看護専門職通信教育の充実のために

仕事をしながら、同じ目標を持った仲間と一緒に学びを進めている実感とともに、教員をより身近に感じられるような通信制教育であるよう努める必要を感じている。

【はじめに】

看護師不足への対策として、看護師養成施設教員の創出を主目的に、本年度から通信制の星槎大学大学院教育学研究科で専任教授として看護教育研究コースを主宰して半年が経過した。

看護教育研究コース第1期生として迎えた6名を含め、総勢62名の大学院生による、星槎大学院全体の研究発表会が先日行われた。

今年4月の入学生は、自身の修士論文研究テーマの構想について発表した。それまで生徒と私の間で準備を進めてきたわけだが、いざ本番となると生徒以上に聞く側の私が緊張していたが、いい意味で裏切られ、6名がそれぞれ堂々とこれから進めていく研究について聴衆にアピールしていた。

この10月から、看護教育研究コースは新たに1名の大学院生を迎え入れ、7名となった。学修に専念できるのが本来の大学院の理想ではあるが、通信制という性質から在学生全員が社会人であり、それぞれの現職は看護師4名、看護教員3名である。望外の発見は現役看護教員からの入学希望の多さであり、3名はそれぞれ大学看護学部、短大看護学部、看護学校と最前線で看護学生の教育を行っている方たちである。看護教員の間でも教員の能力向上はメインテーマの一つであるが、実際に通信教育で学ぶというアクションを起こせる人はそれほど多くないのではないだろうか。

この3名の大学院生の高いモチベーションを感じる。また当然ながら、本コースの現役看護師4名の看護教育に対するモチベーションも非常に高い。加えて臨床現場での看護経験を活かして問題意識も高い。この在学生たちは仲間意識が非常に強く、看護職ならではのチームワークを感じている。

普段あまり耳にすることのない、社会人教育としての通信制大学院の実際を、高度専門教育の最たる例として、ここまでの経験を振り返りながらお話させていただきたい。

【通信制大学院での学修の特徴】

通信制大学院の最大のメリットは、働きながら学べることにある。

社会人で学びを志すことは、一般の学生のそれとは大きく異なる。職場や家庭とのバランスを取る必要があるからだ。

7名の大学院生によると、修士を目指すために休職はできない、実際に通学制の大学院を選んだが仕事と両立ができなかった、そのような点が通信制を選んだ主な理由だという。

また一方で、通信制のウィークポイントは生徒との対面時間の短さである。通学制大学院で行われるような対面式の授業、ゼミの回数が非常に限られることになる。この点については教員の工夫の見せ所であり後述する。

星槎大学大学院を修了するには、所定の必要単位を2年で取得する必要があり、大学院生は自分の興味と相談しながら教育に関する科目をいくつも受講して学びを進めていく。どの科目においても基本となるのは、テキストの自学自修とそれに基づいたレポート作成である。

また、スクーリングといわれる年1回の対面式の授業と科目習得試験をパスすると単位取得となる。通信制において、スクーリングは自学自修を補完して余りある重要な学びの機会で、先に述べたウィークポイントを補完するかのように、星槎大学院教員の方々はスクーリングに並々ならぬパワーを注いでいる。私もその例外ではなく、実際に大学院生指導をしながら自然とスクーリングにかけるエネルギーが高くなってきているわけである。

今年度の看護教育研究コースの必修・推奨科目計10科目の集中スクーリングが9月初旬に行われ、テレビ会議システムを用いながら各科目で熱の入った授業と活発な討論が行われ盛況であった。

【教育学修士を目指した研究の導入】

大学院修了にあたって、2年間で所定の単位を取得することと同じく大事な条件は「修士論文」である。

しかし研究テーマを決めようと言われて、果たして自身ですぐに思いつく人がどれだけいるであろうか。

星槎大学院受験にあたり、志望者には「研究計画書」の提出を課している。

ここでは、大学院生として学ぶにあたり、研究としてやってみたいことを背景、目的、方法、予想される結果などのポイントに分けて書くのだが、修士の研究テーマとしてそのまま使うというよりも、「自分で考える力」を測る一つの指標となる。看護教育研究コースで強調したいのは、入学時の看護教育に関しての研究意欲と基礎的能力であり、修了後にそれぞれの現場で指導的な役割を担うことができることである。現在の大学院生には、「教えてもらう時には次に自分が下の子に教えられるように」と私は伝えるようにしている。ただ教わることと、次に他の人へ教えることを意識して教わるのは大きく違う。その意識を大学院時代に身につけてほしいと考える。

