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最後に損をするのは国――歯科衛生士不足、最後にババをひくのは

2014年11月19日 15時38分 JST | 更新 2014年11月19日 15時57分 JST
Ryouchin via Getty Images

■世の中銭や!というわけではない歯科衛生士

歯科衛生士不足を補うために、歯科医院がまず初めに対処するのが賃上げによる再募集です。

しかし、歯科衛生士を募集しても来ない→給料を挙げて再募集→それでも来ない、という図式は崩れません。

私の歯科医院でも、以前給料を上げて再募集をしたことがあります。まず相場より1割給料上げて募集。音沙汰なし。次にもう1割上げて...というように、最終的には8割増まで上げた時点で何だか恐くなってあきらめました。(結局元に戻してしばらくしたら募集者が来ました)

京都府歯科医師会の京歯月報(平成22年3月号)に興味深い資料があります。

歯科衛生士の転職・退職した理由の1位は結婚(40.5%)、2位は出産(29.4%)、3位院長との人間関係(24.3%)ですが、給料に関しては、8位と(13%未満)下位です。ここから歯科衛生士が医療機関に求めるものは、高給よりも個人・家庭の環境を重視し、院長との良質な人間関係を求めるものが多いのがわかります。そう、歯科衛生士の多くは、「金」では動かないのです。

■歯科衛生士の就業実数

また、京都府歯科医師会の資料はさらに注目するところがあります。

先ほどの歯科衛生士会の行った歯科衛生士として就業している割合は84.8%であるのに対し、京都府歯科医師会の統計では66.8%となっています。その差は18%。無視できない値です。この差はサンプルになった母体の背景の違いが起因していると推測できます。

歯科衛生士会の母集団は歯科衛生士会の者であり、この団体自体の特性として、歯科衛生士業界のインセンティブを上げる役割を担っています。会員は現役の者が多く(休職中で就業見込みがない者は退会している可能性が高い)、就業率は高くなると予想できます。

対して、京都府歯科医師会の資料はある特定団体ではなく、地域に基づいた統計をとっています。

多くの歯科衛生士は各地域に根ざした勤務地を選びます。この統計は地域密着型である歯科衛生士の実態を反映していると言えます。

そして、この京都府歯科医師会の就業率から換算すると、一医療機関あたりの歯科衛生士数は1.01人となります。

その就業者のうち、およそ40%が非常勤となっており、これを常勤の労働力の半分と仮定すると一医療機関あたりの歯科衛生士数は0.81人となります。

さらに勤務先分布としては「診療所」が50.2%(行政17.6%、病院、大学病院12.2%、歯科衛生士教育養成機関4.7% 日本歯科衛生士会)となっており、最終的な開業医の実質歯科衛生士数は0.4人と推測できます。0.4人は前述した私の感覚とだいぶ近くなり、うなずける値です。

■一番被害を被るのは...

皮肉なことに、歯科衛生士の不足分は歯科医師の過剰によって(過剰地区は一部、東京都などの大都市に限る)補われています。余剰となっているのは若手歯科医師です。若手歯科医師が歯科衛生士の代わりとなって先輩歯科医師の介助にあたるのです。これは一見、患者さんにとって治療全てに歯科医師が携わるので良さそうなのですが、若手歯科医師は一人前の歯科医師となるべく十分な経験を積むことができず、歯科医師としての成長を妨げる要因になりつつあります。未熟な歯科医が多数いる日本...。誰もそんなことは望みません。

また、前述のように、専門研修を受けた者と、そうでない者が歯科医師の介助についた場合、明らかに歯科医師の技量が変わってきます。私も経験していますが、治療をするにあたり、介助者によって治療時間に差がでてきます。例えば、むし歯の穴を詰めるにしても、通常5分程度のものが7〜8分かかってしまう場合があります。また、詰める器具を逆さまに渡すなど、単純なミスも頻発するようになり、術者(歯科医)は治療に専念できない環境になってしまうのです。すると歯科医師は偶発的な事故をさけるため、患者さんに一番良い治療というよりも、無難な治療を選択するようになります。

このような環境下では、患者さんが最良の治療を受けられない可能性が出てきます。そう、一番被害をこうむるのは最終的に患者さん一人一人なのです。ひいては国民の口腔健康そのものを悪化させる要因となっていく可能性を大いに秘めています。

以上のように歯科衛生士不足は、さまざまな形になって悪影響を及ぼします。離職率が高くて、再就職できない歯科衛生士。雇用できない歯科医院。未熟な歯科医師。そして低診療報酬による低賃金。現在の歯科医療を人材という点からみると、これら全てが合わさり医療の質の低下となる危機状況が続いています。

疲弊した歯科業界がこのまま続くと最後にババをひくのは患者=国民です。そうならないためには歯科衛生士不足の解消がまず第一歩なのです。

■再就職の高い壁

慢性的な歯科衛生士不足をどう対処していくか? 歯科衛生士数は増加傾向にあるのですから、問題は潜在している歯科衛生士をどう掘り起こすかです。

一度離職した歯科衛生士の5割以上が再就職を希望しています。そのうち7割が再就職する際の障害があると答えています。

その障壁の最も大きな理由に勤務時間を挙げています。個人・家庭環境重視の歯科衛生士にとって、長時間勤務はできません。

この構造はしばらく変わりそうもありません。歯科医院の経営状態は悪化の一途をたどっており、診療時間の延長を余儀なくされているからです。潜在的な再就職希望者は増加しているにもかかわらず、歯科医院の需要のミスマッチが歯科衛生士不足に拍車をかけた状態が続いています。

また、離職した歯科衛生士の6割以上が再就職するにあたって研修を希望しています。歯科医療の特性上、一度臨床から離れてしまうと手技的な面での再習得期間が必要となります。それはペーパードライバーが路上運転をする時の不安に似ています。ほとんどの歯科医療機関は再就職プログラムを持っていません。この不安を拭いきれず再就職をあきらめる者が多くいるのも想像に難くありません。

■再就職の壁を取り除くためには

一度離職した者の中には高度の技術を習得していた者や経験豊富な者が多数います。このような者が再就職できないのは医療の質を保つだけではなく、国家としての社会的損失につながります。

個人歯科医院ができることは、まず勤務時間に柔軟さを持つことです。シフト制を導入したり、早期帰宅システムを採用したりと、各家庭にあった対応が必要です。また産休や育休を取り入れることにより職場復帰がしやすくなります。

また、再研修プログラムが必要となります。各歯科医院がその医院の特色を活かした研修プログラムを制作し実行するのが理想ですが、それには経済的限界があり容易ではありません。個人歯科医院は歯科衛生士教育機関、大学病院、歯科医師会、そして行政などと共に医療連携をとって再就職プログラムを受けられる環境づくりが推し進めて行く必要があります。さらに、医療の枠をこえた働く女性の支援制度を積極的に活用していくのが、問題解消のカギとなるのです。

(2014年11月12日「医療ガバナンス学会メールマガジン」より転載)