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中尾知代 Headshot

オバマ大統領の広島訪問をふりかえって ~選挙・軍事和解・アメリカにおける原爆の位置づけと捕虜問題との関係~

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2016年、5月27日のオバマ大統領の広島訪問・献花から一ヶ月以上たち、「歴史的訪問」への感動もそろそろ薄れ始め、参院選挙の直前で日本は忙しいことであろう。
(以下、オバマとこちらではそのまま呼ばれる事もあり、大統領としての決断や行為の支持が国民からあまり得られてない事もあるため、オバマ氏という表現を時々使うことにする)

日本では今回の訪問は成功であり、日本人の心や広島の人々の心を一定程度、癒したものだったと伝え聞く。

現在、フルブライトリサーチスカラーとして、アメリカ東部のニューヨーク州北部のコーネルに足場を置きながら、世代間の戦争記憶の継承について捕虜問題と共に調査している私がアメリカで個人として感じたこと、見聞した体験から、オバマ氏が繋げたもの、繋げそこなったものについて、ここで考えてみたい。

オバマ氏の帰国後、6月2日の段階では、ドナルド・トランプ候補が「日本も原爆を持つべきだなどとは言っていない」とヒラリー・クリントン候補相手にかしましかった(実際は言っている)。日本が核兵器を持たない決意をしてきた歴史はアメリカでわずかに知識として共有され、トランプ氏の国際戦略や知識に対する疑問が提示されたことになる。

だが、日本の過去の非核三原則の背景は知られたとは言えない。トランプ氏は、必要なら北朝鮮その他を押さえるために、日本はアメリカ軍にもっと金を払うか、あるいは日本に核兵器をもたせればいい」という意見を変えた訳ではない。実際、それを反映してか、オバマ氏の帰国後、日本政府は今年の米軍への「おもいやり予算」を増額した。

そしてオバマ氏訪問一か月後の28日には日米防衛協定に基づき、北朝鮮からのミサイルへの防衛を仮定して、海上自衛隊とアメリカ海軍と韓国軍の海上共同演習が行われ、続く30日から米海軍が主催するリムパック2016(環太平洋合同演習)が始まった。イタリア・ドイツ・デンマークが初参加な上、陸上自衛隊も海兵隊と上陸訓練を行った。日本での報道はあまり目にしないが、アメリカの中華系テレビの報道映像をみると、生々しい軍事訓練であり相当規模の演習だ。もっとも過去の敵同士の仲直り、つまり殺し殺された間がらの国々と国民が和解の儀式を経て共同訓練が始まるのは珍しい事ではない。

今年1月の天皇陛下と皇后陛下のフィリピン訪問後、海上自衛隊の船は二度フィリピンに立ち寄り、フィリピンへの軍事協力も強化され、「今度来た日本軍は敵じゃないからね」という冗談がフィリピンでは出回った、とフィリピン人ガイドの方が述べていた。一度はアメリカの基地をすべてなくしたフィリピンでは、最近の中国の領土政策を反映して、新たに米豪印フィリピンの共同演習も行われた。

日本はといえば、昨年9月14日のいわゆる強行採決のあと、2016年3月29日に施行された<安保法制>のもとで、安倍政権による海上自衛隊派遣強化は目立っている。

今年のバターン陥落の日(4月9日、現地では「勇者の日」)のフィリピン政府による式典では、多くの退役軍人やフィリピンゲリラの男女の集うなかで、日本大使とアメリカ大使、フィリピンの前大統領アキノ氏らは元の激戦地の山上の戦争記念碑に献花し、日本側のフィリピンの人々への今上陛下の「お詫びのことば」が重ねて大使から表明された。この式典はちょうど毎年行われるアメリカ軍・フィリピン軍の共同訓練(今年は4月4日から15日)の最中であり、日米軍事協定のもと日本の海上自衛隊参加の企図も指摘されている。

また海上自衛隊の面々はこれまでにフィリピンの『バターン死の行進ミュージアム』を訪問するなど互いの過去を学ぶ機会を持っている。

つまり和解や合同慰霊、あるいは過去の行為に対する「お詫び」は、軍事的連携をとるために事前に必要な『軍事和解』でもあるのだ。<過去に戦いあった・殺しあった・虐殺しあった者同士>が、改めて結束して<別の敵>と戦うにあたって、過去の諍いを悔いあらため、相互不信感をぬぐいさり、仲直りするというプロセスの一環でもある。

