必要か。これが我々が立つべき一つの基盤であり、その基盤から報道する上でのスタンスが決まってきます。決して不安を煽るようなことをしてはいけないし、かといってもっぱら安全だというわけにもいきません。実際のリスクはどのくらいのもので、「これだったらどのように判断しますか?」という判断の材料となる計量的な情報をきっちりと出すことが一番必要です。

 放射能のリスクが明らかになって以来、様々な判断をしている人びとがいます。不安を抱えながら残る人、また不安を理由で非難した人々もいます。それぞれ自分なりの判断を通じてそういう行動をしてもらいたいと思います。それが納得できる行動かよくわからないままでの行動かによってそれこそストレスも違ってきます。つまり、納得できる行動を取るための材料を私たちが報道企画して提供していくことが必要です。

-精神的な面におけるリスクコミュニケーションがもつ重みとは何でしょうか。

 実際、福島県民が受けるストレスの原因がみんな同じわけではありません。突き詰めて行くと大本放射線が原因になりますが、それにしても家族の離散・地元を離れること・子供は友達と別れる・残った子たちの外で遊べない不満等々様々です。また福島大学の調査によれば、親の不安が増幅されてストレスとして子供に帰って来ることもあるようです。こういう様々な要因をいっぺんに無くすようなコミュニケーションはできません。

 とはいえ、個々に対応していかないと真の意味でのリスクコミュニケーションにはならないでしょう。そういう意味でマスコミにこの役割は一番向かないかも知れません。われわれのようなローカル局ですら何万人の視聴者を持っています。全員に対する処方箋を提供する方法はありません。したがって、メディアの役目はリスクコミュニケーションの題材となるようなものをきっちりとまず報道していき、そうやってコミュニケーションできる土台を作っていくことにあるのではないかと思います。

センセーショナリズムに走ってしまう中央メディアの報道

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-放射線に関する報道を接した県民の反応はどうだったでしょうか。

 反応は様々です。視聴者の中にも様々な人がいるので千差万別ですね。何で危険だと言わないんだという声もある反面、何で危険ばかり言うのかという真逆の意見もいただいています。私たちがどのようなスタンスに立とうと、福島県民の報道の受け取り方はそれぞれ違うと思います。

-放射線のリスクを報道していく際の苦労について教えてください。

 この事象を伝えられた福島県民がどう考えるだろうかというのは常に意識しています。常々中央のメディアに向かって言っていることは、「あなた方の書くニュースの先に福島県人の顔は見えるか」ということです。どうしても中央の報道を見ていると、放射線問題についてはセンセーショナリズムこそがニュースだという印象を感じることがあります。私たちは興味本位やセンセーショナリズムだけの報道はしていません。マスコミの人間として、そして一福島県民としてもです。このような感想は原発関連のニュースが減ってきた今でもときどき感じることがあります。 

 この近くに原発事故以降、運動会を外でおこなわなかった小学校があります。それが2年ぶりに外での運動会をすることになって、テレビユーではニュースとして報道しました。そのとき、キー局から全国ニュースでこれを扱いたいとの要望がありました。しかし、ニュースを見たキー局のデスクの反応は、「何でマスクしてる子映してないんですか」、「こんな普通の運動会ニュースになるわけないでしょう」といった否定的なものでした。原発事故後の異様な状況の中で運動会をするからニュースになると考えていたからです。中央と地元の感覚の違いが如実に出た事例だったと思います。似たような事例は今でも多かれ少なかれあります。異常じゃなければニュースにならないと思っている点では、中央の新聞や雑誌等のメディアも変わりません。彼らには福島県民の顔が見えていないのです。このような報道がストレスになるのは、福島県にいるマスコミとして自分自身の身をもってわかっているので気をつけています。

収束していない現状に警鐘を鳴らす

-原発事故の後、報道の軸の変化はありましたか。

 私は原発事故から最初1年間は報道を離れて編成部にいました。そして1年後報道部に戻ってきたわけですが、最初のうちはリスクコミュニケーションという視点を考える時間的・体力的余裕もなかったです。このような初期の混乱の中で、報道の側だけではなく、行政・東電といった様々な主体が間違ったリスクコミュニケーションをして来たと思います。そして今もその影響が続いています。ボタンを掛け違えたままだと本当の解決には至りません。報道をしていく上でこのような視点を踏まえる必要があると気づいたのです。

 私たちは原発事故がいまだ収束していないという現実に警鐘を鳴らしていく必要があります。つまり、福島県の人たちが閉じこもって目を閉じてしまうことがないようにきちんと報道していくことこそが私たちの役割です。

-今後の取り組みについて教えてください。

 今福島県のそれぞれの人にとって一番必要なのは、現状を納得して腑に落ちることだと思います。納得して今の人生を肯定しないといつまでも沈み込んでいくだけだからです。それは個々人の思いも、また福島県としても同じです。そして、腑に落ちるようなことのお手伝いをするのがわれわれメディアの役目です。結局、どれだけの客観的で定量的な要素を提示でき、判断材料となれるような情報を伝えられるのかが僕らにとって一番大事なことなんです。

 それとともに、やはり文字だけではなく映像も含む、テレビというメディアの特徴も生かしていくべきです。たとえば、映像の中で心が洗われる映像や元気が出る映像も提供していくことで、前を向けて頑張れるような感性の部分のサポートする報道をしていきたいと思います。

(取材日 2013年12月13日)

取材を終えて

 今振り返れば、原発事故以降とにかく刺激的な内容を扱う報道が繰り返し流されていた。大森さんがおっしゃった通り、それはファクトというよりセンセーショナリズムに偏ったものだった。このようなセンセーショナルな報道にどれだけ多くの福島県民が不愉快な思いをして来ただろう。私は中央の報道に対する大森さんの厳しい評価から、報道に携わる人間である以前に一福島県民としての怒りを感じた。「人々が必要とする報道とは何か」を問い続けていくことは、地元メディアに限って求められるものではない。中央や地方を問わず視聴者が必要な報道をしっかりやっていく。ジャーナリストを目指すものとして当たり前なことが守られていない現状を重く受け止め意識し続けて行きたい。(金サンウ)

(2014年4月25日「Spork!」より転載)

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