新マスタープラン発表「タダでテスラに乗れる」世界の実現へ

これまでに何度も危機的な状況にさらされてきたTeslaですが、驚くことに10年前に発表されたこのマスタープランはほぼ実現されています。

6月末に半自動運転機能 Autopilot作動中に起きた初めての死亡事故が明らかになって以来、Teslaはその対応に追われています。先日ようやく最初の調査レポートが発表され、事故車が制限速度を超えていたという事実や事故車の写真などが公開されましたが、まだ最終的な原因の解明には至っていません。

日本メーカーであればひたすら「謝罪モード」に入りそうな状況ですが、ここでアグレッシブな発表をするのがElon Muskというところでしょうか。

事件が明るみにでてからわずか10日後にこのようなTweetをして、自動運転機能の将来ビジョンを含む、10年ぶりの長期プラン「マスタープラン」を発表しました。

今回のポストでは、その内容を取り上げたいと思います。

10年前の初代マスタープラン:ほぼプラン通り

今回発表されたマスタープランは、10年ぶり二回目ということで、まずは10年前の2006年に発表された一回目のマスタープランから簡単におさらいをしておきたいと思います。今回と同様、「自動車メーカー」というよりも「スタートアップ」の新規戦略発表のように、発表は自社のブログで行われました。

内容は長文ですが、サマリーは以下の通りとなります。

Build sports car

Use that money to build an affordable car

Use that money to build an even more affordable car

While doing above, also provide zero emission electric power generation options

日本語に訳すと、

「スポーツカーを開発。その収益で手頃な価格の車を開発。その収益でさらに手頃な価格の車を開発。並行してゼロエミッションの発電システムを開発」

2006年当時のElonの本業はSpaceXのCEOで、Teslaには大株主兼会長として関わっていました。ちょうどはじめてのプロダクト「Roadster」のプロトタイプを発表した直後にこのマスタープランは発表されています。

今でもたまに街で見かけますが、Roadsterは1,000万円以上するスポーツカーで、2012年までの間、30カ国でトータル2,450台が販売されています。Roadsterは、世界ではじめて市販された200マイル以上走る電気自動車でした。

Roadsterの売り上げは、金額にすると200億円強と大した金額にはなりませんでしたが、その後Teslaは2010年に無事IPOし、2012年には「手頃な価格の車(Model S / 700万円〜)」を販売開始、そして先日2017年に「さらに手頃な価格の車(Model3 / 350万円〜)」を発売することを発表しています。Model3が、40万台もの予約(1.4兆円相当)を集めたということは大きなニュースとなっています。

これまでに何度も危機的な状況にさらされてきたTeslaですが、驚くことに10年前に発表されたこのマスタープランはほぼ実現されています。

新マスタープラン:「4つ」のポイント

そして、10年ぶりに新たにマスタープラン第二弾が発表されました。今回は大きく分けて4つのポイントがあるので、それぞれについて説明をしたいと思います。

1:発電/蓄電

「Create stunning solar roofs with seamlessly integrated battery storage」

最初に来るのは「クルマ」の話ではなく、「エネルギー」の話です。

これは、6月にTeslaの側から提案されていた太陽光発電サービス企業 Solar Cityの買収に関する話ですが、ちょうど本日$2.6Bでの買収が合意されたようです。家に設置された太陽光パネルで発電し、自宅のバッテリーとテスラで蓄電し、テスラの運転や家庭で使う、そしてそれでもエネルギーが余る "Energy Positive"を実現しようという話です。

ようやくSolar Cityの買収が成立したということで、これがどんな製品に昇華していくのか非常に楽しみです。

2:"Tesla Semi" トラック / バスの開発

「Expand the electric vehicle product line to address all major segments」

二つ目は新しい「車種」の話です。

これまでTeslaは、「自家用車」のみを手がけてきましたが、今回はじめて「商用車」、トラックとバスを手がけることを発表しました。すでに開発を進めているということで、来年にも発表するようです。