原爆・核兵器使用に対するこれまでのケネディ駐日大使、ケリー国務長官などのヒロシマ慰霊への参加や、そして戦後初めての現職のオバマ大統領の献花と演説もまたその一環になってしまった事、あるいはその枠組みに利用された感覚は否めない。万一それがかれらの企図でなかったとしても、結果としてそういう効果を持つことは否めない。またそれが8月15日や8月6日、9日ではなく日本の参院選の前であった事も偶然とは言えない感じがする。

そして日本側としては仮想敵国はフィリピンの海域に迫ってくる中国や北朝鮮であっても、アメリカ軍の現在の敵国がそう受け止めるかどうか、は別問題だろう。アメリカで映る映像をみる限りは、日本が米軍の一部として活動し始めたことが明確であり、それが現在のアメリカの戦争の相手にも危機感を及ぼすだろう事――日本を敵視するだろう事――は、日本側が想定するべきことだ。

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アメリカから見たオバマ大統領のヒロシマ訪問


私はオバマ大統領の日本訪問の前から、日本に対して強い感情を抱いている、第二次大戦の元捕虜や民間人抑留者の年次総会に参加させてもらっていた。また訪問時の生放送のほか、その後の反応を様々な場から観察してみた。テレビニュースを視聴し、大学のスタッフをはじめ、街のカフェ、ショップ、ダイナー、バーで人々の意見や話を聞いたり、移動上の飛行機の隣席や遅れた飛行機を待っている間に周囲の人々と話を交わした。

ちなみに、英国と異なり、私のアメリカの長期滞在はこの齢、55歳にして初めてだ。アメリカは占領軍の伊丹の第五空軍将校に家を占領されホストを務めた祖父母、リエゾン・オフィスで特別通訳を務めた母を通して近しい存在ではあり、英米文学科で学んだとはいえ、私はアメリカ学が専門とは言えない。

ただ、日米戦、特にバターン・コレヒドール戦で降伏した元アメリカ人捕虜と家族のオーラル・ヒストリー(聴き取り)は2000年から今年で16年目になる。またフィリピン戦での元日本兵や従軍看護婦の方がたの経験なども聴く機会にこれまで幾度か恵まれてきた。

フィリピンにおける戦いを少しでも肌身で感じるために、今年、乾季で一番の酷暑の時期にコレヒドール、バターン、レイテ湾を、元アメリカ人捕虜の息子さんと現地のフィリピンの人たちのガイドにより訪問した。バターン陥落の日の日米比合同慰霊祭を中心に現地を巡った。戦場や慰霊碑、元捕虜収容所や抑留所跡を訪ね、バターンの道を数キロだが実際に歩き、レイテ湾でささやかな洋上慰霊の時をもたせて頂いた。

現地を辿りながら、火野葦平の記録や大岡昇平の作品、バターンで行われた「平和の行進」というイヴェントで実際にバターンを歩いた女性ジャーナリストや鷹沢のり子氏の記録、フィリピン兵の記憶をつづった書籍、コーネル大学の蔵書にあったフィリピンゲリラに悩まされた日本兵や戦犯裁判の記録などを読んだ。おかげで日米フィリピン戦についても知識と地理、気候などについても以前より体感できるようになったと思う。

フィリピンでの感想はまたにするとして、今回は二回に分けてオバマ大統領広島訪問の意味合いについて、まずは選挙とのからみ、次に捕虜問題との関連について報告したい。

昨年10月に渡米してからいくつかの戦争関連の会議に参加し、元捕虜の家を訪ねたが、今年5月23日からのオバマ氏訪日の直前の週末には、西海岸のカリフォルニア州サクラメントに、フィリピンで敵性市民として日本軍に抑留されていたベイエリア(沿岸地域)民間人元捕虜の会(BACEPOW)の総会に招待されて出かけた。

続いてテキサスのサン・アントニオで開催された日本軍による元捕虜と子孫の会(バターン・コレヒドール防衛者の会メモリアルソサエティADBC-MS)の4日間の会合に参加した。オバマ大統領訪日の日本での熱気がやや冷めた頃訪問1か月後には米国で最も歴史のある元捕虜・抑留者の会(AXPOW)の総会で再びテキサスにステイした。

