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新国立競技場のもう1つの可能性。ケンチクボカン伊東豊雄(2)

2014年05月12日 17時58分 JST | 更新 2014年05月12日 18時00分 JST

「俺の屍を越えて行け」という名作ゲームがあります。

通称「俺屍(おれしか)」です。

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ゲームデザイナー桝田省治さんの15年前の作品です。

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私の著書「マンガ建築考」と同じ技術評論社さんのシンクマップシリーズから

「ゲームデザイン脳」というゲームが出来るまでの思考を追いかけた非常に面白い著書を出されています。

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このゲーム、どこが画期的だったかというと、

通常のRPGではありえない設定。

ゲーム開始早々主人公が死ぬんです。

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時は平安、京の都を荒らしまわる朱点童子に帝が送った討伐の勇者はことごとく打倒される中、お輪と源太というひと組みの夫婦が朱点童子に立ち向かう。

しかしながら奮闘むなしく源太討死、お輪と幼子は朱点によって呪いをかけられてしまいます。その呪いとは成長を早められ生後1年半から2年で死亡するという「短命の呪い」です。

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ゲームのプレイ中に自分があやつっていたキャラが必ず死期を迎えてしまうため、一族の家系図が出来上がっていきますが

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上図に並んだキャラクターの8割は既に亡くなった祖先たちですね。

必ず死ぬとわかっているキャラとプレイするため、結構せつないです。

結果として、ゲームをクリアするまでに何人もの勇者の死を迎えなければならない、何世代にもかけてひとつの目的を遂げたときの、達成感や寂寥さといったものがゲームを通じて体験させられてしまうという凄い設定なのです。

そんな「俺屍」を想い出してしまうのが、伊東豊雄先生の作品履歴なんです。

これが伊東先生の最初の作品「アルミの家(1971年)」です。

さらに、この建築の作者は伊東豊雄さんではありません。

URBOT(アーボット)です。

伊東さんは活動の最初期は個人名ではなく、

パフュームとかサカナクションみたいなユニット名義

「アーバンロボット」略して「URBOT」というユニットだったんです。

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当時は大阪万博(1970)の頃ですから日本は高度成長期の真っただ中、科学技術への期待や明るい未来に皆誰もが夢を馳せていたころです。

だとしても、今建てられたとしても非常に先鋭的といいますか、その異形性とアルミ薄板の揺らいだ被覆という質感は本来建築のモノではないです。この光の反射による像の歪みを建築表現に取り入れる手法はこの30年後に現代美術の分野でゲルハルト・リヒターが出て、レム・コールハース達がチャレンジするまで、誰も気づかなかったんではないでしょうか。

さらに言えば、この建築は木造ですからね。

在来木造住宅の工法は踏襲しながら、無理な危険なディテールはうまく避けながらも、まったく通俗的な家のイコンは消しまくってあります。

特に窓は十分にあって採光状支障ないように設計してあるのですが、いわゆる「お家の窓」が、一切視覚的に認知できないようにデザインしてあります。

むしろアポロ着陸船に見られるような最先端のデバイスを搭載し、地球環境の探査に現れたプローブ(宇宙探査機)ともいえるでしょう。

まさに、この例えそのままに、通俗的な「敷地に家を建てて住む」という行為を、「地球という惑星環境の中に生存スペースを確保する」とでも言った方がふさわしい、敷地と家の惰性的マイホームイメージをいったんぶっ壊し、その根源的意味を問うものでもあります。

そのためだけに、URBOT(アーボット)は地球にやって来て去っていきました。

URBOTは他に「都市住宅」で長い廊下の奥にトイレがある計画案など発表した後、これっきりでフィニッシュです。

そして伊東先生は「アルミの家」で使った表現や構成、いわゆる作風を完全に捨て去ります。

これが、なかなか出来ることじゃない。

どのような表現活動であっても苦労の末、評価に結びついてしまうと皆その評価された時の表現、作風に固執します、守ろうとします、純化できる場合はいいのですが、ほとんどはセルフコピーを繰り返すようになり、作家としては死にます。

