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記者が世論調査の数字を変えてしまうという俗説について

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都知事選を機に世論調査についての俗説がまた流れているので、被害者が増えないようにここで議論をまとめておきたい。

■世論調査の数字に手が入れられている?

俗説の流布元は、次の記事である。

大手マスコミの世論調査が信用できないこれだけの理由(週プレNEWS)」(リンク先は阿修羅掲示板にコピーされたもの。)

同記事は配信元の週刊プレイボーイのウェブサイト、配信先のヤフー等からはすでに削除されている。元記事はリンク先の最後にあるように紙の雑誌に掲載されている。

この記事で元毎日新聞記者であった鳥越俊太郎氏は次のように述べている。

「僕が新聞記者時代は世論調査といえば、面接方式だった。どんな山の中だろうと雪の中だろうと、行って面接して集計していた。例えば総選挙では各選挙区を回って集められた調査結果は、東京にある新聞社の選対本部に送られる。ところが、その数字に政治部などが取材した情報を"加味"する。つまり、若干、世論調査の数字に手が入れられるんです。この数字はちょっと出すぎだろうといった具合に。そういうことを僕は見聞きしてきたから、どうも疑ってみてしまう」

鳥越氏は、以前にも週刊ポストの記事「鳥越俊太郎氏 若者ら除外する世論調査結果の信憑性に疑問」で次のように述べている。

「選挙に関する世論調査の結果を発表する前に選挙の担当者が数字を"調整"するのをしばしば見てきた。担当者が取材で掴んだ選挙区情勢と違うという理由です。そういった裏事情を知っているので、私自身は世論調査の数字を疑っています」

これらの発言からわかるのは、鳥越氏やこれらの記事を配信した雑誌編集部は、選挙情勢調査を理解しておらず、内閣支持率等を発表する普段の世論調査との区別がついていないということである。

言い換えると、数字が"調整"されるのは選挙情勢調査ではよくあること、必要なことである。一方で、内閣支持率を報告するような普段の世論調査では、記者が取材をもとに数字を変えるようなことは行われていない。

■選挙情勢調査とは

ここで論点となる選挙情勢調査とはどのようなものか。都知事選の情勢調査について毎日新聞は次のように記事で表現している。

「9日に投開票される東京都知事選について、毎日新聞は1、2の両日、都内の有権者を対象に電話による世論調査を実施し、取材結果も加えて終盤情勢を探った。」(「都知事選:舛添氏優勢 細川、宇都宮氏追う 本社世論調査」『毎日新聞』2014年2月2日掲載)

この記事を読むと、舛添氏が優勢であることは述べられているものの、誰が何%の割合で支持を得ているかという具体的な数字は示されていない。公選法第138条の3の規定により、選挙運動期間中に人気投票と解される数字を公表することができないのである。そこで、「優勢」「リード」「激しく追う」といった文章表現で、数字を示さずに情勢を伝えている。つまり、鳥越氏が糾弾する調整された数字は最初から公表されないものである。

また、記者による調整は、この記事の「取材結果も加えて」というところに表現されている。しかし、なぜ情勢調査で記者は数字を調整するのだろうか。それは予測を当てるためである。言い換えれば、選挙情勢のために行っている世論調査での、誰に投票するかという回答分布は、選挙結果の正確な予測からは外れているのである。

■数字は予測を当てるために調整される

では、なぜ投票予定の回答分布は選挙結果を予測できないのか。簡単に2つに整理すれば、(1)投票日に向けて投票行動が変化したり、態度未定の人が態度を決める、(2)世論調査結果自体がそもそも歪んでいる可能性がある、となるだろう。

(1)については、たとえばそれまで無名だった新人候補が選挙期間中に知名度を上げる場合が典型である。さらには、当選可能性が低い、もしくは高すぎる候補からの票の離脱なども考えられるだろう。(2)については、たとえば公明党や共産党の支持者は、世論調査に正直に回答しない傾向が知られている。

こうした傾向が過去の調査結果等から既知であれば、調査結果に補正をかけて、投票日当日の数字を予測する。鳥越氏が所属し、体験したであろう1983年衆院選の調整前と後の比較が、西平重喜『世論をさがし求めて』(ミネルヴァ書房)に掲載されている。西平氏は毎日新聞社の世論調査部の設立とその方法論の確立に尽力した統計学者であり、毎日新聞の最初の選挙情勢調査の手法についても手がけた人物である。