さらに、元捕虜の息子さんのオーラルヒストリーをしにアパラチア山脈沿いにある、太平洋戦争とヴェトナム戦争に多くの若者を送りだした、映画『ディア・ハンター』で知られるペンシルべニア州の街で独立記念日のパレードに参加し、いくつかの家族の集まりや、レッドネックと呼ばれるいわゆる貧しい白人層や、あるいは山間部の裕福な家族の意見にも触れる機会を得た。

つまり、断片的ではあるが、オバマ氏の訪問のもたらす影響について西部~中東部~東部における感覚を、元捕虜・民間人捕虜の感覚を中心に触れる機会を得た。

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少なかったメディア報道


これらを全体としてみると、まずもって米国でのオバマ氏の日本訪問前後の報道は非常にトーンが低かった。それゆえ、アメリカ人々の関心を引く事も概して少なかったし、日本に行くことは聞いても彼の行動や日本のリアクションについても、メディアのカバーがほとんど無かった。今のシリア情勢や現在進行中の戦争や「テロリズム」が影響しているからからもしれないが、これを機会にたとえば第二次世界大戦やヴェトナム戦争を検証し直すとか、核兵器使用について考える等の特集TV番組が組まれた様子はない。

またオピニオン誌や学術誌においても特集は目立たなかった。最近の米国における東南アジアに対する関心やプレゼンスが中国メインであり、日本についての報道が経済以外では本当にわずかな事も関係があるかもしれない。

次に、広島訪問よりも、その直前のヴェトナム訪問の方が報道の割合は多く、訪問のことは知られていた。アメリカにおけるヴェトナム戦争のトラウマを考えれば当然のことだろう。(ただこれもヴェトナムでのリアクションがほとんど報道されなかった)都市部とそれ以外でも差があるだろうが、「日本に行くってことは聞いたよ」と「いや、日本に行った事は知らなかった」が1対2、あるいは1対3くらいだろうか。

いずれにせよ、広島と長崎の原爆についての訪問の意味、あるいは核兵器使用の是非や意義を国全体のレベルで大きく問い直す、という機会にはなりえていなかった。

オバマ大統領が広島を訪問する事が決まった時、新聞報道では、「幽霊をまた起こすのでは」という予測とともに徐々に報道が増し、ラジオやテレビでは「日本に謝りに行くのではない」ことが強調されたニュースが折々に流れていた。訪日直前に元海兵隊員に沖縄の女性が襲われ殺害された事についても報道量は少なく、「容疑者」レベルの報道だった。それ以前の沖縄での殺人も米軍へのネガキャンだという意見までツイートには登場する一方、この件に対してオバマ氏が謝る様子をCNNなどが断片的に報道していた。

広島訪問の現地のライブ放送も流れたのだが、いかんせん時差のために、アメリカ西部では深夜、東部では明け方にかけてだったため、実際に視聴した人はよほど関心のある人だろう。日中の時間帯は、オバマ氏のスピーチの一部と、被爆者と話す様子が当日は繰り返され、それに続いて、オバマ氏の献花のあとを続々と訪れる日本人たちの様子などがライブで数回流れた(それでも日常での日本報道がほとんど無いアメリカにしては例外的に多いとは言える)。

そもそもニュースを流し続けるチャンネル、CNNはアメリカ合衆国の庶民が多くみる番組ではない。大統領選挙戦でトランプ・共和党推しのフォックス・テレビでの報道などのテレビも、選挙戦や共和党推しの人は視聴するかもしれない。だが普通は全く関係のないスポーツ・ゲームや料理番組、地域のニュースがメインとなる。山間部やカントリーサイドほど映画をDVDやテレビで視る人が多い印象がある。

居住者のほとんどが議員・公務員か弁護士と言われるワシントンDCなどではもっと報道量が多かったかもしれない。とにかく、日本側と米国では報道量や関心に雲泥の差があった。日本からは<日米の強い絆が再確認された>という感動の声を聞いたのだが、少なくともアメリカ合衆国ではそういう感情の盛り上がりを一般の場では目にしなかった。「日本に行った事は聞いたけれど、その後の報道は一切めにしなかったわ」という人が多い事には正直、落胆以上のものがある。

