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モノクロな世界の中の、カラフルな世界。色覚異常の男性が挫折、苦悩、うつ病の果てに見つけた美しい世界とは・・・・・・

2015年06月10日 23時37分 JST | 更新 2016年06月09日 18時12分 JST

あなたの目に映る世界は、どんな色をしているだろうか?

虹は7色に、桜はピンク色に、ひまわりは黄色に、晴れた空は青色に見えているだろうか?

本日は、色覚異常の筆者が経験した苦悩や見てきた景色、うつ病からの休養、復活。

そして、これから見たい景色を綴ったストーリーを紹介しよう。

【色覚異常の話】周りの人達には、どうやら虹が虹色に見えるらしい。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

僕は、2色で構成される世界で生きている。先天性の色覚異常だ。

これといった先入観がない限り、水色、青、紫といった色は「青系」として、

黄、赤、緑、茶、肌色、朱色、オレンジといった色は「赤系」として識別される。

それ故の失敗談は、掃いて捨てるほどある。

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筆者が色盲であることに気がついたのは小学校に入ってまもなくのことだったらしい。

それまでにも、信号や色分けされた路線図などが読めなかったり、ゲームに自信があるのに、「ぷよぷよ」だけが出来なかったりしたらしいが、当時は色盲という概念も無く、とくに気には留めなかったようだ。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

自分が色盲であることを知ったのは、小学校に入ってまもなくのことだった。

午前中に友達と話した時に彼は赤いパーカーを着ていたのだが、帰りに見てみると、いつ着替えたのか、

これが茶色のパーカーに変わっているのである。

「いつ着替えたの?と聞いても、これが「着替えてないよ」というもんだから、ちょっとしたけんかになった。

そりゃもう、僕からしたら「そんなくだらない嘘付く必要ないじゃん!」だったわけで。

家に帰って母にその話をしたら、深妙な顔つきで母が本棚から出してきたのは、一冊の色盲検査本。

1問でも間違えたら色覚異常、13問正解して初めて正常、という説明が前書きに記されていたものの...

1問も正解出来なかったには僕も母も揃って閉口してしまった。

ちゃんと覚えてはいないが、母さんは少し泣いていたような気がする。

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色盲が発覚し、そのことを意識しだしてからというもの、

筆者はある程度の色の判別や、強さの比較ができるようになったという。

服を買う時には何の色かを確認するが、「紺のジャケット」と言われれば、そのジャケットは紺にしか見えないし、「ピンクのシャツ」だと言われれば、そのシャツはピンクにしか見えないのだそうだ。

また、筆者の中で色には序列というものがあるらしい。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

色盲に気付いてから10年程生きてきて、僕の世界の中だけの色の序列が構築されていった。

①茶色≧赤>緑>黄緑>オレンジ>>黄≧肌色

②紫>>青

③黒>紺>>灰色≧ピンク>>>白

僕の中での強さの序列は、こんな感じだ。

例えば、赤は、黄色よりも強いし、オレンジは、緑より弱い。

本当は②と③は2次元上に書かれたDNAのような螺旋を描いて噛み合わさっているのだが、自分の頭の中にしか存在しない概念を言葉にするほどの言語能力は僕には無かった。

自分でも完璧には掴めていないのだろう。

そしてモノクロの世界にピンクと紺(気分や天候によっては紫も)が入り込んでくるのは、自分でも全く理解出来ない。

まあ要するに、赤の隣にあって赤よりも強いものは、経験上茶色か緑に違いない、みたいなことだ。

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色との上手い付き合い方も身についていった筆者だが、この付き合い方には自己嫌悪や不安も見え隠れするようだ。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

のだめカンタービレという漫画で、イケてないオーボエ奏者を「green」と呼ぶシーンがあった。

緑はフランス語で暗い人を表す言葉らしい。

それ以来、潜在意識で緑という色は何となく受け付けなくなってしまった。

今思えば、緑色の服は一着も持っていない。

何が言いたいかというと、色に関して言えば、僕の審美眼は所詮、他人の審美眼の受け売りなのだ。

自分の持つ考えが何らかの外的要因によってねじ曲げられてしまうのが、僕はとにかく嫌いだ。

だから、「白とピンクは可愛い」とか「男はモノトーンが無難」だとか、僕とは全く異なる美的感覚を持った人達が決めたルールを捕虜の如く受け入れることしかできないのは、冷静に考えるとぞっとする。