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上の表が、世論調査の生のデータと予測得票率、実際の選挙結果を比較したものである。見てのとおり、生の数字では自民党には強めに、社会党や公明党では弱めに数字が出ているが、補正後の予測得票率は現実にかなり近い数字となっている。選挙情勢調査を行っている各メディアは、こうした補正を行う予測式に磨きをかけている。ときどき「衝撃の生数字を入手!」といった記事がタブロイド紙や雑誌に掲載されるが、価値があるのは生数字ではなく補正後の数字だろう。

一方、そのときそのときの選挙区ごとの個別の事情は、過去のデータによる補正をすることができない。特定の団体が推薦を決めたなどの情報が別にあれば、その影響を世論調査結果に加味して判断することは、予測を行ううえで合理的である。こうした「取材の加味」が行われていることは、新聞記事やさまざまな文献にも書かれており、「裏事情」では決してない。

【参考】
吉田貴文『世論調査と政治―数字はどこまで信用できるのか』(講談社+α新書)
西平重喜『世論をさがし求めて―陶片追放から選挙予測まで』(ミネルヴァ書房)

これらの調整の実態は、新聞社や時期によって異なる。たとえば毎日新聞は、昨年の参院選で予測式を用いた補正を行わなかったそうである(世論調査協会2013年度研究大会シンポジウムでの担当者の発言より)。それでも十分に当たったのは、自公圧勝で当てやすい選挙だったためだろう。

■普段の世論調査で"調整"はするか

鳥越氏は、ここで述べた選挙情勢調査の話を、内閣支持率等を伝えるふだんの世論調査一般でもそうだと思い込んでしゃべっているようである。では、普段の世論調査で記者による数字の差し替えのようなことは行われないのだろうか。

仮に筆者が世論調査の数字を変えることができる立場にいるとしても、数字を動かすようなことはしないだろう。何の意味もないからである。仮に、気に食わない内閣の支持率を多めに下げてやろうと実際の結果よりも10ポイント下落させたとしよう。すると、他社の調査結果と整合しなくなるため、そうした作為はすぐにばれる。少なくとも、怪しくいい加減な調査だということになる。

他社との整合が疑われない誤差の範囲で、たとえば3ポイントくらい余計に下落させたらどうだろうか。そもそもそのような小さな動きに意味があるとも思えないが、次月には数字がその分だけ上昇することになり、その気に食わない内閣の評価が上昇していることを宣伝することになる。

少し考えて見ればわかるとおり、世論調査そのものには多数の人々が関わる。会社は予算を出し、過去であれば鳥越氏の思い出話のように自社の記者が全国で調査に携わる。現代であればテレマーケティング会社などに外注する。その中で、調査結果が俺の実感に合わないから数字を変えようと言い出しても通せるわけがなく、通せたとしてもすぐに業界内で噂になるだろう。

■おわりに

取材をせず関連文献も読まない一部のアンチ大手メディアの人々が流布している世論調査批判言説は、まず間違いなく俗説である。むしろ、こうした俗説のおかげでメディアの世論調査の重要な問題点が見過ごされているところもある。この点はこれまでも繰り返し述べてきたのでここでは繰り返さない。

【参考】
菅原琢「スケープゴート化する世論調査―専門家不在が生む不幸な迷走」『Journalism』2011年1号
菅原琢「悪いのは世論調査ではなく迷走する政局と報道である」『朝日ジャーナル―政治の未来図』
「世論調査やネットのアンケート調査をどう読む? 菅原琢准教授に聞く(前編)」、ハフィントン・ポスト
「選挙の「争点」と有権者の関心はなぜズレる? 菅原琢准教授に聞く(後編)」、ハフィントン・ポスト

このような俗説は、少し文献を調べるか、わかっている人に聞くかすれば怪しいことはすぐにわかるだろう。それをせずに気に入った俗説に飛びついたり、間違った見解を流し続けるのは、自身の評判を落とし続けるだけである。報道関係者であれば、程度の低い言説を繰り返しているうちに、より低層の仕事しか来なくなり、あの人は終わったと言われることになる。年寄りは晩節を汚すだけだろうが、現役の若いジャーナリストや雑誌編集者、政界関係者がこうした俗説に踊らされ、結果的に信用を失うのは見るに忍びない。

もっとも、筆者はメディアの世論調査の実査担当者ではなく、ここでは世論調査に関する各種書籍や関係者を通じて仕入れた知識と、現状の常識から判断されることを述べたに過ぎない。これらはあくまで現時点の議論であり、将来的に同内容であることを保証するものではないということは、最後に述べておきたい。

関連エントリ:安倍内閣に批判的なメディアは内閣支持率が低いという俗説について

(2014年2月7日「311後の日本の政治論壇」より転載)

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