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「命の恩人」は横浜ベイスターズ

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「かっとばせー!」
野球が世間を騒がしている。

海外では、イチローが日米通算で4257本の安打を築き、
ピート・ローズ氏が持つ大リーグ記録を超えた。

「常に人に笑われてきた悔しい歴史を、これからもクリアしたい」と、イチローは語った。

日本では、プロ野球セパ交流戦の激闘に幕がおり、パ・リーグが今年は11度目となる勝ち越し、1位はソフトバンクという結果になった。

小さい頃から誰もがテレビで見かけたことのあるプロ野球。

とはいえ、野球のルールが分からなかったり、スタジアムまで行って観戦する気にはならなかったりする人も多くおられるだろう。

今日ご紹介するのは、そんな野球に、いや横浜ベイスターズに、 人生が救われた一人の青年のストーリー。

「命の恩人」は横浜ベイスターズ

「また今年も最下位かよ・・・。」
「どうすればこんな弱くなれるんだ・・・。」

横浜ベイスターズ(現 横浜DeNAベイスターズ)
2013年こそ5位に浮上したものの、
泣く子も黙る弱小球団だ。

特に2008年から2010年にかけての
「連続90敗以上」は圧巻で、
絶望したファンも多いと思う。

しかし、それでも応援し続けているファンは数多い。

俺は大矢第2政権が始まった2007年にファンになって、
その年はほぼ勝率5割と善戦していたが、
翌年から地獄の最下位祭りが始まった。

そこで普通ならファンをやめるという人も多いと思う。
ファンになっていきなりチームが弱くなったらそりゃ応援する気も失せる。

でも、俺はファンをやめなかった。

それどころか、どんどんベイスターズにのめりこんでいる自分がいた。

なぜなら、俺にとって横浜ベイスターズは
「命の恩人」だから。

子供のころから「吃音(きつおん)」という言葉の病気を抱え、
うまく人とコミュニケーションを取ることが出来なかった。

「しゃべれること」が前提の現代社会において、
「しゃべることができない」というのは想像以上に辛い。

世間では「バリアフリー」だなんだと言われているけれど、
「何がバリアフリーだよ!世の中バリアだらけじゃないか!!」

物理的なバリアだけに注目する世間に腹が立ったし、
もっと「精神的なバリア」にも目を向けてほしかった。

吃音者にとって世の中はバリアだらけで、
街を歩いているだけでもかなり辛かった。

例えばファストフード店に入るだけでも
相当のストレスを伴った。

マ○ドナルドなんかには、
「注文するときに、どもりまくって変な目で見られたらどうしよう・・・。」
そんな恐怖に襲われて一人で入ったことなんて無かったし、
入ろうとも思えなかった。

よほどの時は食券制のお店を探して、
無いときは家に帰るまで空腹を我慢したりした。

また酷い時はコンビニにすら入ることができなかった。

「袋に入れますか?」
「いや、大丈夫です」

この断りの言葉すらうまく言うことができず、
なるべく質問されないようにペットボトルしか買うものが無くても、
お菓子など余計なものを買ったりしていた。

街を歩けば吃音による恐怖に襲われ、
生きた心地が全くしなかった。

「学校」においてもそれは同じだった。

国語の時間の音読なんて地獄で、
自分の出番が回ってきそうな日は学校を休んだりしていた。

スピーチをやらないといけなくなった日には、
本番の1カ月くらい前から
ストレスでお腹を壊したりした。

「しゃべる」というイベントが発生するたび恐怖がのしかかって、
唯一安心できる時間といえば自分の部屋にいるときだけ。

「みんな俺と同じ苦しみを味わえば良いのに」

「なんで俺だけこんな目に遭わなくちゃいけないんだ・・・。」

世間のことを本当に恨んだし、
自分自身、そして自分を産んだ親を恨みもした。

そうしているうちに、
吃音の方もさらに悪化していった。

高校に入る頃には、
それまで会話が出来ていた親友や家族とも
まともに話すことが出来なくなっていて、
朝のホームルームの出欠確認の時に、
「はい!」という返事すら言えないほど。

