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【病気は突然やってくる】ヘアリーセル白血病の父と、命の危険もある痔ろうの娘

2016年04月18日 23時48分 JST | 更新 2017年04月18日 18時12分 JST

昨日まで元気だったのに、突然病魔に襲われる。

病気は他人事のようで、実はとても身近なことです。

自然災害と同じように、病気も突然襲ってきます。

人生のストーリーが集まるサイト「STORYS.JP」には、

病気や障がい、妊娠出産に至るまで、

多くの健康やライフスタイルに関するストーリーが投稿されています。

病気の存在は知っていても、実際の治療やその後の生活というのは、案外知らない。

白血病の父と、痔瘻(痔ろう)の娘のストーリーをご紹介します。

■父の病気、それはヘアリーセル白血病

それは確か3年前くらいの事だった。

毎年12月の健康診断で、父の結果が異常な数値を示した。

そして再検査の結果、白血病との診断が下りる。

父も、母も、私もにわかには信じられず、

「白血病」というドラマや映画でしか聞いたことのないその言葉を持て余していた。

普通の白血病ではないらしい、日本人にはわずか6%くらいしか発症しない欧米型の白血病。

年に2回はアメリカに行く欧米かぶれの父らしい病気だと思った。

それにしたって白血病は白血病、血液の癌だ。

母は毎日セカンドオピニオンや日本で有数の白血病研究の先生を調べまくった。

サプリや、食べ物もとことん見直した。

結果あまりいいものも見つからず、父は3週間の入院を余儀なくされる。

■いつだって病気と不運は突然やってくる

その日私は新規事業導入のための東京研修の前日だった。

朝から晩まで遊ぶ暇もないくらいのみっちり研修スケジュールだったので、

東京の友だちには誰も連絡を入れずに、行って、帰ってくるだけの研修で気が滅入っていた。

それでも久々の飛行機ということもあってか、前日から微熱を出し

「遠足に行く前の小学生みたい」そう言って、会社の皆と笑っていたけれど、なぜかおしりも痛かった。

出産を経験した女性なら1/3はなると言ってもいい「痔」。

もちろん私も出産後薬で治した経験有りだ。

出産はそれくらい大変だということを男性はもっと知った方がいい。下半身ズタボロだぞ。

で、今回も「やれやれ再発しやがったか」程度の認識で、

念の為にいちじくの形をしたアレを旅行かばんに忍ばせていた。

しかし東京についてからも一向に微熱とお尻の痛みが引かない、いちじくのアレも全然効かない。

おかしい。

普通「痔」っていうのは立ったり、座ったりするときに痛みを伴うのだが、

何をしていても痛いのだ。立とうが、寝ようが、息をしていても痛い。

■私の病気、痔瘻(じろう)