コードネームは「Tesla Semi」というそうですが、貨物輸送のコストを大幅に下げ、安全性を向上させるとしています。

また自動化により、小型化、渋滞の緩和にもつながるとしています。

トラックの分野は、自家用車よりも自動運転が馴染みやすい(経路がシンプルなどの理由)ということで、Googleの自動運転チームが立ち上げたOttoなどトラックにターゲットを絞った自動運転スタートアップも出てきています。

上の写真はTesla Semiではなく、Nikolaという別のスタートアップのハイブリッドトラックですが、Teslaがデザインするトラックやバスのデザインがどのようになるか楽しみです。

3:自動運転

「Develop a self-driving capability that is 10X safer than manual via massive fleet learning」

そして、「自動運転」の話です。

現在の「半自動」ではなく、「完全自動(Fully Self-Driving:おそらくLevel4のこと)」を開発するということです。ハードウェアとソフトウェアは心配ない、規制当局が認可をするためのハードルは人工知能用の「ラーニング用データ」で、100億km程度必要(現在取得できているのは500万km / 日)なのではないかと言っています(これが我々がCivilMapという自動運転スタートアップに投資をした理由です。詳細はまた機会があったら書きます)。

なぜ自動運転を開発するのか、という点に関しては従来の「人間が運転するより安全だから」という主張を繰り返しています。現時点で、人間が運転する車は「89マイル走る毎に一人が死ぬ」計算なのに対して、現在のAutopilotでも「2倍は安全」だとしています。

人間の運転よりも「10倍安全」なレベルを目指しており、そこに到達してはじめて現在の「ベータ」という注意書きを外すということです。

このポイントは、技術的な部分はもちろん、インフラ、規制など様々な要素が絡むのでもっとも将来どうなるのか予想するのは難しい分野です。ただ、最初のマスタープランを着実に実現したTesla/Elon Muskの実行力に期待してみたいところではあります。

4:シェアリング

「Enable your car to make money for you when you aren't using it」

そして、最後がもっともインパクトの大きな話、「シェアリング」です。

完全自動が実現した上での話として、スマホのアプリから、仕事中や休暇中などクルマを使わない時に、自分のクルマをシェアリング用に提供できるようになるとしています。

現在多くの家庭が自家用車を所有していますが、その実際の「稼働率」はわずか5-10%となっています。このクルマが稼働していない残りの90-95%の時間を使ってシェアリングに活用(自動運転なので、運転手いらず!)することで、毎月のローンをまかなえるくらいになるとしています。

さらに、クルマが密集する大都心以外では、Teslaが自らシェア用のクルマを用意することも想定しているそうです。欧米では、来る自動運転 / シェアリング時代の到来に備え、BMWのReachNowやFordのFordPassなど、一部自動車メーカーも「自社のクルマを使ったシェアリングサービス」をテスト的に立ち上げています。 ただ、ここまで明確に「自動運転でシェアリングモードつける」「自社でシェアリングサービス運営する」と宣言した自動車メーカーはTeslaが初めてだと思います。

自動運転×シェアリング:「車はタダ」の時代の到来

今年の1月にBarclaysのレポートをベースに「これから自動車業界に起こる3つの変化。一世帯当たりの車台数が「半減」する時代に何が起きるのか?」というポストを書いてからわずか半年です。

その間に、GMによるLyftへの大型出資、GMによる自動運転スタートアップの巨額買収、Appleの中国ライドシェアリング最大手への大型出資、アリババによるインターネットカーの発表、そして今回のTeslaのマスタープランの発表と、自動車業界のあり方が根本から変わるディールや発表が相次いでいます。

スマートフォンにより大変化が起こった携帯業界を彷彿とさせるものがありますが、クルマはインフラや規制も大きく、それほどシンプルではないはずです。また、すでに世界30億人がスマーフォンを手にしているということも、変化を考える上で大きな要因となりそうです。

人類のライフスタイルのイノベーションを考える上で、2016年の後半も、自動車業界から目が離せそうにありません。

そして、Scrum Venturesとしても、Mobility分野へは引き続き積極的に投資を行っていきます。

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