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もしも、嘉手納が使えなくなったらどうなるのだろうか?

2016年12月22日 15時33分 JST | 更新 2016年12月22日 15時33分 JST

もしも、嘉手納が使えなくなったらどうなるのだろうか?

嘉手納の米軍基地は対中対峙の最前線である。米空軍が東シナ海ににらみを利かす基地であり、米海軍哨戒機も南シナ海パトロールでの根拠地としている。重要性は他の米軍基地の比ではない。日米安保全体で最優先されるべき拠点だ。

だが、その嘉手納を不安定化させる問題がある。オスプレイ運用がそれだ。

■ 民間人を巻き込めば終わり

墜落以降、安全保障関係者はオスプレイ擁護に努めている。

具体的には次のような発言だ。墜落は不時着水である。技術的問題はなく欠陥機ではない。安保に必須な戦力であり飛行再開は当然である。そういったものだ。

だが、再びオスプレイが墜落したらどうなるだろうか?

飛行機は落ちるときは落ちる。これは欠陥機であってもなくても同じだ。

さらに沖縄で民間人を巻き込んだらどうなるだろうか?

オスプレイは沖縄が配備に反対した機体だ。全県一致の反対を押し切り、同意なく強引に配備している。

オスプレイが踏みにじった反対はそれだけではない。今回の飛行再開もそうである。また配備する辺野古新基地建設、それ用のヘリパッド整備で土人発言を引き起こした高江とも関連している。いわば沖縄のメンツを潰した機体だ。

その機体が住宅地に墜落し民間人を巻き込んだ場合、収拾はつかなくなる。地元が同意した機体が落ちたのではない。「危険だから配備しないでくれ」と反対された機体が落ちるのだ。その反響は77年のファントム墜落「パパママバイバイ」を超える。

事故は日米安保レベルでに影響する。対中対峙のキモである嘉手納基地も問題となり、自衛隊那覇基地にも波及する。あるいは沖縄独立にもつながりかねないものだ。

■ オスプレイは政治リスク

オスプレイは政治リスクなのだ。落ちれば日米安保体制を揺るがしかねない。それほどの影響を与える危険因子である。

これは他の米軍機と異なることでも明らかである。他の機種が落ちてもオスプレイほどは吹き上がらない。最近でもAV-8Bが、F-18が墜落してもさほどの問題とはならなかった。だが、今回のオスプレイ墜落では大騒ぎになった。

なによりも不思議なのは、そのリスクに国が無頓着なことだ。

政府は考慮なしに飛行再開を認めた。例えば朝日新聞デジタルは次のように伝えている。

と稲田朋美防衛相は19日午前、記者団に「事故の状況や原因などについて専門的知見に照らせば、合理性が認められる。本日午後から空中給油以外の飛行を再開するとしたことは理解ができる」と述べた。

オスプレイ飛行、全面再開へ 国は容認 沖縄反発」(2016.12.19)

発言中の技術的判断はどうでもよいものだ。それは防衛相の仕事ではない。

だが政治的リスクを理解しているか怪しい。「専門的知見に照らせば、合理性が認められる」(稲田)として再開を認めた。これは同時に技術者の専門的知見以外を無視したことを示すものだ。県や県民の再開反対を無視したことで「民間人を巻き込んだらどうなるか?」のリスクはむしろ増大する。

この点、防衛相あるいは内閣の安保政策でのセンスも疑われる。嘉手納さらには日米安保の利益と、海兵隊限りのオスプレイ運用、どちらを優先すべきか判断できていない。

沖縄に厳しい今の政府の立場であっても、あと一ヶ月、せめて年明けまで再開を許すべきではなかった。再開要求を黙殺し反対し海兵隊を泣かせる。その構図を作ることで県民感情の埋め合わせにすべきであった。それをしないのは、政治的リスクを軽視している証左である。