痔瘻というのは世間一般的に知られている痔とはレベルが違う病気だ。

排泄の際に汚れが体内に引っかかり、そこからその汚れが化膿し、

肉を侵食していくというなにそれエイリアン?な病状である。

しかも肉を侵食した結果、体外(尻の穴以外の部分)に穴が空いて

膿が外にでるならまぁ、すぐ「痔瘻だ!」と気がつくのだが、

私の身体は、体外に穴を空けなかった。

1滴も膿を体外に出すことなく、その代わり体内に蟻の巣状に穴を空けていったのだ。

私は3日間の研修を耐えた。

脂汗まみれで耐え、3日目にはもう痛みでわけが分からなくなって、

何度駅で「お荷物もちましょうか?大丈夫ですか?」と声をかけられたか判らないくらいの状態になっていた。

帰りの飛行機は座っていられなかったので、

客室乗務員さんに「骨折して座れないので空いている席で横にさせて下さい」と言って横にならせてもらった。

熊本に戻ったのは21時だった。もう病院も空いていないし、子どもたちにも会いたい。

仕方がないからと痛みを押して家に帰り、次の日の朝一番に病院に行くことにしたけれど、もちろん痛みで眠れはしなかった。

■人生初の肛門科

フラフラと肛門科に行き、「4日前くらいから痔瘻みたいなんで診てもらっていいですか」と受付に訴える。

非常に人気の病院だったので、待ち時間がものすごく長いのだが、

どっからどう見ても顔に死相が出ており恥も外聞もなく「痔瘻」と訴える女性に恐れをなしたのか、

優先的に病室へ通してもらった。いいとこだ。ここはいいとこだ。

4日前から体中に膿がたまっておりまして、そこに至る以前に手を当てるだけで大絶叫級の痛みなわけです。

しかし先生容赦無い。

「内診しないとわかりませんからね」

いやわかるよ。患者が痔瘻だっつってんだから痔瘻だよ。

「ちょっとだけ、ちょっとだけですから。」

そんな思春期の男子みたいなこと言わないでくださいよ痛い痛い痛い痛い無理無理マジで無理無理。

......案の定、痔瘻でした。ステージは4。ちなみにステージ5は死です。

緊急入院です。3日間の出張後すぐだったので仕事溜まりまくってます。恐る恐る会社に電話をして、社長を呼び出します。

この社長こそ、冒頭のヘアリーセル白血病を宣告された父です。

「あの、社長、すみません。緊急入院です。」

「は?なんで?」

「えーとですね、痔瘻です。」

「入院すんの?」

「はい」

「どれくらい?」

「ちゃんと治すなら2週間...いや3週間って医者が」

「いや無理だろ、社長も専務も1ヶ月近くいないってダメでしょ。」

仕方なく先生に交渉することに。

「先生、とりあえず応急処置って可能ですか?」

「そんな悠長なこと言ってるとほんと死ぬよ?」

「一時的に膿を取り出して、落ち着いたらちゃんと入院しますから!」

まかり通りました。日本バンザイ。医者バンザイ。

■応急処置

さてこれから応急処置の手術、ということで医者から説明を受けます(瀕死です)。

「今体内にある膿を取り出さないといけないので、切開はします。」

「どんと来いです。いつ帰れますか?」

「明日には...でも切開してますからね、しかもその部分をふさいでしまうとまた体内に膿が溜まってしまいますから、開けっ放しにします。」

「どんとこいです...今なんて?」

「開けっ放しです。切開した部分にストロー状のものを差し込んで、そこから常時膿が排出されるようにします。」

なんということでしょう、仕事と家庭を優先した為に

女性として、というか人としての何かを失うことになりました。

■手術台で臨死体験

痛み止めの注射、抗生物質の点滴、そして腰に麻酔。

抗えるはずもなく、手術用の左右に引っ張ると一瞬で全裸になれる一発芸でよく見るあの服に着替え、

手術台の上に乗せられて、腰骨と腰骨の間に麻酔注射を打たれました。

痛い。これ半端無く痛いそして長い。

部分麻酔だから、もう全ての音が臭いが駄々漏れ。

不安に思っていた臭いは日頃の行いが良いせいかほぼしませんでした。本当です。

肛門周り3箇所切開をして膿を取り出します。

膿がどの程度広がっているかは開いてみないとわからないのでとりあえず3箇所らしいです。

「あー、ひどいな。」

(ひどいのか)

「よくもったなこれ。」

(ありがとうございます)

ぐらりと気持ちが悪くなった途端、血圧計が「ピーッッピーッッ」と鳴り始めて、

ものすごい吐き気とめまいが襲ってくる。

「先生!血圧が!!」

これドラマで見たことある。救命病棟24時みたいなやつ。

手術台の上で死ぬかもしれないってこういう事なのか、

しかし痔瘻で死ぬわけにはいかない。

私は枕元にいた麻酔士さんの手を掴み、声にならない声で

「手を握っててください!」とお願いした。

それがなかったら身体から何かが引き剥がされる気がしたから。

これが臨死体験ってやつか。痔瘻で臨死体験...。

その後、なんとか血圧も持ち直し応急処置手術終了、一晩様子見で入院して明日退院の運びとなった。

しかしお忘れではないだろうか、この応急処置はストロー手術なのだ。

ここから1ヶ月半に渡るストロー生活の始まりです。

ちなみに普通に仕事して、普通に原付きで通勤してました。

分かったことといえば、人間の身体というのはどんな状態になったとしても適応できるということです。

尻に内蔵直通の穴が空き、3箇所ストローが刺さっていたとしても、

抗生物質だけで何とか生き延びられるんですよ。人間すごい。人間つよい。

■2か月後に3週間の入院

発症したのは6月、入院したのは8月。

いよいよ本手術入院が始まりました。

また腰に麻酔注射です。もうイヤだ。痛い長い痛い。

これも応急処置で逃げようとした自分が全て悪いのだ、因果応報。

とりあえず膿を抜くだけの応急処置と違って、

膿が回った範囲をすべて焼き消毒して肉を剥がさないといけないのが本手術。

大手術でした。

部分麻酔だったので、内臓と骨を直接ゴリゴリやられるあの気持ち悪さは二度と味わいたくありません。

結果、29年蓄えた大切なお尻の肉の3分の2を持っていかれる結果となりました。

そこから尻の肉が人並みになるまでの3週間、激痛と戦いました。

痛み止めなんてすぐ切れるのです。

一番ひどい時はモルヒネ打ってもらいました。

食べたら出ます。直腸は無傷ですのでちゃんと排泄はできます。

しかしその周りはダイレクトに内蔵。

汚れるから生理食塩水で洗う...この痛み、お分かりいただけるだろうか。

痔瘻なんてなるもんじゃありません。食生活は大事です。

■白血病の父も入院

そういえば父も入院していました。

父は入院中の3週間「ずっとヒゲを伸ばしちゃうトライアル」を行っていたそうです。

病気が病気だから完全滅菌なので、基本的に母しか面会に行けない。

私はもちろん、バイキンだらけの子どもたちなんてもっての外。

なので、気がついたら退院してなんだかこざっぱりして帰ってきていました。

ヘアリーセル白血病は従来の白血病と異なり、薬が効きやすいらしく、

父においても効果てきめんで、どんどん回復していったそうです。

今では年に1回の精密検査の受診だけで良く、その数値も極めて良好。

何もなくてとりあえず良かった、そう胸を撫で下ろす家族。

■病気は突然やってくる

日頃の食べ物がいかに大切か、日々の身体を作るのは食べ物。あとウォシュレット。

お腹が緩い方はウォシュレット必須です。

いつ自分の身にストロー生活が振りかかるかわかりませんよ。

野菜・果物・魚・肉・豆腐、まんべんなく食べて下さいね。

30前と60前でガクーっとくるようです(我が家比)。

皆様も健やかな日々を!

(STORYS.JPより転載)

身体に違和感を感じても、無理を通してしまうのが日本人の悪い習性です。

働いている人や、子育てに忙しい人。

日常の食生活や運動習慣を見直すのも大切ですが、

休んでなんかいられない、と無理をして取り返しがつかなくなってしまう前に、

些細なことでも気軽に病院に行けるような社会にしていくことが先決問題なのかもしれません。

ストーリー紹介=STORYS.JP編集部・阿部仁美

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