しかし、伊東先生の凄いところは自分でその作風を壊す、それまでの自分を殺す、自己撞着を避ける、新たな自分、未来の自分に賭ける、託す。

建築家として

「生きる、死ぬ、託す。」です。

次も大問題作です。

「White U(1976)」→その後は一般的に「中野本町の家(1976)」に改称

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この建築も日本の建築史の中で特異的な位置を占めています。

普通の木造住宅が並ぶ住宅地のど真ん中に置かれたコンクリートの彫刻です。

特にその彫塑的意味合いを強化しているのが壁と同じ処理の屋根ですね。

コンクリートのU型をした平面形はどこまでもつながって家の中心というものがありません。

建築としての中心は中庭といえなくもないのですが、この庭も室内と連続する「家庭の庭」ではなく、隣地のように演出された他者的空間です。

この家は外縁も内縁も他者に囲まれながら内部空間を強く守っている。

そしてその他者性の高い中庭を大きく包み込んで、なにやら龍安寺の枯山水のごとく涅槃の永遠性といったものを内包しています。

いわゆる機能主義建築でも都市型の中庭住宅でもない。

これだけアバンギャルドな建築であっても生活のための機能は随所に巧みに配置されており、水回りからリビング、玄関、個室の空間的な連なりにはまったく無理がないのことの方が、かえって不思議な印象を与えます。

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日本人の普通の住まいを何か未知の文明の知的生命体が分析して再構成でもしたかのようです。デザインの未来性以上に住居解釈に非常にSF的な印象を与え、「惑星ソラリス」のように、家の方が巧みに変形して人が住むことを受け入れてくれているようにも思えますね。

この家は、喧騒で賑やかな都市からしっかりと隔絶させることで、他者と切り取られた意識の本質的な孤独とかいったものを呼び覚まします。同時に、「家型」の持つ家庭や家族の象徴性をはぎ取ることで、廃墟のようなもの、陵のようなもの、建築の奥底にでーんと横たわった抽象的オブジェクトが醸し出す神性といったものまでを炙りだしてくるという、非常に哲学的な作品です。

ここまでの解説で、何か伊東豊雄さんの建築がもつテーマに、住まうとかライフスタイルとか家庭像とか、そういったものが一切出て来ない。あれ?いつも建築の作品性批判を繰り返す森山なのに、なんか建築学を語りだしているぞ?と思われたでしょう。

そうなんです。伊東さんの建物の良さとは基本、住まい方とかライフスタイル等に対する提案ではなく、ガチの建築論、哲学的領域における評価なのです。

すると、、なんだ?やっぱり難しい話かよ、となると思うのですが、全然難しい話ではなくて、映画や小説のように、本来「建築」も建築家以外の人と、ここんとこの評価軸や意味を共有できるはずなのです。

