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45年勤続した会社の最終出社日を迎えた父に贈った、娘のお手製『私の履歴書』

2016年04月01日 23時37分 JST | 更新 2017年03月31日 18時12分 JST

3月は卒業シーズン。卒業は学生だけでなく、社会人にも訪れます。

人生のストーリーを投稿するサイト『STORYS.JP』には、定年退職を迎える父へのサプライズストーリーが投稿されています。

サプライズプレゼントは、父の人生を記事にした「私の履歴書」。

家族からもらった、会社員生活の卒業証書。父は喜んでくれたのでしょうか。

■九州男児の父に、家族からのサプライズプレゼント

うちの父は長崎出身のTHE九州男児。

寡黙で真面目で照れ屋で、でもお酒入ると熱弁し出して少し厄介。

そして、とても優しくて家族思いの素敵な父です。

私はお父さん子でした。

お風呂も父と入っていたし、勉強も宿題も父にいつもお世話になっていました。

食べ物の嗜好や考え方も母より父とのほうが合い、私の人生において、父はとても大きな存在です。

私の父が定年を迎えることを聞いた時、

45年勤続し家族を守ってきてくれた父へ何か最高のプレゼントしたいと率直に思いました。

世界でたったひとつの、家族にしか出来ない、そんなプレゼントを、

これまで家族のために真面目に一途に頑張ってきた父にどうしても送りたい。

私たち家族にしかできない、そして私にしか企画・実行出来ないサプライズプレゼント。

■穏やかで優しい父

父は、長崎の工業高校を卒業し、集団就職の波に乗り、東京の会社へ就職。

配属が横浜工場となり、そこの製造部で定年を迎えるまで45年間勤続しました。

景気がいい時は残業も多く、夜遅い日もありましたが、総じて父の仕事が辛そうという顔はあまり思い浮びません。

家に帰って、愚痴を吐いたり、ぐーたらしている姿はほとんどなく、いつも穏やか。

疲れているはずなのに、私の話をよく聞いてくれ、私が陸上部で筋肉痛で疲弊していた時は、足や背中をいつも揉んでくれました。

私もなんとわがままな娘なのだろうか、父の帰りを待ちわびて、疲れているだろう父が帰ってくるなり、リビングで寝転んで、「待ってたよお父さん!足揉んで~」と甘え、父は呆れながらも私がいいよと言うまで揉んでくれていました。

社会人になって仕事の大変さを知った今になって、私が父の肩を揉むべきだったと気付きました。

さて、そんな娘がそんな父に仕掛けたサプライズは、「定年退職を迎えた父へ、最終出社簿の朝に自分の記事が新聞になって届く感動サプライズプロジェクト」です。

■家族との思い出、仕事の事。父だけの「私の履歴書」

定年退職のプレゼントって、何かモノを思い浮かべますよね。

これまで、物心がついた頃から、父の日、誕生日、バレンタインデーには必ず何かモノをあげていて、色々とあげ尽くしていたということもあり、モノでないもの、プライスレスなものをあげたかったのです。

では、プライスレスなものとは。

それは、お父さんにしかない人生の「思い出」「軌跡」。それも、仕事という側面を入れた父だけのもの。

これまでの家族の思い出を振り返る写真や手紙だけでは還暦祝いや結婚式の手紙にもなり得る。

そこで、頭に浮かんだのは、日経新聞の「私の履歴書」でした。

あの欄に登場する人は、何か功績を残した人や社会的地位のある人。私たち家族にとってのそれは、父でした。

父をまるで何か偉大なことを成し遂げた有名人かのように新聞記事にして取り上げ、これまでの人生の軌跡を仕事の側面、家族との思い出から振り返ることができるようにしようと思いつきました。

