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約9年前、世間を騒がせたある巨大ベンチャー。その元社員が伝えたい、働くことの意味。

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就職難、ブラック企業等の言葉をよく耳にする現在、働くことに希望を見出せない若者が増えてきている。
しかし人は本来、働きがいや生きがいを求めるもの。
若者はこれからの将来を思い描き、年長者はこれまでの自分の生き方を振り返る。
その中で、夢や希望を語ることは決して恥ずかしいことではなく、誇りにすべきことでことではないだろうか。

今日は、ある一つの会社をとりあげ、働くということについて考えたい。
その会社の一人の元社員の語る言葉は、将来に悩む若者、これまでの生き方に充実を感じていない年長の世代の背中をきっと押してくれるだろう。

ある一つの会社。それは2006年にある事件を起こし、上場廃止となった巨大ベンチャー。

今や日本のコミュニケーションツールの代表格であり、私たちの生活に欠かせないツールとなりつつある「LINE」
今年11月についに上場を迎えるLINE株式会社であるが、実は同社には、昔世間を騒がせた巨大ベンチャー企業の遺伝子が受け継がれている。

その企業の名は、「ライブドア」。

まだ記憶に新しい人もいるだろうか。2006年当時、世間を騒がせたライブドア事件。それまでの急速な拡大から一転、悪の権化のように祭り上げられたライブドア社。一般の人々には何が起こったかよく分からぬまま、社会に植え付けられたライブドアと堀江元社長の負のイメージだけが拡散されていった。

あの事件から約9年という歳月が経とうとしている。

ライブドア社を吸収したLINE株式会社を始め、多くの日本企業にライブドアのDNAが散らばり、そのDNAは今に至るまで日本のIT業界を牽引してきた。
約9年という歳月の中で、当時あの現場で働いていた元社員達は、何を想い、何を伝えようとしてきたのだろうか。
今だからこそ言えること、伝えたいことがある。その一心で、ある元ライブドア社員が、あの事件の前後およそ10年間で見てきたこと、体験してきたことを一冊の本を綴った。

「社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意思は継続するという話」

というタイトルで出版された本書には、あの事件当時、「中にいた人」にしか発することの出来ない本音が鮮明に描かれている。
それは、これまで堀江元社長やライブドア社を「悪」として叩いた本とは一線を画すものとして、ネット上を始め、多くのメディアで話題となった。

本書の筆者である小林さんは、本書を通じて、働くということについて深く考察している。
ここでは、本書の発端となる、STORYS.JPに投稿された一つのストーリーを紹介したい。
筆者である小林さんが本書に込めた想いが、このストーリーに詰まっている。

ーーーー以下STORYS.JP本文冒頭引用ーーーー

それはテレビの中の出来事ではなかった・・・

あれは、2006年1月。当時、六本木ヒルズの38Fにて、携帯サイト(今で言うガラケー)のWebディレクターをやっていたときだった。自分の年齢は33歳だった。
いつもどおりにお昼を食べ終わった15時くらいだったろうか。1通のメールが自分の携帯に届く・・・

知人A「お前のとこ、大丈夫か?」

は??何がだ?地震でもあったろうか。。何かの間違いかと思い、気を取り直して仕事を続けていると、またすぐにメールが着信、、、

知人B「なんか大変なことなってるぞ!」

全然関係のない2名からのメール。これはもはや偶然とは考えにくい。。。

そのうちニュース報道部門(ライブドアニュース。事件後に解体)の方にはテレビが置いてあったのだが、にわかにそこがざわついたと思うのもつかの間、広報の乙部さん(秘書ではない)が何やら叫びながら入ってきたような気がした。
ライブドア事件が起きた瞬間だった。

事件前、ホリエモンはメディアに出演することがどんどん多くなり、「ヒルズ族」なんて言葉も飛び交っていたが、社員の実態は寝袋でサービス開発のために日夜寝泊まりしているような、そんな状況だった。連結社員数が2700人程度にまで膨れ上がっていても、まだまだ現場主義を貫いたベンチャーな状態だったといえば聞こえは良いのだが。

