米国におけるポピュリズムの台頭について 「これはアメリカのワイマール・モーメントだ」

インディアナ州の予備選挙は、投資家をして、ドナルド・トランプが大統領になる可能性について、真剣に考えなくてはいけないときがきたと悟らせたわけです。

【インディアナでの予備選挙】

昨日、インディアナの予備選挙で共和党のドナルド・トランプ候補が圧勝しました。

これを受けてライバルのテッド・クルーズ候補は正式に脱落、事実上、共和党の大統領候補はトランプに確定しました。

一方、民主党ではバーニー・サンダース候補が代議員数43を確保、ヒラリー・クリントン候補の37代議員を上回りました。

ヒラリーのモメンタムが失われていることが鮮明になっているのです。

このことは11月の本選挙で、ひょっとしたらトランプが勝ち、アメリカに南米型のポピュリスト政権が樹立される可能性がでてきたことを示唆しています。

その前に数字を整理しておきます。

民主党は比例代表制という制度をとっており、過去に各州の予備選挙や党員大会で勝ち取った代議員数の積み上げが大事です。

そこでこれまでの数字なのですが:

ヒラリー・クリントン候補 1,682

バーニー・サンダース候補 1,361

でヒラリー・クリントン候補が優勢です。

これに加えてスーパー・デリゲートと言われる、民主党の長老たちの個人的な票が問題になります。

ヒラリー・クリントン候補 520

バーニー・サンダース候補 39

つまりスーパー・デリゲートでは圧倒的にヒラリーが有利なのです。

この代議員数とスーパー・デリゲートの票数を合計した総合点では:

ヒラリー・クリントン候補 2,202

バーニー・サンダース候補 1,400

となっています。

民主党候補に指名されるためには2,382票が必要です。

ヒラリーがサンダースから逆転されるリスクは小さいですが、「ヒラリーは、なぜ楽勝でサンダースに勝てないのだ」という苛立ちが民主党の幹部から出始めています。

言い換えれば、11月の本選挙に向けて、スーパー・デリゲートは自分の投票の仕方を考え直す必要が出てきているのです。

まとめると、昨夜のインディアナ州の予備選挙は、投資家をして、ドナルド・トランプが大統領になる可能性について、真剣に考えなくてはいけないときがきたと悟らせたわけです。

【ポピュリズムは経済をメチャクチャにする】

ドナルド・トランプ候補はポピュリズムの盛り上がりを背景に登場しました。

ポピュリズムとは大衆の感情に訴えることで得票し、政権を握る手法を指します。

それを実行する人のことをデマゴーグ(扇動家)と呼びます。

その実例は南米に多く見られます。ベネズエラのウゴ・チャベス、ブラジルのバルガス、アルゼンチンのペロンなどがその例です。

加えて、最近までアルゼンチンの政権を握っていたキチネルや、ブラジルのルラ、ならびにルウセフ大統領などもポピュリズムの典型です。

ポピュリズムは格差社会経済危機などを背景に台頭しやすく、候補者は平等な社会を約束することで当選します。

しかし、ここが大事なところですが、本人は平等な社会の構築には全く興味は無いわけです。

そして多くの場合、平等な分配を実行するという約束のもとで取り上げられた富は、買票のために使われるか、政治家のフトコロに入ります

だから経済は混乱します。庶民にとっては、暮らし向きが良くなるどころか、ずっと悪くなることの方が多いです。

長年、ポピュリズムのこのような弊害に悩まされてきた南米では、最近になって急速にポピュリズムが後退しています。

これと入れ替えに米国でポピュリズムが台頭しているのは、たいへん興味深いです。

アメリカではポピュリストの大統領が登場したことは過去にはありません。またアメリカの憲法を起草した「建国の父」たちはプラトンをはじめとするギリシャ哲学の思想に明るく、大統領が暴走できないよう、司法、立法、行政の三権分立をしっかり確保しました。

その関係で、アメリカ政治がポピュリズムのために滅茶苦茶にされたことはありませんし、もしドナルド・トランプが大統領になったところで、あまり勝手な振る舞いは出来ないと見るべきです。

ポピュリズムは経済混乱と格差社会が行き着くところまで行ったとき台頭すると書きました。前回、アメリカがそうした状況に直面したのは1929年の「暗黒の木曜日」の後に来た大恐慌です。

1935年に「我々の富をシェアしろ!」というメッセージを掲げ、ヒューイ・ロングという扇動家が一世を風靡しました。彼は「4%の裕福層がアメリカの富の85%を支配している」と指摘しました。

この指摘は、ミョーに現在のアメリカの状況に通じるものがあります。

ロングは大統領選に出馬しますが、フランクリン・ルーズベルトに敗れます。

ある意味、1935年当時、アメリカが次々に社会福祉制度の充実などの立法を行ったのは、ロングらのプレッシャーに背中を押されたと言えるでしょう。

フランクリン・ルーズベルト自身は、もともと裕福だったので、政治を利用して私腹を肥やすというようなタイプではありませんでした。だからポピュリズムを悪用することは、しませんでした。

でも保護貿易主義、移民反対主義をとなえて有権者の歓心を買っているドナルド・トランプ候補が、清廉潔白な人かどうかについては、余り期待が持てない気がします。

今週、著述家で編集者でもあるアンドリュー・サリバンが、雑誌『ニューヨーク』に書いた長尺記事が話題を呼んでいます。その中でサリバンは、現在の米国におけるポピュリズムの台頭はアメリカの「ワイマール・モーメント」だと言っています。

この記事は、いま、ウォール街関係者に一番読まれています。

ワイマールというのは、言うまでもなく第二次世界大戦前夜のドイツを指します。ナチスは、もちろんファシズムであり、それはポピュリズムとは違う概念ですが、ポピュリズムや共産主義の機運が高まる中で、その反動としてファシズムが伸びて行った経緯は無視できないと思います。

(2016年05月04日「Market Hack」より転載)

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