研究テーマを考えるうえで、看護師・看護教員の圧倒的なアドバンテージは現場経験にある。自分でもしくは他の職員とともに現場を動かしているからこそ感じる問題、難しさを多く持っていることは大きな強みと言える。実際に、大学院生と研究テーマについて議論を重ねていると、多くの悩みや問題意識を抱えながら日々の業務に取り組んでいることがわかる。

それらは、看護に関する実務的な難しさよりも、職場環境や教育に向ける時間のなさが大きく影響しているように感じる。一定規模以上の医療施設では、病院内看護研究が行われることが通常であるが、研究を遂行するにも、習うより慣れよというのが現状であろう。150万人はいるとされる看護職員の中で、研究方法論について体系的に修得している者が圧倒的少数であるから必然の状況といえる。

4名の大学院生(看護師)の主な研究テーマは、院内教育である。大規模病院における院内教育の成功例はいくつもあるが、そのまま別の施設に落とし込めるわけではなく、それぞれの病院に応じた工夫が必要とされる。中途採用職員に対する教育、職場内コミュニケーションの向上、認定・専門看護師を目指す教育、臨床現場の安全性を高めるための看護教育、とそれぞれの生徒が取り組む詳細は異なるが、体系的な院内教育をこれから構築する施設では非常に重要なテーマといえる。

現在、それぞれの大学院生は現場での調査を開始するにあたり、教育プログラムの参考となる文献的検索を積極的に進めている。

こういった研究を進める上で欠かすことのできないことは、所属先の病院もしくは学校の承認である。

その点で、研究テーマは、教育学修士を目指した内容であることだけでなく、病院や看護学校に還元できる内容を意識して設定することに努めている。

【横断的学修の意味】

冒頭に触れた研究発表会だが、当大学院教育学研究科の特色が表れている。

現職の学校教員をはじめとした教育に従事もしくは関心の高い大学院生とともに議論する場なのである。

それぞれの大学院生は修士論文を完成するまでに3回の研究発表会の機会がある。聴衆を前にしたこういった口頭発表の機会は非常に重要な経験である。生徒の多くは職場内での発表経験は持ち合わせているが、医療知識を必ずしも持ち合わせていない聴衆に対して自身の考えや研究内容をわかりやすく説明できる機会はほぼなかったといってよい。

既定の発表時間にあわせて自分の研究と言いたいことをわかりやすく伝える、ともすれば看護職の中だけで専門用語だらけの会話をすることに終始する状況とは好対照な経験をすることができる。あらかじめ想定される質問を考えておくことも大事であるが、その予想をはるかに超える質問を、教育関連専門職から受けることは、生徒のいい刺激となる。

この発表会において、私の担当する大学院生たちの発表に寄せられた現職教員からの意見・質問に大きな傾向が認められた。

医療現場や看護学生への教育現場での課題や問題に立脚した研究テーマを強調するあまり、医療現場ではそれほど問題が多いのか、となかば医療不信を嘆く内容である。一般社会と医療者の医療に対する認識の差を痛感したわけであるが、強調しておきたいことは、医療技術が途上技術であるということだ(Lewis Thomas, "The Technology of Medicine," in Lives of a Cell, Viking Press, 1974)。

乗用車や航空機といった完成された技術の対義語として考えればよく、新しい知見を取り入れては既存のやり方を改善していく必要があるのが医療技術である。常に現状をよくしていくように、そしてそういった取り組みができる人材を継続的に輩出するには、医療現場での問題意識が非常に重要になってくる。幼稚園、小学校、中学校、高校といった学校現場は集団生活の最たる例であり、学習内容だけではなく、健康面でも細心の注意を必要とする。

インフルエンザその他の集団感染をはじめとして、医療に対する関心の高い学校教員からの意見からあらためて医療者として考えさせられることがある。

さらには質問だけではなく、この研究発表会において学校教員から自身の研究で用いる教育評価手法についても話題提供されるため、生徒にはさらにいい刺激となる。

【看護専門職通信教育におけるポイント】

では、看護専門職通信教育におけるポイントを考えてみたい。

大きなものとして、連絡の取りやすい方法の確立と貴重な対面時間の有効利用があげられる。

仕事が終わってから、各授業のレポートや、修士論文に向けた研究を進めていくことは本人に体力的にも精神的にもタフさを要求する。

しかし、現在の生徒を見ているといろんなことを吸収して学びを深めたいという意欲で満ちている。そのためか、充実感のある表情が印象的である。ひとたび悩みはじめるとなかなか周囲に相談できなくなってしまう、そんな状況にならないよう、定期的に生徒とSNSやメールでやり取りすることが重要なポイントとなっている。

