映画会社再生の陰に、総合商社マンあり。30億の赤字からの起死回生物語

2017年01月16日 00時52分 JST | 更新 2017年01月20日 18時39分 JST

『ピンポン(2002年)』『のぼうの城(2012年)』『トランスポーター イグニション(2015年)』......。そのほか、多くの話題作を生んできた映画会社アスミック・エース(AA)。しかし、その歩みは常に順調だったわけではない。

過去最高益(当時)を叩き出した2006年から一転、2007年より3期連続、通算30億円近くの赤字決算となり、株主の1社は資金の一部を引き揚げるなど、会社清算寸前まで追い込まれる。

そんな危機的状況からの再生プロジェクトを牽引したのが、親会社・住友商事からの出向者であり、現在、同社代表取締役社長を務める長澤修一だ。


好業績に勢いづく社内で、感じとった市況変化


過去最高益の勢いに乗る会社の業績に異変があることに最初に気付いたのは、ほかでもない長澤自身だった。3期連続赤字の1年目となる2007年に、関西支社より2年振りに本社に戻った長澤は、会社全体の業績数字を見る経営企画グループ長に就任。過去数ヶ月の業績を振り返り、あるセクションの予算未達が続いている状況に気が付いた。

「映画ビジネスは、作品1本1本の当たり外れで数字が大きく変わる事業ではありますが、当たり外れだけでなく、市況変化の兆しが見えました。特にパッケージ市場(※)には、明らかにピークアウトの兆しがあることは間違いありませんでした」

※映画産業では、劇場収益に加え、放映権やグッズの販売など、二次収益が発生する。パッケージ市場もそのうちのひとつで、DVDやブルーレイディスク等の販売およびレンタル市場を指す。2006年以降、市場規模は年々小さくなっている。

しかし、その懸念を当時の経営陣に進言するも、一蹴される。

「前年までの好業績を背景に、会社は拡大路線を採っていました。大型作品の製作、海外からの買付けなど、積極投資に舵を切っている彼らの目には、杞憂として映ったんだと思います。経営陣への進言は受け入れられませんでしたが、並行して、株主であり、私自身が籍を置く住友商事の主管部には状況を伝え、予め危機感を共有していました」

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再生プロジェクト始動 「出向者ではなく同志として」


蓋を開ければ、長澤の読みは現実のものとなった。2007年に2億の赤字。その後2008年に12億、2009年には16億と拡大する赤字に、さすがの経営陣も危機感を抱いた(その後、2010年には大株主の1社が出資を引き揚げ、保有する全株式を住友商事が買い取っている)。

会社清算が現実のモノとなりつつある中、建て直しに向けた動きがはじまる。債務超過目前の2009年7月、住友商事の協力の下、社内に再生プロジェクトチームが立ち上がり、長澤が事務局長としてプロジェクトを取りまとめることになった。

出向者、いわば外部の人間であり、会社清算となった場合も戻る場所がある長澤が、会社の存亡を決めるプロジェクトを率いることによる、生え抜きメンバーとの摩擦はなかったのだろうか。

「摩擦は感じませんでしたね。当時既に出向して9年目、彼らとは役職の付かないイチ社員の時代から、同じように汗をかいてきましたし、出向者云々よりも、この会社の危機を憂う同志という感じ。同じ目線でモノが言えました」

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商社マンが子会社に出向する場合、経営に携わるポジションとして加わることが多い。もし長澤がそうした立場で出向していたら、状況は違ったかもしれない。この信頼関係を背景に、プロジェクトに挑むメンバーは皆、固い絆と覚悟を持っていた。

「会社再生にあたって、コストカットのために人員整理も検討していました。しかし本当に雇用にまで手を付けるのか、正直私にも迷いがあったのも事実です。プロジェクトメンバーとはこの点は何度も腹を割って話しました。今まで一緒に働いてきた仲間に辞めてもらわねばならないかもしれない。その覚悟が本当にあるかと問うたところ、『会社が存続しなければ全員が職を失う。先ずは事業継続を優先すべきであり、その為には苦しい決断をしなければならないし、自身が辛い立場になることも覚悟している。』と彼らも不退転の決意を表明してくれました」

住友商事は、長澤や現場メンバーの覚悟を信頼し、事業継続に向け再生プロジェクトを支援した。その住友商事の心意気もまた、長澤を奮い立たせた。


より安定した経営体制を築くために掲げた4つの約束


事業改革やコストカットなどの再生プランを現場社員が一丸となり実行した結果、2010年には4年ぶりの黒字回復。その後、2011年に再赤字となるも、2012年にジュピターテレコム(J:COM)グループ入りして以降は、安定して黒字決算を継続。長澤自身は、2012年より代表取締役に就任している。

経営危機を経て、事業継続には持続的な成長が必要だと実感した彼は、代表取締役就任時、社員に向けて4つのコミットメントを提示した。

「1つめは、収益基盤を確立させること。2つめは、社員の生活基盤を確立すること。3つめは、株主の経営期待値の達成。4つめは、全社員の徹底した意識改革です」

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長澤は、J:COMのグループ会社であるジュピターエンタテインメントから伸び盛りのオンデマンド事業を吸収合併し、会社の収益基盤の安定化を図ると共に、AAの全社員を当時上場企業であったJ:COMに転籍させ、社員の生活基盤の確立を図るなど矢継ぎ早に改革を実施。また、足下の業績も再生プランが軌道に乗り、株主の求める経営期待値を超える成果を出していた。


意識改革をもたらしたのは、商社マンらしいビジネス視点


代表取締役就任の1年目に、4つのコミットメントのうち、3つはクリアされたが、最も難しかったのは4つめの意識改革だという。

「社員1人1人が市場の変化を感じ取り、進化し続ける組織にしないと、いつまた経営危機に陥るか分かりません。J:COMグループに入るということは、自社単体の数字もさることながら、J:COMグループ全体が成長していくことに貢献することも求められます。以前のように、単に自社の事業のことだけに集中するのではダメで、グループに自分たちがいる意味を考える必要があります」

例えば、従来AAでは、自社で製作した映画などのコンテンツを外部へ販売するだけだったが、現在はJ:COMグループの放送や配信サービス向けのコンテンツ調達窓口も担っている。

「以前であれば、単純に一番好条件で買ってくれる先に売ろうとしかしていませんでしたが、今は違います。グループ内の配信サービスに、他社にはない有力な作品を出せれば、グループ全体の売上が拡大するからです。外に売るより多少条件が劣っても、優先的にグループ内に作品を提供した方が良い場合もあります。正にグループ連結目線ですね」

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しかし、そうした変化に全社員がすぐ馴染めたかというと、そううまくはいかなかった。独立系企業であったころの感覚で仕事を進める現場社員を長澤自らたしなめてきた。

「現場の社員が他社に高く売れたと報告に来た取引を、グループ連結としての視点が欠けているとひっくり返してしまうこともしばしばありました。そんなやりとりを何度も経て、今では社員の意識がずいぶん変わったと感じています」

商社マンらしいビジネス視点のもと、意識改革を行った長澤。総合商社の中でもメディア事業に強いと評される住友商事において、長澤率いるAAが担う役割は大きい。映画業界にいるからこそ持てるプロフェッショナルな視点と、映画業界の中だけにいては持てない総合商社としての視点の双方を持つ、稀有なこの会社は、今後どう変わっていくのだろうか。