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強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

2014年04月25日 20時56分 JST | 更新 2014年06月23日 18時12分 JST

日本の多くの子どもたちは、当たり前のように学校に行かされ、勉強をしなければいけないと教えられて育っている。なぜ学校にいかなければいけないのか、何のために勉強をするのか、それを本当に教えてくれる人は少ない。その意味に気付くのは大人になってからなのだろうか?

先日一つのストーリーがSTORYS.JPに投稿され、多くの方に読まれている。それは、ある3兄弟の長男が語った「強烈」な父親の話だった。学ぶことの喜びが詰まった、家族の愛に溢れたオヤジと3兄弟の物語。

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

学校よりもクリエイティブな1日にできるなら無理に行かなくても良い。

一見変わった教育方針の父親の元で育った筆者。

学校に頼って勉強するのではなく、自分で勉強を組み立てろというのが一家の主旨だった。

家庭教育に心血を注いだ強烈なオヤジの存在。成功や失敗を踏まえながら、ときに孤軍奮闘、ときに悪戦苦闘、またあるときは支離滅裂になりながら、「自分の子どもは自分の力で育てる!」ことを信念に生きたオヤジの姿。そこには強い覚悟と子どもへの限りない愛があった。

自分の力で育てるといっても、仕事がある以上四六時中家にいて授業するわけにもいかない。そこで筆者の父親が考えたのは、「自分の代わりに優秀な教師を買い込む」ということ。それは、スーパー家庭教師でもなんでもない、自分で学び取ることのできる本・マンガ・テレビ番組・映画を大量に買い込み、それを「戦略的」に見せていくというものだった。

時に何時間もかけ本屋で本を選び、知的好奇心を刺激するようなテレビ番組を探し、名作と呼ばれる映画を何十本と借りてはストックする。全ては自分の息子たちに学ぶ楽しさ、自分の頭で考える大切さを教えるために。

しかし、子どもというのは、わざわざ買ってきたからといって、簡単に手に取るほど甘くはない。「興味ないし」の一言で片づけられてしまうことが多い。

どうしたら子どもが興味を持ってくれるのか、思案重ね出した一つの作戦は、「マンガや本については1ページにつき1円の小遣いを出す」というもの。

思い返せば、ガムシャラに学研の伝記シリーズなどを読みあさり、手にした小遣いで駄菓子屋に駆け込んだ日々があったという筆者は、幼き頃に心に焼き付けられた世界の偉人達の人生がその後の人生に大きな影響を与えたと振り返る。その頃は、エジソンにはまり、四六時中工作やロボット作りに励み、将来はロボット工学者になることを夢見ていたという。

「最近の子どもには夢がない」という言葉をよく耳にするが、憧れの人物を見つける・人生のお手本を知る・ロールモデルに出会う、というのはとても大きな学習効果を持っているのではないだろうか。

その他多種多様なやり方で、息子達に学びを伝える「オヤジ」の姿は、子どもを持つ多くの親、そして今まさに学ぶことに直面している多くの学生に響くだろう。

映像を見せる前後や途中で、オヤジの授業が繰り広げられ、物事の見方を教え込んでいくのです。この「視点」というのが特に重要で、結局「○○の事件があった」とか「この偉業は○○が達成した」という知識ではなく、その知識を学ぶことを通して、新しい物事の見方や捉え方ができるようになることに意味があるんだ、ということを子どもながらに実感していきます。勉強の目的は知識を得ることではないということをオヤジは伝えたかったのだろうなぁ。

たぶんオヤジが最も重視していたこと、それは入門編を吟味するということです。一口に歴史といっても、膨大な本や映像の山になっている訳ですし

オヤジ「おお、子どもっていうのは自分が何を知りたいのか、何から手をつけていいのか、実のところよく分からないんだぁ」 

自分に適した本の選び方、映画の選び方、というのはある程度経験値をつめばこそ分かるというもの。また初心者の段階で挫折したり面白さを味わえないと、それ以上それに取組もうと思いませんよね。だからこそ入門編との出会いが大事だ、それをオヤジは知っていました。

本やマンガ、映画にテレビだけでなく、自称あらゆる学問に通じているオヤジが家庭に取り入れたのは他ならぬリアルな家庭教師(オヤジの友達)です。

オヤジが大学の学長とするなら、彼らはまさに学部長というべき人物達。

リアル家庭教師A:芥川賞作家

リアル家庭教師B:オーケストラの指揮者(小沢征爾の弟子?)

リアル家庭教師C:彫刻家

リアル家庭教師D:禅寺の和尚

リアル家庭教師Z:公園でたまたま知り合ったギタリスト(笑)

彼らを自宅に招いては、自分達3兄弟とともに語り合うノーマルな夕飯どきが、アブノーマルなひとときへと様変わり。

・芥川賞作家はいかにして小説を書き上げるのか。

・指揮者に問われる力量とは何か。

・彫刻家が切り取るのは人間のどんな葛藤か。

そんな話がオヤジと客人との間で繰り広げながら3兄弟も耳を傾けていきます。そうして知り得ることができたのは、人の生き様でありこの世界の奥行きの深さです。そして、自分はどんな人物になりたいのか、将来どんな世界に関わりたいのかという人生で最も意義深く、そして答えのない難題に、早くから取り組むことができたような気がします。

ある一家の父親が人生をかけた家庭教育というものを肌で感じられる。一風変わった強烈な「オヤジ」に育てられた3兄弟、その長男が語る、教育の意味を問いかける物語。

強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話

(文=STORYS.JP編集部・川延幸紀)