ピンク色だと言われたら可愛いと思ってしまうし、グレーだと言われたらちょっとクールだと思ってしまう。

僕にとってピンクとグレーは同じ色なのに。

女の子が真っ黒なレザーパンツと革ジャンに身を包んで「ふわふわで可愛い」と言われたり、男の子がフリルの付いたピンクのドレスを着て「バッチリ決まっててかっこいい」と言われたって、周りがそういうのであれば全く不自然ではない。

極論を言えば、明日から空が真っ赤になって、太陽が青くなって、人間の肌の色が紫になったって、人々が混乱しているのをよそ目に、僕は明日からも変わらぬ毎日を送るだろう。

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そんな筆者が写真を始めたのは18歳の頃だ。

パソコンに画像を転送し、コントラストや色の調整、とにかくあらゆる設定を駆使し、オリジナル画像をつくる。

できあがった画像は、2色の世界に変わりないのだけれども、とてもカラフルなものだった。

色盲でも見ることができたカラフルな世界。

その世界を発見した筆者の感動は、いかようなものだっただろうか。

カラフル写真の中でも最も気に入っていたもの、筆者にとっては世界一綺麗な写真を、ある友人に見てもらったことがあるらしい。

その写真を見た友人の感想は、筆者の期待を裏切るものだった。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

「うーん・・・下品な色じゃない?」

その一言で、彼は僕の自信作、更に言えば僕の審美眼を一瞬で打ち砕いた。

下品、という言葉が鋭く胸に刺さった。

自分が最高に美しいと思ったものが、下品と形容されるのは何とも言いがたい屈辱だった。

が、大衆から逸脱しているのは僕の方なので、僕は「うーん、そうだよね。俺もちょっとそう思った。ありがとう」と返した。

僕は悔しくて、彼に反論したかった。

でも彼は色盲ではなく、色盲ではない前提で世界は作られている。

彼の意見は、大衆の意見だ。

よって、私に彼を非難する権利はない。

よって、悪いのは僕だ。

でも、色盲は治らない。

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この一件依頼、画像を自分好みの色彩に編集することはやめた筆者。

代わりに、編集の度合いを変えた写真をいくつかつくり、1番綺麗なものを選んでもらうことにした。

結果は面白いことに、9割方の人が同じ写真を選ぶというものだった。

それを繰り返して「一般的に綺麗だといわれる色合いにする編集方法」がある程度分かってきた。

もちろん、筆者にとってはどれも同じにしか見えない写真だ。

編集前と編集後の違いは全く分からないほどの微細な差しかないので、編集後の写真であっても、筆者から見ればただのモノクロ写真のままだったが、

「自分が綺麗だと思う下品な写真よりも、皆が綺麗だと言ってくれるモノクロの写真の方が、自尊心を守る上でよっぽど価値のあるものだった」と、筆者は語っている。

それから1年経って、たまたま例の「下品な写真」と再会することがあった。

1年前のカラフルで世界一綺麗な写真は、1年後には自分が見ても下品な写真になってしまっていたらしい。

なんの躊躇もなくゴミ箱へと移動した写真を見て、筆者はこう思ったという。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

僕が色盲であることには何ら変わりはないのに、1年前に世界一綺麗だと思っていた写真は、

世界一下品で毒々しい写真に変わってしまっていた。

残ったのは、周りの人たちが口を揃えて綺麗だと言ってくれるモノクロの写真だけだった。

そして、世間一般に浸透している審美眼に流されたが故に、やっと見つけた僕だけの色鮮やかな世界は、本当の意味でこの世に存在しなくなってしまった。

個性とは何なのだろうか。

僕の存在意義とは何なのだろうか。

絶望で言葉が出なかった。

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それ以降、様々な出来事があり、鬱になってしまった筆者。

実家に戻り、ゆっくりと休養をした際に、昔大好きでいつも聴いていたチャイコフスキーの「白鳥の湖」を聴き、

涙が溢れてきたという。

筆者は音楽的才能に非常に優れていて、知っている曲であれば楽譜がなくとも再現できるそうだ。

音楽を聴くことで、すべての楽器の音が音名で入って、複数の楽器を想像して音楽を奏でることだって出来る。

筆者の頭の中には、誰にも理解出来ない、筆者なりの美しい音楽の世界がある。

筆者は楽譜通りではなく、自分の好きなように演奏し、静岡のフルートソロコンクールで優勝したそうだ。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

