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文在寅大統領を生んだ「声」の政治

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KOREA PRESIDENT
JUNG YEON-JE via Getty Images
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朴槿恵(パククネ)元大統領は、だれもが認める「テレビの女王」だった。母の代わりにファーストレディをつとめた父の時代から身につけた政治的感覚と洗練された(と思わせる)片言の言葉で、彼女はテレビを制し、やがて韓国政治を制した。

韓国のテレビが、李明博(イミョンバク)政権のときから、天下りの役員と御用コメンテーターで溢れたのもその理由のひとつではあるが、そもそも彼女自身がテレビというメディアの性質を知り尽くした政治家であることは否定できない。

その朴槿恵氏と比べると、今回就任した文在寅(ムンジェイン)大統領は、そのルックスを除くと、テレビに似合うタイプの政治家ではない。

長年人権弁護士をつとめ、自分の権力意志よりは、故盧武鉉(ノムヒョン)元大統領との縁とその死後の責任感(本人はそれを自分の「運命」という)で政治家の道を歩みはじめた彼には、テレビを使って積極的に自分のイメージをつくり出すという政治的感覚そのものがないようにみえる。

今回の大統領選でも彼は、そのほとんどが朴政権の下で「御用」のスタンスを取ってきたテレビのまえで、テレビ的瞬発力とジェスチャーの代わりに、淡々と言論改革の必要性を訴えつづけた。それでも彼は、テレビを制することなく、大統領を勝ち取った。

その原動力となったのは、テレビとは全く異なる性質をもつメディア、ポッドキャストを中心に築かれた支持勢力だった。高齢化しているテレビ視聴者(当然その多くは保守層である)ではなく、ポッドキャストをつうじて流れる進歩(革新)系側の「声」に耳を傾ける数百万人の固定のリスナーと彼らによる積極的政治参加が、今回の政権交代の過程で重要な力として作用したのである。

韓国のポッドキャストの歴史は、言論・表現の自由が萎縮し、韓国の報道の自由度ランキング(「国境なき記者団」(RSF)発表)が、約180カ国のうち31位(2006年)から69位(2009年)まで急落した李明博政権のときにさかのぼる。

アメリカ産牛肉の輸入問題をめぐって勃発した2008年のろうそくデモ以降、地上波放送はもちろん、ポータルサイトや個人のジャーナリストまで、多くの公的・私的メディアが政府によって統制されていくなかで、「放送」のカテゴリーに当てはまらない法制度的特徴と当時爆発的に普及した「スマートフォン」の技術的特徴をせおったポッドキャストが、ひとつのオルタナティブな言論として浮上したのである。

そして李明博政権への辛辣な批判や風刺で、毎週平均600万件以上のダウンロード数を記録した『ナヌンコムスダ』(2011年)をはじめ、数々のポッドキャストがオンラインとオフラインを横断する新しい政治文化をつくり上げてきた。

実際この「声」の政治がもつ力は、政治界はもちろん既存のジャーナリズムとアカデミズムの想像力をはるかに超えるもので、その根底にはマクルーハンのいう「心の琴線に触れる魔術的な力」のようなものがはたらいていた。

それは、盧武鉉元大統領の死と「セウォル号」の沈没事件、朴槿恵大統領の弾劾など、韓国社会のさまざまな局面をめぐる「声」をきけば明らかである。

各局面を経験した人びとの感情は、ポッドキャストに記録され、ひとつのオーラル・ヒストリーとして蓄積された。つまり、数年間、毎週数百万人のリスナーたちがポッドキャストをつうじて経験してきたのは、たんなる「情報の共有」ではなく、「感情の連帯」であり、その「感情の連帯」をつうじて築かれた「緊密な部族的絆」が、時間をかけて政治的力として拡大したのである。

そして、その「緊密な部族的絆」を感じる人びとの多くは、文在寅氏を2012年の大統領選に出馬させ、その後の政治的歩みを共にしてきた支持者たちと重なる。その力は、「イメージ」の政治を図った他の候補者の支持率が揺れ動いた今回の選挙戦で、最後までまったく動じなかった彼の支持率が物語っている。

年間8,800本以上のプログラムが制作されるまで成長した韓国のポッドキャストの滋養分は、逆説的にも9年間の保守政権だった。

改革を掲げた文在寅政権の5年間、その生態系はどのようにかわるのだろうか。

過酷な道を歩むことになる文大統領と進歩(革新)系の「声」の政治は、今後どのように展開されるのだろうか。

そのなかで、文大統領を支えてきた「緊密な部族的絆」は、どのような役割を担っていくのだろうか。注目しつづけたい。