スマホが子供の故郷(ふるさと)をつくる  ~流山市で始まるジモト発想のICT教育~(前編)

スマートフォンやタブレットの普及に伴い、デジタル機器やネット環境が子供にもたらす悪影響を危惧する声が高まっています。個人情報流出やいじめ・犯罪、あるいは視力低下や親子コミュニケーションの減少と、論点は様々です。

スマートフォンやタブレットの普及に伴い、デジタル機器やネット環境が子供にもたらす悪影響を危惧する声が高まっています。個人情報流出やいじめ・犯罪、あるいは視力低下や親子コミュニケーションの減少と、論点は様々です。一方で、単にICT(Information and Communication Technology)から子供達を遠ざけるのではなく、正しい知識とモラルを身につけさせようとする取り組みも、家庭や学校で始まっています。

そのようなICT教育への取り組みは、(当然のことながら、)ICTそのものがテーマとなっているものがほとんど。しかし、元々のICTは、それ自体は目的ではなく、手段であるはずです。今回取り上げるのは、千葉県流山市で昨年11月に開催された小学生によるマッピングパーティー『マッピングパーティーながれやま2013』です。子育てファミリーが多く移り住む新興住宅地を"第二の故郷"にするためにICTを活用し、結果として子供たちがICTの知識やモラルも身につけられる地域イベントです。実行委員長で、ご自身も二人のお子さんを育てるワーキングマザーの尾崎えり子さんにお話をお伺いしながら、親子、地域、ICTの新しい可能性を探っていきます。

『マッピングパーティーながれやま2013』実行委員長の尾崎えり子さん

■秘密基地が1,000個ある街に

酒井 本日は宜しくお願いします。まず、小学生のマッピングパーティーが開催された千葉県流山市について、簡単に紹介をお願いできますか?

尾崎 流山市は「母になるなら、流山市。」というキャッチコピーを打ち出し、共働き夫婦、特に30代の子育て世代にターゲットを絞って誘致に力を入れている街です。都内へ30分、森の中でのびのび子育てできる、というのもあって、8年前に比べると1.6万人ほど人口が増えています。今もたくさんのマンションや戸建てが新しくできていて、ママたちにとって活気のある街、優しくなろうしている街です。とても住みやすいですね。

酒井 今回行われたイベントは、地域に住む小学生が「とっておきの場所」をスマホで撮影・Web投稿して、位置情報を基に一つの地図にマッピングする、というものですね。流山市には尾崎さん自身もお子さんができてから移り住んだと伺ったのですが、このマッピングパーティーはどのようなきっかけでやろう、ということになったんですか? ICT教育には以前から興味があった?

尾崎 実は、このイベントをやるまでICT教育というものすら全然知らなくて。

私は縁もゆかりもなく流山市に引っ越してきました。だから、地元のことが全く分からず、子どもの遊び場を探すのにとても苦労したんです。「他の子供達がどんなところで遊んでいるのかな、いい場所があれば子供を連れて遊びに行きたいな」と単純に思ったのがきっかけなんです。

酒井 確かに。きっかけはICTと全然、関係ないですね。笑

尾崎 そうなんです。笑

だから、まずはアナログでやりました。地図を大きく印刷して、小学生の低学年から高学年まで、子どもたちに「お気に入りの場所を教えてね」と言って。その場所のキャッチコピーを書いたシールをペタペタ貼ってもらって一つの大きい地図をみんなでつくろう、というイベントをやったんです。

酒井 やってみて、どんな発見がありました?

尾崎 普段あまり行かないような場所が結構ありました。「この川のこの辺りにザリガニやカエルがたくさんいる」みたいな、子ども達しか知らない場所です。そういう秘密基地みたいな場所がいっぱいある街って、すごく楽しそうじゃないですか。公園が何個ある街、よりも、子供達の秘密基地が1,000個ある街、のほうがよっぽど価値が高い。

酒井 なるほど。そこで遊ぶ子供達の存在をリアルに感じられますね。

尾崎 なので、このイベントも「秘密基地マップをつくろう」ということで始めたんです。子供達もたくさん教えてくれたし、お母さんたちが乗り気になってくれました。「ここの土手は段ボールで滑って遊べるんです」とか、「夏でも蚊がいないんですよ」とか。知りたかった情報をどんどん出してくれた。ただ、そういう情報をアナログの地図に書くには限界があるし、皆に共有するツールとしてもあまりうまくない。