しかし、なんか、、よくわからん。専門家と専門家以外の間で、「建築」っていうときのその慣用の範囲に何かズレがある、違和感がある。

これって、実は「建築」という言葉の不完全性に原因があります。

もしくは、元々抽象概念として設定された「建築」という言葉が時代が下がるにつれ、徐々に俗化し具体性を帯びて、高次の概念を指す機能が徐々に分化してしまったからです。

建築はArchitectureの訳語として1897年(明治30)に建築学者の伊東忠太によって提案され定着したものですが、それ以前は「造家」といいました。

Architectureはローマ時代の建築家、ウィトルウィウスが著した建築理論書において

用(utilitas)・強(firmitas)・美(venustas)を兼ね備えること、

芸術的かつ科学的見地に立たねばならない、

と定義されており、そのような概念を表す場合に、

工学限定的で汎用範囲の狭い「造家」ではなく「建築」がよかろうとされたわけです。

しかし、この数十年でまたしても、「建築」という語がその汎用性ゆえ、一般と専門で揺らいできているわけです。

分かりやすい例で、ざっと比較してみますと

食べ物 -------- 慣習的に摂取可能な具体的食材やもの全般を指す。

料理・食事 ----- 食べ物の加工技術や成果物、社会的な行為一般を指す。

食(しょく) ------ 食べ物に対する高次の哲学文化的意味論的概念を指す。

食べることの哲学的意味や文化的な位置付けをおこなおうとすると、たとえばこんな感じに使いますよね。

「食とは何か、、」、「あらためて食の意味を問う」、「食文化の変遷と未来」

これを、食べ物や料理・食事に変えると世俗的で限定的でしょ。

建物  --------  慣習的に建造物全般を指す。

建築・建設 ----- 建物の建造技術や成果物、社会的な行為一般を指す。

建築   -------- 建物に対する高次の哲学文化的意味論的概念を指す。

一般的に家を建てたり、建てられた建物のことも「建築」と呼び、最初に設定された元概念のArchitectureも専門家の間で「建築」のままなのです。

なので、建築家が語る建築の語法の中には使いやすさとか、住みやすさ、世俗的人気や経済的価値といった部分は、副次的にしか含まれず、一般が語る建築の語法には、この哲学的建築の意味や高次の美学的意味性は薄まっています。

「建築とは何か、、」、「あらためて建築の意味と問う」と言われたときに、現在では、二番目の語法なのか、三番目の語法なのかわからなくなっているんです。

なので、よくわからんのです。

これは、大学の建築学科に入学した新入生が一番つまづく最初の関門のところですね。「君は建築が分かっていない!」とか、先輩や教授に言われたりするところ。

僕がかつて、大学の建築学科一年生のときに、

一番違和感を感じたというか、狂人の言葉かと思ったのが、

「住宅としては優れているが建築としてはどうかと思う。」です。

普通に聞くと、

「建築としてすぐれているが建築としてはどうかと思う。」

というトートロジーにしか意味が取れないんですよ。

なので、いったん俗化した言葉を再度引き上げるのは無理だと思いますから、語句を再設定する必要に迫られていると思います。

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そこで、磯崎新さんなどは、「大文字の建築」という言葉を提唱されていました。

う~ん、意図はわかるんだけどなあ、、文字が多いし、一般向けに使うとさらに混乱を招きそうな感じです。

「住宅としては優れているが大文字の建築としてはどうかと思う。」

普通に聞くとなんで私の家が、大文字になるんだろう?じゃあ小文字の建築っていうのは何?犬小屋?って感じがしてきますよね。

最近は多いのですが、無理に訳語しないでアーキテクチャーを使ってみては?

というのもありますが、こちらは既にコンピューターや社会学のダイアグラムなどでも複数の処理やデータを組み合わせたり統合する作業に当てられていますから、

「住宅としては優れているがアーキテクチャーとしてはどうかと思う。」

だと、製造過程やマーケティングに問題があるハウスメーカーの商品会議みたいになりますよね。

というわけで、建築の専門家が特に建築の哲学的意味や美学的価値を一般向けに伝えたい、話したいと思ったときには、この三番目の語法に適応する語句が今は存在しないんだ。と自覚し、なんとかしなきゃならない、と空席にしておく方がまだ一般社会と混乱を招かない、最善の策だと思うんです。

建物  --------  慣習的に建造物全般を指す。

建築・建設 ----- 建物の建造技術や成果物、社会的な行為一般を指す。

(   )  -------- 建物に対する高次の哲学文化的意味論的概念を指す。

というわけで、伊東豊雄さんの建築の価値とか活動の目的は、この(  )の部分に対する、圧倒的な思考と創作の連続と格闘なわけです。

伊東先生は最初の「アルミの家」の作風も殺しましたが、このほぼ完全に建築的哲学に伊東豊雄の作風を打ち立てた!と思われた「White Uこと中野本町の家

」で確立した、都市と個人の対峙、自然と人工物の対峙、永遠の時を経たかのような純粋な抽象的空間性といった自己の作風、ポジションをさらに壊します。

建築家として

「生きる、死ぬ、託す。」を繰り返すのです。

3に続きます。

(2014年5月1日「建築エコノミスト 森山のブログ」より転載)

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