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安倍政権の日露交渉の危うさ?:中国はヴィルヘルム2世親政下のドイツ帝国か否か?

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現代の複雑極まりない国際関係を分析するに当たって、我々は意識的か無意識的かを問わず、古今東西の歴史から類似したそれを見出し、両者の比較を通して、何がしかの判断を導き出そうとする傾向がある。しかし比較の対象が適切でないと、誤った判断を導くことになる。

昨今の中国はしばしば第一次世界大戦前のヴィルヘルム2世親政下のドイツ帝国になぞらえられてきた。そして英仏露の三国協商がドイツ帝国を包囲したように、12月のプーチン大統領の来日を機に、日米同盟にロシアを加えて、三国の連携により中国を包囲すべきだという声が高まっている。筆者はこれが誤った判断だと考える。

確かに中国もドイツ帝国も急速に台頭した新興大国であり、大国としてふさわしい国際的地位を求めて、米国や英国といった覇権国によって形成された既存の国際システムに挑戦している。また中国とドイツ帝国は元来大陸国家であり、陸軍主体の軍事編成であったにもかかわらず、急速に海軍力を増強して、海洋進出を企てようとしている。

さらに中国とドイツ帝国はロシアと国境を接しており、対立を抱えている(もっとも今日の中露間の対立はまだ潜在的なものにとどまっているが)。ちなみに日本の地位はさしずめフランスのそれに近いと言えるだろう。このようになぞらえると、かつて英仏露がドイツ包囲網を形成したように、今日では米日露が中国包囲網を形成すべきであると、ごく当然のように結論付けられるだろう。

こうした論を提唱している識者の一人が長谷川幸洋氏である。もっとも長谷川氏は論説において、中国をヴィルヘルム2世親政下のドイツ帝国にたとえたりしているわけではない。

しかし立論の前提として、意識的か無意識的かを問わず、中国に対してそうした比喩的イメージを抱いていると言っても差し支えないだろう。長谷川氏は安倍首相による「日本の主体性を重視した」対露接近政策を支持する一方で、後述するように民進党・前原誠司衆院議員の発言を揶揄している。そして対露接近政策の意義について、次のように述べている。

「中国をけん制するうえで、日本とロシアが北方領土問題を解決して友好関係を強化するのは、米国にとっても悪い話ではないはずだ」。「中国にとって頼みの綱のロシアが日本に接近すれば、彼らの戦略的敗北である。それだけにとどまらない。

日本の経済協力がロシアの経済発展に貢献すれば、中国は強力なライバルを地続きの隣国に抱える形になる。長期的には中国の脅威にすらなりうるのだ」。「米国の力が相対的に衰える中、日本がロシアと手を握って対中包囲網を築くのは、米国にとっても中国をけん制するうえで合理的な選択ではないか」(「北方領土問題でも明らかになった民進党『周回遅れ』の皮膚感覚」)。

筆者は、総理官邸が長谷川氏と同様の観点から日露交渉を進めているか否かについては測りかねるが、仮にそうだとすると危うさを覚えざるを得ない。その理由は、結果的に米日露による中国包囲網の形成に至るどころか、日米同盟にひびが入るだけでなく、ロシアから北方領土や経済協力などの問題で、一方的に譲歩を迫られただけということになりかねないからである。

中国にとって、米日露の包囲網の形成は最悪の事態に相違ないが、対外強硬の論調でよく知られている『環球時報』でさえも、今回の日露交渉については実に冷静に分析している。同紙のサイトから直近の関連記事を見ることにしよう。

なおその記事は共同通信の記事を引用する形をとっている。返還後の北方領土に関して、日米安保条約の適用対象外とする案、すなわち本来であれば、条約に基づいて北方領土に「在日米軍が駐留することができる」はずであるが、これを不可とする案を、日本が検討中である。

しかしロシアとの対立を深める米国が反発する公算が大きく、「日本は難しい交渉に直面するであろう」(「日政府討論南千島群島不属《日美安保条約》保護対象方案」10月30日付け)。

日本では10月31日現在のところ、この問題は、一部の地方紙で報じられているものの、朝日・読売・日経といった主要紙で報じられたり、論じられたりしていない。

しかしながら筆者は極めて重大だと考える。仮に返還後の北方領土を日米安保条約の対象外とするように米国を説得することができたとしても、今度は米国が尖閣諸島を条約の対象外にすると通告する事態が起きかねないのではないだろうか。

「安保ただ乗り論」を展開しているトランプ氏が大統領に当選しないとしても、昨今、孤立主義的な傾向を強めている米国が中国との軍事衝突への懸念から、そのような態度に出ても不思議ではないだろう。

ここで、中国の台頭に対処するための対露政策のあり方について検討するために、改めて中国をドイツ帝国になぞらえることにしよう。中国は、ヴィルヘルム2世親政下のそれよりも、ビスマルク宰相の下でのそれの方にまだ近似していると言えるのではないだろうか。

周知のように、19世紀後半に展開されたビスマルク外交は、何よりも普仏戦争以来の宿敵・フランスの孤立化を第一の目的としていた。そのために、東の大国・ロシアとの間で新・旧三帝同盟を構築したり、再保障条約を締結したりする一方で、覇権国・英国との間でも良好な関係の維持に努めてきた。

習近平の下での中国は、東アジアにおける日本の「孤立化」を図り、尖閣問題では強硬姿勢を貫いてきた。北の大国・ロシアとの間では、潜在的な対立を抱えながらも、戦略的パートナーシップ関係を維持して、対外的に蜜月ぶりを演出している。

一方、覇権国・米国に対しては、「新型大国関係」の樹立を呼び掛け、良好な関係を築こうと試みてきた。ただし習近平はビスマルクとは異なって、覇権国・米国との間で良好な関係を構築することにはまだ成功していない。米国が「新型大国関係」の前提とされる「核心的利益」・南シナ海への中国の進出を認めなかったからである。目下のところ中国は、ドゥテルテ大統領の下でのフィリピンを抱き込んで、対米関係の再構築を試みているといったところだろうか。

昨今、日本は対米関係の強化や対韓関係の正常化を実現して、ようやく東アジアにおける「孤立化」から脱却したところである。ここはじっくり対米関係の足場を固めながら、すなわち次期米大統領との間で緊密に連携をとりながら、対露交渉を進めるべきではなかろうか。

前原衆院議員は安倍首相に対して「(11月の米大統領選の翌月という)政権移行期に(中略)余り物事を進めるべきではないのではないか」と苦言を呈している。長谷川氏はそうした苦言を「周回遅れ」と揶揄するが、筆者は的を射ていると考える。

また対露接近政策を遂行するにしても、時機というものをもっと考慮すべきだろう。今回の場合は、安倍首相とプーチン大統領の権力基盤が盤石であり、相互に思い切った妥協が可能であることが、時宜にかなっているとされている。

しかし筆者は、中露間の潜在的な対立が顕在化するのを待って、ロシアに対する接近を図っても遅くはないのではないかと考えている。ドイツ帝国がロシアに対して再保障条約の更新拒否を通告した後に、ようやく仏露両国が相互に接近したように、である。