デジタルにしたらもっと正確に、もっと魅力的に、もっと多くの人に知ってもらえるんじゃないかと。それで、スマホを使ったマッピングパーティをやってみたいと思ったんです。

■市民、行政、企業が一体となったイベント

酒井 今回のイベントは流山市の市役所と教育委員会が後援し、防災科学技術研究所やヤフー株式会社など様々な企業の協力も得ていますね。

尾崎 もともと流山市が防災科学技術研究所と共同でeコミ流山という防災用のオープンデータサイトを作っていたんです。「防災以外の市民起点の情報も入れてみよう」ということで今回のイベントにご協力を頂けました。

酒井 ヤフーさんはどのようなきっかけで?

尾崎 ヤフーさんが行っているYahoo!きっずというサービスがあるのですが、そこでは子ども達がネットの投稿の練習ができるんです。大人と同じ場所でやりとりする前に子ども達同士でネットのルールを学んだり、顔の見えない相手とのコミュニケーションを学んだり。ICTへの考え方や想いで共感する部分が多かったためご協力を頂けました。イベントの中では、個人情報や、投稿時の注意点をレクチャーしてくださいました。

他にもスマートフォンの貸与はソフトバンクテレコムさんから。NTTデータさんやSAPジャパンさんには参加賞を出して頂きました。地元で生涯学習センターを運営されているアクティオさんは機材の貸し出しや受付のサポートをしてくれました。また、当日は井崎流山市長や奥村東京大学公共政策大学院客員教授も来てくださいました。初めての企画ではありましたが、実行委員のメンバーを始め、行政や市民の方など本当に多くの方々が企画の趣旨に賛同して協力してくださったんです。

イベントで集まった子供達の投稿は、マップとして一般公開されている

■親世代の不安を越えて

酒井 私も昨年の6月くらいから、twitterの炎上騒ぎの取材をいくつも受けました。その背景にあるのはやっぱりWeb上の個人情報管理や投稿マナーに関するリテラシーの格差なんですよね。小中学生についても、LINEいじめなどの報道があって、ICTを子供達から遠ざけよう、ネットに触らせないようにしようと、「とりあえず規制する」方向に向かっている。

でもこのイベントでは、小学校低学年くらいの子どもたちが、人の顔や表札を撮っちゃいけないとか基本的なマナーを学んだ上で、自分のお気に入りの場所を開示していますよね。一つの良いスタイルを作っていると感じたんです。

尾崎 実は、参加者募集がとても大変でした。市や教育委員会が後援していて信頼性もあるのですが、小学生のお母さんたちの不安が強くて。スマホに触らせる機会を与えると、欲しくなってしまうから、と。

酒井 やはり抵抗感がとても強かったんですね。なるべく子供にはICTに触れさせない、という世の中の流れの中で、こういう新しい動きを始める事自体がとても大変だと思います。他には何かハードルはあったでしょうか?

尾崎 一番は、3時間かけて市内をずっと回るので安全面の対策ですね。安全面に配慮して、保護者と2人一組で動くことを前提としたのですが、「子供一人で行かせられないか」といった要望もあって。親もまる1日休日を空けるのは結構大変です。

酒井 子供の個人情報に関する心配はありましたか?

先日、小学校の修学旅行写真を撮る女性カメラマンに聞いたのですが、行事写真は今でも校内に貼りだして、注文制にしている学校も多いようです。なんでデジタルにしないのかというと、「拡散されるのが怖いから絶対にダメ」だとか。私たちの世代の頃は、カメラマンが風呂場まで入って写真を撮っていましたが、今はもちろんNG。女の子の場合、風呂あがりの髪が濡れている写真を撮るのもダメだそうです。これだけ事件が多いと仕方ないですが、子供の秘密基地をオープンにするということもある種の個人情報ですよね。

尾崎 そのことについては、あまり心配はありませんでした。子供達の秘密基地って、子供達だけが秘密だと思っていて、実はとてもオープンな場所が多いんです。もちろん、公開データからは投稿者の名前を消すなどの対策を取っています。

前編では、マッピングパーティーの概要や開催までの経緯を中心にお伺いしました。

後編では、実際に参加した親子の反応や、今後のICT教育の可能性について話し合っていきます。

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