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「死にたい」と母に打ち明けた・・・。学校へ行きたくないという子供に、親がしてあげるべきこと

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子供が「学校へ行きたくない」と言ったら、親はどんな対応をするのが正解なのでしょうか。

無理やりにでも学校へ通わせるのか、子供の気が済むまで休ませるのか、

学校に相談するのか、はたまた違う対応をするのか。

人生の物語を投稿するサイト『STORYS.JP』に、学校へ行きたくなくて「死にたい」とまで思った娘と、その母親のストーリーが投稿されました。

10歳の時「死にたい」と母に打ち明けた

子供というのはまだ「善悪」「正義」「常識」「配慮」「空気」という言葉を知らない。

無知で、無垢で、だから時に残酷である。

多数に対して少数だと「お前は変だ」と言うし、気の合わない子には「あんた嫌い」と平然と言ってのける。

おとなしい子は自分の支配下に置こうとする。味方にしようとする。

別に誰と戦っているわけでもないのに。

幼少期の私は どんくさくて、うとくて、もじもじしていて、引っ込み思案で、つまり「いじめられやすい子」を体現したような子だった。

もちろん「いじめる子」も、子供だから「いじめている」という悪意はない場合がある。

自分の経験したのはどちらかというとそんな感じで、ちょっと気の強い子に傷つくことを沢山言われて「いじめられた」と言っているだけの話だ。だから自分も子供だったと思う。

まぁ小学生の人間関係になじめなかった私は、当然学校に行きたくなくなった。

学校を休みがちになり、ついに「死にたい」と打ち明けた

小学校3年生のとき、とうとう学校を休みがちになった。

朝、起きるとお腹が痛むのだ。学校を休んでもいいと言われると、たちまち元気になる。

仮病ではなかったが、信じてもらえなかった。

最初は親も戸惑い、学校に行きなさいと私を責めた。でも私は泣きながら抵抗した。

その時住んでいたのは、27階建てのマンションの23階だった。

「このまま飛び降りて死んでしまえたらいい」と思った。

もし本当に思い詰めていて苦しかったら、そうしていただろう。でも私にはそれを実行するまでの決定的な何かはなかった。

代わりに、母に「死にたいと思っている」と打ち明けた。

あの時の母はどんな気持ちだったろう。10歳の娘が「死にたい」と言っている。

私だったらショックでパニックを起こしそうだ。

共感してくれること、味方で居てくれることに救われた

母は強かった。

私の話を静かに受け止めてくれた。

なんで死にたいと思うのか。何が原因なのか。それを解決することはできないのか。

私がある特定の子に嫌がらせを受けているが、それを嫌とか止めてと言えないと言ったところ「ひとみは悪くない!私の大事な娘を傷つける子に、ママは腹が立つ!」と怒り出したのだ。

泣きつくのび太と怒るドラえもんのような構図である。

その時の私は、その母の反応を見ただけで、どれだけうれしかったことか。

共感してくれて、味方してくれて、どれだけ救われて愛情を感じたことか。

自分の気持ちを伝えた臆病な勇気と、母の行動への感謝の気持ち

ただ母はそれにとどまらず、「明日○○ちゃんのお母さんに話に行くから、あなたも来なさい」となった。

翌日その子の自宅に訪問した。私は母の行動力にすこし動揺したが、ついていった。

「お宅のお嬢さんに、うちの娘が嫌なことをさせないでください」

母と娘の奇襲である。

私はその場でどうふるまっていいかわからず、もじもじしていたが、帰る時には内心とても晴れやかだったのを覚えている。

続けて母は学校の担任にも奇襲した。今なら「モンスターペアレント」という言葉があるが、当時そんなものはなかった。「問題児の母ここにあり」とでもいう感じだった。

担任は後日、私とその子を呼び出して言った。

「○○ちゃん、こういうことをひとみちゃんは嫌がっているから、もうしないでね」と和解させようとした。

彼女は私をにらみつけて、それから二度と私と話すことはなくなった。

仕返しや更なる嫌がらせが怖かったのだが、それもなかった。

でも、仕返しされてもいいや、と思えた。私には強いママがついている。

ドラえもんを頼って強気になるのび太くんそのものである。

結局、その時の母と担任の行動のおかげで、私はその子の嫌がらせから逃れることができた。

自分で解決したわけではない。

ただ、あの時「死にたい」と伝えた臆病な勇気。

それは確固たる自分の意志と行動であり、助けを求めたから助けが得られた。自分なりの解決策だった。

そこから私の臆病虫はどこかへ飛んでいった。

1年半ほど、学校に行ったり行かなかったりを繰り返していたが、5年生の時には完全に復帰した。

思ったことを言い、喜怒哀楽をためらわずに表現し、弱きを助け強きをくじく子に変貌を遂げた。

周りを気にせず、皆に好かれようとせず、自分のやりたいことをやるようになって、学校が楽しくなった。

それは「私はドラえもんに守られている」という確信があるからできたことだ。

一方で、私の母のとった行動が、すべての人、すべてのケースにおいて最善策とは思わない。

いじめっ子と学校に対して憤る母を見て「事をおおげさにしないでほしい」「言わなければよかった」と思う子もいるはずだからだ。

母のワンマンぶりは、はたから見れば本当にモンスターそのものであった。

しかし私の場合は、そんな母を頼もしく思い、とても感謝し、尊敬した。

「うちの娘は悪くない」という言葉を何度も耳にするうちに、「私は何をやっても大丈夫」という自信を持たせてもらった。また、深い愛に包まれているのを感じた。

今では、「死にたい」と思っていたあの出来事も、自分が強くなるための良い機会だったと思う。

あの時愛情を示してくれて、強くなることへの勇気を与えてくれた母に、本当に感謝している。

自分が親になったら、してあげたいこと。

それは「どんな時でも子供の味方でいてあげること」である。

大切なのは、子供に「親は自分の味方で居てくれる」という信頼を与えること

ストーリーでも語られている通り、この母の行動が正解なわけではありません。

ただ、子供がきちんと親に守られていること、親が味方で居てくれることを実感することで、子供の自信や、環境を変える力に繋がっていくのは確かなのではないでしょうか。

自分には絶対的な味方がいると思えることは、とても大きな支えになります。

どんな形でもいいから「自分は味方だよ」と伝えること。実感させること。

もしかしたらそれが、親が子供にしてあげるべき1番の教育なのかもしれません。

(文=STORYS.JP編集部・阿部仁美)

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