事件が起きた時に正直な気持ちは?と聞かれれば、実は「ホッとした」という気持ちが半分、「やっぱりな」という気持ちが半分だった。悔しいという気持ちもなくはなかったのだが、会社も社員も事業も、相当無理をしてきていたため、何か良からぬことが起きるのではないか、と薄々感じていた。そしてこのペースを続けていくのは色々もう限界だった。

ただ、それが「不正を働いた」というイージーな結末で片付けられてしまうのは信じられなかった。何か踏み入れてはいけない世界へ入ってしまい、結果、はめられたのではないか。今でもその気持は変わっていない。

もちろん世間の目は冷たかったのだが、自分の知る限り、仕事をやっていた同僚・仲間の中に後ろめたいことをやっていた奴は知らないし、なにより、livedoorのポータルサイトはじめ、Blogなどのサービスが好きで使ってくれているユーザのために、サービスを、サイトを、会社を、継続させていかなければいけない。
経営者をなくした後、その会社のDNAが試されているような気がした。
事件から1年半後の2007年7月、livedoorは六本木ヒルズから、赤坂ツインタワーへオフィスを移すことになる。

去っていくナショナルクライアント

強制捜査が入った翌日も、何事もなかったように出社した。淡々といつもの仕事についてる人が多かったように思う。
担当しているのはインターネットサイト。24時間365日無休のビジネス。止める訳にはいかない。
そんな中、最初に事件が起きたということを実感したのは、会社のイメージダウンによるお客様への影響だった。

今ほどアドテクノロジーが進化していない当時、ポータルサイトの主な収入源はインターネット広告、中でもAdsenseやディスプレイネットワークではなく、『純広告』と呼ばれる、「枠売り」の広告商品だった。
Yahoo!などの大手と比べ、どうしてもB級感の拭えないサイトでは、いわゆる一流企業(ナショナルクライアント)の獲得は、夢の1つだった。
事件前の年末、確か、JALだかANAだか、ナショナルクライアントがついに出稿してくれ、皆で喜んだことを覚えている。しかし、事件後、すぐに掲載中止に。現実の厳しさ見せつけられた。

そして今でもなお、livedoorは虚業だったのか

実際に行われている以上に見せることで時価総額を釣り上げた、という話があるが、実像以上の評価をしていたのは、世間や市場であり、実際に手を動かしていたメンバーは、ポータルサイトしかり、blogしかり、ニュースしかり、しっかりと価値のある事業をやっていた。ユーザからの支持を得ていた。
だからこそ、今日もそれらのサービスは存続している。もしニーズのないサービスだったら7年間も継続しているだろうか。日夜、ディレクター、エンジニア、デザイナーが手間暇をかけて運用し、改善してきたサービスだからこそだと思う。
(もちろん、その後クローズしたサービスもたくさんあるのだが)

しかし、事件後の世間の風は冷たく、客観的に自分たちを見つめる機会を求めてさまよっていたかもしれない。自分たちが信じてがんばってやってきたことは果たしてなんだったのかと。しばらくはそんな日が続いた。

去りゆく社員、残る社員、そして入社してくる社員

事件前の頃にはマスコミに取り上げられることも多くなったせいか、毎月毎月、入社する社員数がうなぎのぼりに増えていっていった。
入社のタイミングは、普通の会社であれば毎月1日、とか決まっているのだが、それでは追いつかないので、その都度その都度、入社してくる状況だった。

事件後は、「みんなどんどん退職して、社員数は半分以下になったんじゃないのか?」、みたいな話もささやかれたりしたが、実際はそこまで辞めてはおらず、残った社員も多かった。
しかも、よりによって入社日が事件当日だった人も何人かいたりしたのだが、(知ってる範囲では)誰も辞退せずに入社したと聞いている。

しかし、しばらくの間は、社長がクルクル交代したりして混沌とした日々が続き、そんななか、自分の心も少しずつ蝕まれていたのだった。

折れた心

かくいう自分も、実は事件の2ヶ月後にlivedoorを退職した。
「もうどうでもいいや」と自暴自棄になっていたのか、とにかく、この状況から抜けだして、何もかもリセットしたい衝動に日々駆られた。
「心が折れる」ってこういうことか、と、今振り返ると、そうだったのかもしれないのだが。