自分、そして自分の将来に絶望して、
そこからは何もかもを避けるようになり、
高校2年の秋ごろ、
ついに「不登校」となった。

不登校の時は本当に最悪だった。

外に出ることが無くて、
廃人そのもの。

髪もボサボサで、天パーの髪と相まって
「このまま仙人にでもなれるんじゃないか?」
みたいな状態。

深夜に寝て、
夕方に起きる、そんな生活。

毎日に目的なんてものはなく、
ただネットサーフィンをしたり、
ゲームをしたり、
テレビを見たりするだけ。

心が動くということが無かったので、
生きる活力みたいなものが段々と無くなっていき、

「ああ、早く死ねないかな俺」

みたいなことばかり考えていた。

それぐらい、生きることに意味が見いだせなくなっていた。

心の中が"空っぽ"だった。

そんな空虚な日々を送っていた2006年の秋ごろのこと、
あるニュースが俺の目に飛び込んできた。

「横浜ベイスターズの多村仁選手と、
 ダイエーホークスの寺原隼人選手のトレードが成立しました!」

元々小学校の時に少年野球をやっていて、
某野球ゲームを小さいころからやりこんできていたこともあり、
野球は好きなスポーツだった。

昔は巨人ファンでよくプロ野球も見ていたが、
「史上最強打線」
という名のFA選手乱獲をやり始めてからは、
興味が薄れていった。

「ペタジーニとか取るのは、さすがにやりすぎだろ・・・。」

2002年ごろからプロ野球を全く見なくなり、
それから5年近く、興味を失っていた。

そんな俺でも、「多村」「寺原」の存在は知っていた。

「多村ってあれだろ?横浜の主砲だよな!?
 それに寺原って・・・。あの球すげえ速い寺原?」

正直かなりの衝撃を受けた。

5年に一度、
いや、それ以上かもしれないほどの大トレード。

そしてこれほどまでに衝撃を受けている自分にも衝撃を受けた。

「俺にもまだこんな興味を抱けることがあったのか・・・。」

それからというもの、プロ野球について色々と調べるようになった。

横浜に住んでいたので、

「それにしても、ベイスターズはなんでそんなトレードをしたんだろ・・・。
 多村がケガがちで、投手が弱いのは知ってたけど・・・。」

などと、特に「横浜ベイスターズ」のことが気になりだしていた。

「今ベイスターズにはどんな選手が在籍してるんだろう?」

「これまでどんな成績を残してきたんだ?」

「へえー、クワトロKとかいう投手陣がいたのか」

ベイスターズ、
プロ野球に触れている時間はとにかく楽しかった。

吃音がどうとか。
そういうことを忘れられるほど。

自分ではあまり自覚がなかったけれど、
その時にすでに「ファン」になっていたんだと思う。

それほど、心は充実していた。

・・・そして、ついに2007年シーズンが開幕。

今までは、ただただ退屈なだけの毎日だったが、
そうではなくなっていた。

「ベイスターズの試合を見る」
という「日々の目的」が生まれたから。

18:00になるのが待ち遠しくてたまらなかった。

毎日に「軸」ができたことで、
家事なども率先して手伝うようになったし、
不思議と活力も湧き出るようになっていた。

そんな変わるなんて信じられない!
と感じる人もいるかもしれないけど、
そのぐらい「目的」というのは人にとって大切だということなんだと思う。

何もない荒野の中にただ立たされても呆然としてしまうだけだけど、
そこに何か建物があったりすれば、
歩く気力が湧いてきたりする。

また横浜スタジアムに行くという「外に出る」目的も生まれたことで、
外に出るという機会が徐々に増えていった。

チケットを買う時の恐怖は正直耐え難いものがあったが、
それを乗り越えてでも生で試合が見たかった。

現地での観戦はとにかくすごかった。

ファンの声援が心臓にどんどん鳴り響いたし、
選手が打ったボールが外野に飛んでくるときの
あの感じがたまらなかった。

「非日常」がそこには確実にあって、
「こんな世界がこの世の中にもあるのかあ」

自分の周りだけの世界がすべてではないと、
そう感じさせてくれた空間だった。

ベイスターズが勝った日はテンションが上がったし、
負けた時は食べ物がのどを通らないほど凹んだりした。

でも、そんな風に感情が動くことがすごい楽しかった。

不登校になってからはそんな感情が動くなんてことはなかったから。

ただの屍から、
やっと「人間」に戻れたような、
そんな感じがした。

それからはもう「死にたい」なんて思わなくなったし、
「もっと頑張って生きたい!」と思えるようになった。

「死んじまったら、
 ベイスターズの試合が見れなくなっちゃうじゃないか!!」

2014年シーズン。

グリエルが加入したりもしたが、
今年も相変わらずの最下位争いを展開している。

でも、「最下位争い」できるほどにチームは進歩してきている。

少し前までは5位にすら10ゲーム差以上つけられるほどの
ダントツの最下位を連発してきていたんだから、
それは大きな進歩だ。

ベイスターズには本当に大事なことを教わった気がする。

「どんなダメなやつでも、いずれは変わることができるんだよ」

人生に絶望していた俺も、
今は大学を卒業し、
吃音もだいぶ改善して、
自分の目標に向けて日々を突っ走っている。

まあベイスターズ同様まだまだだけど、
それでもいずれ「優勝」できる日を信じて、
頑張っていきたい。

生きる目的を与えてくれた、
ベイスターズに恩返しの意も込めて。

━ 以上、人生共有サイトSTORYS.JPに投稿されたストーリーを紹介しました。

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