ICT(情報通信技術)に苦手意識をもつ生徒もいるが、こういう時こそ習うより慣れよ、である。数回のやり取りを1期生の間で繰り広げるともう適応できている。

また、対面時間の有効利用について、生徒がスクーリング、研究発表会に対して事前準備をしっかりとして臨むことの重要性はもちろんであるが、教員としての工夫は先ほど触れたとおりである。

【医療施設におけるリーダー教育(教育への投資)】

1期生の中に、職場からの学費援助を得ている者が3名いる。

看護師不足のみならず看護教員不足も解消していく必要があることは以前から触れてきたが、実際は各医療圏において看護教員の取り合いになっている。

これは根本的な解決法ではなく、今後を踏まえた育成に着手する必要がある。自施設で次世代の看護職リーダーを育成することは大きな目標となるが、繁忙な業務を行いながらの現場教育では困難を極めることが多いと聞く。

本人の学びに対する職場のサポートと聞くと、スターバックスの学費補助のニュースが記憶に新しい。アメリカのスターバックスで週20時間以上働く社員(対象は約135,000人!)は、アリゾナ州立大学オンラインコースの3年生及び4年生の授業料をスターバックスが負担し、1年生と2年生には、学費一部負担及びローンを提供するもので、この学費援助を受けても、卒業以後のスターバックスでの就労義務は生じないという。この取り組みにおいても取り上げられるべきは「教育への投資」である。社員の働くモチベーションアップと、将来の優秀な人材を育てる意味で重要な取り組みと言える。

これを考えると、看護協会やその他団体主催の看護職用研修よろしく、看護職のリーダー教育の一環として星槎大学院を利用して、高度専門教育の場として活用してほしいと考える。

教育のできる最初の看護職リーダーをまず作り上げることが重要であり、そこから継続して看護職リーダーが輩出できるようになると、圧倒的に高いコストパフォーマンスを誇る教育システムになると考えられる。

また、自ら大学院進学を決め、自身で学費を出している大学院生ももちろんいる。私としては、教育学修士という資格が得られるだけではなく、自身の今後のキャリアアップにつながることを切に願うわけである。

【最後に】

ここまで、普段あまり知る機会のない通信制大学院での学びについて触れてきた。

少しでも多くの人にこういった教育の必要性を知っていただけるようであればこの上ない喜びである。また、大学院で学び始めたことによる思いがけない波及効果の報告をいくつか受けた。

ある生徒からは、履修科目での課題図書が職場内に口コミで広がったこと、またある生徒からは職場の後輩看護師が自主的に資格試験を受け始めていることを聞いている。このようなエピソードはその生徒にとっても、私たち教員としても非常に励みになる。私自身、過去に聴講生として数学を通信教育で受講したことがある。当時はビデオ教材を学習センターで自分の好きな時間に再生して講義を聞き、テキストを勉強するスタイルであった。

通信教育に対する一般のイメージと相違ないものだったといえる。

そこでも感じたことは、モチベーションの維持のむずかしさである。内科医として、研究者としてのこれまでの経験を活かしつつ、大学院生と修士論文研究と看護教育について議論を重ねてきているが、やはり時間経過の早さを実感する。わずか2年の大学院生活において、自学自修による充足感だけではあまりにさびしい。

仕事をしながら、同じ目標を持った仲間と一緒に学びを進めている実感とともに、教員をより身近に感じられるような通信制教育であるよう努める必要を感じている。2017年3月には1期生がそれぞれ教育学修士を取得してさらに羽ばたいていけるようこれからも注力していきたいと考える。

佐藤 智彦

内科医師、医学博士、総合内科専門医。1977年青森県生まれ。東京大学医学部卒業、2003年東京大学医学部附属病院内科研修医、2004年東京厚生年金病院内科研修医を経て同血液・腫瘍内科入局。造血幹細胞、白血病の基礎研究に従事し、2009年東京大学大学院医学系研究科修了。東京大学医学部附属病院輸血部医員を経て2014年1月より同院輸血部助教。2015年4月より星槎大学大学院教育学研究科教授、看護教育研究コースを主宰。

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