審査員の先生方から頂いた批評ペーパーには、今思えば大変光栄な美辞麗句が並んでいた。

「素晴らしい表現力」「才能を感じる」「これからの日本フルート界を牽引していって欲しい」

しかし当時の僕には、全然練習もせずに不満足な演奏で得た賞など嬉しくもなんともなかった。

正直、表現したいことの1%も伝わっていなかった。

そこまで言ってくれるなら、一度で良いから僕の頭の中に流れる世界一素晴らしい音楽を聴いて欲しかった。

そして1人「音色に難あり」というコメントを書いた審査員がいた。

本番では、自分の頭の中の音楽を伝える為に必死こいて荒々しく吹いただけだったので、シンプルに「やかましいわオヤジ」と思った。

そんなこんなで、自分の中で既に確立されている音楽性を人に伝える為だけに練習をするのはアホらしくでやってられなかったので、周囲からの期待を余所に僕はフルートをやめた。

後悔は全くしなかった。

どうせこのまま練習しなかったら必死で毎日フルートばっかり吹いてる奴にはいずれ抜かれるんだろうし、自分の頭の中で流れる音楽が美しかったから、それだけでよかった。

周りの評価なんかどうでもいいから、自分が幸せになれる道を選びたかった。

いかにも中二病的な発想だが、そんな14歳の時の自分の記憶が蘇ってきたのには、本当に救われた。

だから今回だって、周りの人達がどうそれを評価するかなんて関係ない。

周りの人からしたらモノクロの世界でも、僕にとっては、これがカラフルな世界だ。

そう思えるまでに、時間はかからなかった。

2ヶ月くらいかかったけれど、僕は元気になった。

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色盲でも、世界は美しい。

海の本当の蒼さも、紅葉も、夕焼けも、さっぱり分からないし、色が綺麗だというわけでもないけれど、

それでも、本当に綺麗だと思うことが、筆者にはできるのだ。

そして、実際に綺麗な世界を見ることができたこともある。     

母に「虹は本当に綺麗なのか?」と尋ねたことがあった。

母は「虹はねー、本当に綺麗だよ。」と言って、庭にある水撒き用のシャワーを「キリ」という設定に切り替えると、ノズルを太陽に向けて思い切り吹き付け、虹を作ってくれたそうだ。

その虹は、筆者の記憶の中では、確かではないけれど、虹色だったそうだ。

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(以下、転載元ストーリーより一部転載)

もし母があの時「実際そんなに綺麗なものでもないよ」と言っていたら、僕は間違いなく景色にも興味がなかっただろうし、だからこんな風にカメラを集めたりもしなかっただろうし、だから海外旅行にも行っていないだろうし、だから今の彼女とも出会えていないだろうし、今よりもずっと味気ない人生を送ることになっていたはずだ。

そんなことを考えると、母が作ってくれたあの虹の美しさは、これからも絶対に忘れてはいけないのだろう、と思う。

だから僕はいつかそんな綺麗な景色にまた出会えることを期待して、桜の季節にはマスクで花粉対策をしてお花見に行き、目を擦りながらグレーの桜を見る。

そして、紅葉の季節には近くの公園に行って、夏と比べると心無しか元気がなさそうな枯れかけの銀杏を見上げる。

周囲に迎合しているだけなのかもしれない。

でも、誰かが「綺麗なピンクだね」とか「綺麗に色付いているね」とか言った途端、僕の世界は、鮮やかに色を変え始めるのだ。

少しだけ、そんな素直でいられる自分が好きだったりもする。

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筆者は、今年の夏、ひまわり畑に行こうと考えているらしい。

空とひまわり畑のコントラストは、私たちが見るものよりも味気ないものかもしれないけれど、それでも何かを感じられる気がするから、見に行きたいのだという。

目に映る色がどうあれ、景色の美しさに価値を見いだせる人と、それを楽しめない人の二通りが存在するのは事実だ。

たまには足を止めて、周りの景色を楽しんでみるのもいいかもしれない。

そこには今まで見逃していた知らない色や、人、そして、あなたにしか見え