私「部長、会社を辞めようと思います」

部長「会社がこんな状況になってしまったから、俺にはお前を引き止める権利はない」

この時の会話が、ズシリと胸に無念さを残し、後ろ髪惹かれた気持ちを今でも思い出す。
その後、比較的新しい、社員数30名くらいのモバイルベンチャーの社長に誘われて再出発を決意し、ネット新規事業の立ち上げなどを担当するもつかの間、livedoorの中の体制が大きく変更になる。

部長「今度、メディア事業部(当時、livedoor主力の事業部)の事業部長になるから、一緒に会社の再建をしないか?」

私(・・・・大見得を切って退職した手前上、そんな簡単に出戻るのは、いかがなものだろうか・・・)

この時は、深く深く悩んだ。ここでまたあの六本木ヒルズへ戻るべきなのか。
しかし、やり残した気持ちが無いといえば嘘になる。あえて、火中の栗を拾いにいくのも、面白いかもしれない。この数日後、

私「わかりました。やります。」

ブランク、わずか3ヶ月半で再び、六本木に舞い戻ったのであった。(誘っていただいたモバイルベンチャーの社長には正直、申し訳なかった)

当時の新入社員は1人1人、イントラに↑このようなプロフィールがアップロードされた。再上場は自分がいるうちは果たせなかったが、、、。
ここから自分にとってlivedoor人生、第2期がスタートする。

※続きはこちらから

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筆者の小林さんがライブドアという会社で駆け抜けた、事件前後の10年間。そこには、あの会社で働いた者だけが持つ、DNAが息づいている。

小林さんは、書籍のインタビューに際し、本書にかけた想いを次にように語っている。
※インタビュー全文はこちらから

" 事件後の社員たちの納得できなかった想いを伝えたい、ということですね。あの事件から約9年、いつか清算したいというのがずっとあったんです。だから、最初に出版が決まった時、書きたいことは山ほどありました。
その中でも一番は、事件であれだけ叩かれたけど、中にいた自分たちはまじめに仕事をしていたということ。当時はそれが認められなくて悔しかったんです。
会社は事件前からも必ずしも好評価ばかりじゃなかったし、怪しい変な会社ってイメージがありました。でも、まだ誰も見たことのない景色、何か大きなことを成し遂げようとしていた人たちがあそこにはいたんです。
本来仕事って、そのくらいの情熱と誇りがあったと思うんですよ昔は。そういう想いを取り戻してほしいです。働くってそういうことだってくらいの、それこそ、本当の働き方ってなんだ?という問いかけを本書でしたかったんです。"

" 昔の時代は「いい会社に入る」という目標が誰にでもありました。いい会社に入って、やりたいことをやって楽しく働く。そして後世に誇れる結果を出す。でも、今の会社はそれぞれどれだけできているのかな。
仕事が人生の全てではないけれども、もし働くということに今の子どもたちが希望を持てないとしたら、それはそれは夢がないというか、悲しいというか。
いくら仕事で頑張っても必ず何か達成できるわけじゃない。でも、自分の人生を振り返ったときに、「ああ、あの時、確かにがんばったよな」って生きた証が残せてると思うんですよ。そういう働き方、生き方が、子どもたちに夢を与えるんじゃないかなって。
この本で「小林」の人生を読むことによって、読者がその人自身の人生を振り返って、もう一度、どうして今頑張っているんだっけ?追いかけていた夢ってなんだったっけ?と立ち止まるきっかけになってほしいです。
上から目線で諭すのではなく、書き手自身(小林)が自分を振り返ることで、読み手も自分自身を振り返るっていう風に。
...やっぱり難しいと思うんですよ、自分の人生を振り返るのって。だから、自分の本が、自分の振り返りが、そういう人たちの背中を押すきっかけになればって思います。そこまでいってくれればなって。"

ライブドア事件を体験し、多くの仲間の無念をその目で見てきた一人の男性が、あの事件の真相を語る。そこには、今を生きる私たちに向けた「働くこと」への問いかけがあった。

筆者インタビュー

書籍紹介(宝島チャンネル)

STORYS.JP原作ストーリー

(紹介文=STORYS.JP編集部・川延幸紀)

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