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ナイジェリアのテロ組織「ボコ・ハラム」を生んだ世界

2014年05月21日 19時33分 JST | 更新 2014年05月21日 19時33分 JST

先日「ナイジェリアのテロ組織『ボコ・ハラム』が主張する世界」という記事を書いたところ、想像以上に批判、賛同の声を頂きました。ひとつひとつのコメントを読ませて頂くたび、自分の表現力が未熟なのは言うまでもなく、問題提起のあり方すら問い直さなければならない、という気持ちになりました。

前回記事は「ボコ・ハラム」の視点を通して論じてきましたが、あまりに彼らに偏りすぎて、擁護しているように読めたと言われても仕方なかったかもしれません。今回は補考として「ボコ・ハラム」を取り巻き、そして私たち自身を取り巻く「世界」という、少し俯瞰的な視座に立って述べたいと思います。

本論に入る前に断っておきたいのは、私は新聞記者でも学問の権威でもありません。そのため、これはニュースでもなければ、学術的な記述でもありません。もっと言えば、ただの「ブログ」ということになります。そのため、これから書くことは私が感じ考えていることですが、それ以上でも以下でもありません。

前回の記事でも書きましたが、ナイジェリアは100以上の民族が暮らしていますおり、中でも主要な3大民族は北部のハウサ人、南西部のヨルバ人、南東部のイボ人です。この3者には植民地時代から今に至るまで禍根があります。

南部の人々は西洋的教育を受ける機会に恵まれ、さらに石油産出の恩恵を受けてきました(とはいえ、利益はあまり市民に還元されていないというのも実情です)。北部はイスラム色が強く、相対的に西洋的教育から疎外され、また南部と比べて命に関わる貧困の問題が慢性的に存在します。のっぴきならぬ命に関わる問題が北部の人々にのしかかっているというのが事実です。

こういった「南北問題」はナイジェリアと同緯度に位置する西アフリカの国(ガーナ、コートジボワール等)でも似た状況があります。私自身アフリカ1周の旅を通して、ナイジェリアは北部に行く機会がなかったものの、ガーナ、コートジボワール両国で北部と南部の両方を目にすることができました。素人目に見ても両国とも南部と北部の経済格差は歴然としています。

安易すぎる構図はあまり使いたくありませんが、簡潔に言えば南部が持つもの(抑圧者)であり、北部は持たざるもの(被抑圧者)となります。この「抑圧ー被抑圧」構造は多重的なもので世界中にはびこっています(例:「先進国ー途上国」「男性ー女性」「富裕層ー貧困層」など)。

つまり、「ボコ・ハラム」を生んだ北部は被抑圧者になります。ここで断っておきたいのは、被抑圧者である北部の人々の中でも、女性(とりわけ少女たち)は相対的に被抑圧者の立場にあるということです。ですから、「南部ー北部の男性(「ボコ・ハラム」も含む)ー北部の女性」の順で抑圧されていることになります。いくら「ボコ・ハラム」が被抑圧者であっても、弱い者いじめしていいはずはありません。

言うまでもなく「ボコ・ハラム」は凶悪犯罪者集団であり、抑圧者でありますが、人が徒党して集団を組んでいる以上は「一匹の殺人鬼」の集団ではありません。彼ら自身ひとりひとりの人間であり、その人間を凶悪犯罪へと向かわせる構造が横たわっているのです。

子どもたちを食べさせていけない、病院にも行かせてやれない、自分さえも明日暮らしていけるかわからない。そんなのっぴきならぬ慢性的な危機感も今回の事件の一因だと思います。命に関わるような抑圧を受け、このままでは自分たちが生きていけないかもしれない、そんな状況で今回の「ボコ・ハラム」の事件が表出しました(とはいえ私は断じて「ボコ・ハラム」を擁護しているわけではありません)。

そしてこの構造には私たち日本人も含まれていることを忘れてはなりません。私たちは日本に存在しているというだけで、抑圧者の立場にいます。なぜなら、現在の日本は資源や労働力を安く買いたたかないと存続しないからです。具体的な例を言えば、携帯電話やゲーム機に使用されているレアメタルの多くはアフリカの国から来ています。そのレアメタルを巡る紛争が未だに続いている地域もあります。その最たる例であるコンゴ民主共和国の紛争は「プレーステーション紛争」とまで呼ばれています。

ナイジェリアにおいても私たちは大量に石油を輸入しています。石油でなくても、目に見えない間接的な点で、彼らを抑圧している立場にいるということを忘れてはならないと思います。そんなこといったらキリがないじゃないか、と言われるかもしれません。その通りです。キリがないことがわかっていながら抑圧しながらしか生活できないのだ、ということを理解しておくことが大事なのです。

被抑圧者である人々は、日々の暮らしでキリがない多重構造の末端に自分が置かれていることを意識せざるを得ないのです。それに比べたら私たちが自分の立場を見つめることは、なんとお気楽なことでしょうか。大切なことは思考停止せず、常に自分の立場がら逃げないことだと思います。

自分の立場をしっかり見つめることができるのであれば、「ボコ・ハラム」の男たちが置かれている状況もより鮮明に見えてくるはずです。一過性のニュースとして「凶悪テロ組織」であると理解するだけでは、これまでも抑圧して来た政治家たちがほくそ笑むのが目に浮かびます。

私たちは理解しなければなりません。彼らは狂気的な凶悪犯罪集団である。そして、彼らを生み出したのは他でもない、私たちも暮らす世界であるとー。