しかも新聞のちょっとした枠ではなく、一面を埋め尽くして。

もちろん本物の新聞には無理なので、新聞そっくりに仕上げ、うちの実家が取っている新聞に挟み込んで、まるで本当に新聞記事になったかのようにしようと企みました。

そんな長文を書くには、これまでの父のことを取材しないと難しい。

幸いにも私は企業の人事。父に、「今仕事で、働く人を取材していて、20代~60代それぞれの世代別に仕事インタビューを実施しているんだけど、

60代がどうしても身近にいなくて、お父さん協力してくれないかな」と嘘の話で依頼しました。

父は、娘の仕事を手伝ってあげようと快諾、偽のインタビューが実行されることに。

■インタビュー、そして紙面作成

インタビュー内容は以下の通り。

(1)子ども時代のこと

(2)進学のこと

(3)就職のこと

(4)新人時代のこと

(5)会社での出来事・仕事のこと

(6)結婚のこと

(7)家庭のこと

(8)会社での昇進・チャレンジのこと

(9)定年をもう少しで全うする心境

(10)各時代の社会情勢

働きぶりや会社の事業のこと、職場での出来事、家族とのこと。

とにかく父が今に至るまでの半生をあぶりだしました。

父をさらに尊敬したし好きになった。今まで知らなかった話が沢山あった。

これは、この企画云々とは関係なく、私にとってとてもよい経験になりました。

写真集めは母に協力してもらい、いよいよ記事を作成します。

記事の見出しは下記。

▼父の経歴紹介

▼○○会社一筋、45年に終止符

▼18歳で長崎から上京、63歳まで任期を全う

▼高度経済成長期の日本を支えた当時の若者

▼家族という財産と家族だからの苦悩

 -家庭を築く幸せ

 -子どもの成長

 -父の両親の諸問題

 -自身の病

 -子どもたちの独立

▼会社・家族への感謝

▼子供達から父へメッセージ

▼妻から夫へメッセージ

■いよいよ当日!父の反応は・・・?

そして、渡し方も重要。

ただ記事を手渡しするのではなく、実家が購読している新聞の朝刊に本物の記事かのように挟みました。

記事の裏面は、父の長年勤め上げた会社の全面広告にしました。

父の最終出社日当日。

近所に住む兄が早起きして頑張りました!

朝刊を配達する新聞屋さんを実家のポスト前で待ち構え、新聞を直接受け取り、作成した記事1枚を適当なところへ挟み込む。

そして、何事も無かったように、ポストへ。

あとは、母がいつものように新聞をポストから出し父へ渡すだけ(これは日常の動き)。

何も知らない父は、いつも通り朝食を食べながら新聞に目を通す。

すると、自分について(それも半生にも渡る事細かな内容)の記事が新聞になっていて驚く!というシナリオです。

見事、想定通りの展開で、結果は大成功でした。

しかも、父がその記事に気づいたのは、まず裏面の会社の全面広告だったとのこと。

「あれ!?うちの会社こんなでかでかと広告出したのか!?」と不思議に思い、そして裏面を見たら、自分が!

「○○会社一筋45年に終止符」という見出しとともに自分の写真がでかでかと出ていて、それは驚いたことでしょう。

それを見ていたのは、実家にいる母のみ。

母の話だと、その後、記事をじっくり読みながら、涙していたとのこと。

そして、嬉しそうな顔をして、その新聞を持って最後の出勤に向かったそうです。

その夜、父の定年退職祝いとこのサプライズの全貌を明らかにするため、家族全員が実家に集合しました。

父は、その新聞を会社でも自慢したそうで、会社の皆も驚いていたとのこと。

でも父にとって、長年勤めた会社の最後の出勤日という何ともやりにくい日に、こうしたネタがあってよかったかもしれません。

父はリタイア後、社会福祉協議会や民生委員などのボランティア活動をしながら元気に暮らしています。

もう終身雇用の時代では無くなってきていますが、まだリタイアしていない親御さんを持つ子供の皆さんに、ぜひ参考になればと思って書きました。

ここまでは出来なくても、プライスレスの何かを贈ることってとても大切だと思います。

そして、親が当たり前に居るこの今がいつまでも続く訳ではありません。

悲しいことに時間は有限です。「いつか」ではなく「今」を大切に生きたいものです。

(STORYS.JPより転載)

父の日や誕生日など、特別な日でないと感謝の思いを伝えるのは気恥ずかしいもの。

自分たちを育てるために一生懸命働いてくれた父に贈る、家族にしかできないサプライズ。

新たなスタート目前のこの季節、これまでの人生を、家族で振り返ってみませんか?

(ストーリー紹介=STORYS.JP編集部・阿部仁美)

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【転載元】45年勤続した会社の最終出社日を迎えた父に贈った娘のお手製『私の履歴書』

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