ツイッターやWEBニュースでもニュースでも、長年、被ばくしたアメリカ人捕虜の消息を長年探し続け、記念の碑まで作った森氏への大統領のハグが「ヒバクシャをいたわるオバマ」としてビジュアルイメージとしては一瞬、僅かに目を引いたが、いわゆる「全米」の皆がそれらを必ず見たわけではない。(というか、「全米などない」というのが今回の渡米しての印象である。かえって英国のBBCの方が詳しく報道していた印象がある。)

アメリカ人は、英国や日本のように新聞好きではない。ローカル新聞もあるが、広大な山間部などは配布するのも大変だろうし、今や死に絶えつつあるメディアだという人もいれば、「読んでる時間がないわよ」と文句を言う主婦もいる。

英国のような「ガゼット」や庶民向けのタブロイド判の新聞が少ない。テレビも契約によって視聴できる番組が限られるか、あるいは逆に百を超えるチャンネルがあることで、日本のように共通してみるニュース番組は少ない。ハリウッド映画やディズニーも東部では影響が少ない。パソコン・携帯・アイパッド等は多くの人が使っているので、ネットのウェブニュースの影響力は一程度あるだろう。

中年から若者にとっては、フェイスブック、ツイッター、ラインに似たチャットのようなメディアが一般的であり、多くの人々は常に携帯を通して自分の友達と会話はしているが携帯を持たない人もいる。ともあれ多くのメディアがオバマ大統領のヒロシマ訪問をあまり、というかほとんどカバーしなかったのだ。

政治家や議員の多いエリアのエリート層や経済の動向に注目する人、元捕虜、退役軍人、日本研究者・平和活動家、原爆や核兵器・被ばくに「意識の高い層」にはインパクトがあっただろうし、この文章の続編で述べるように、共同声明も出された。

だが、国中に大きな感動をもたらしたというわけではなく、知らないか、あるいは注目したが失望感を抱いた人々もいる。ヴェトナム戦争や核兵器使用に対して反対してきた層がすでに高齢化した事も一部の理由だろうし、いろいろなISISの攻撃があるために、戦争そのものについてあまり触れたくない、触れないという態度が影響しているように感じる。

まとめると、「オバマ氏が日本に行った、行くらしい事は知っている」。だが、「日本で何を言ったのか知らない。」「どういうスピーチをしたのか、日本の反応がどうだったのか、ほとんど知らないの。どうだったの?」日本軍による元捕虜の孫で、小学校の教員を勤める40代の女性が訊ねていたが、それが一般的な印象だったと言える。

あるいは「オバマ大統領のことを皆が支援しないのよ。残念なことだわ、でも日本に行ったということは聞いたのに、結果がどうだったかは意識していても本当にわからなかったわ」と元捕虜の孫のガールフレンドも語る。

大統領選挙報道はあふれているのだが、「泥試合」とも感じられる選挙戦を視聴するのに疲れてテレビを診ない人もけっこう多い。ワシントンDCの議会のディベートはC-SPANというチャンネルで常時報道され、透明性は高いのだがそれにわざわざアクセスする余裕が時間的・経済的にある人は少なさそうだ(私が拠点にするニューヨーク州北部地域だと競合する会社が無いため、機材を含めて円に換算すると月に1万5千円ほどの視聴料金がかかる)。

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オバマ訪問の日程的戦略性・改憲主義


オバマ大統領は残る在任期間中に、キューバ、ヴェトナム、日本、さらにドナルド・トランプ氏が怒らせたメキシコ首相でカナダの首相と共にカナダで交流するなど、過去の敵国との関係を改善するべく短期訪問を続けている。だがその意義が広く国民に理解され支持されているかというとそうではない。「家族を連れて海外訪問にばかり行っている」、「ホリデイにでも行っているのか」、「ゴルフでもしているのではないか」等の批判はある。

昨年10月に渡米して驚いたことの一つが、国内におけるオバマ大統領に対する失望感の強さ、彼に対する批判の大きさだった。「不満があっても、批判すると(オバマが黒人、アフリカン・アメリカンなので)レイシストと言われてしまう」ので思ったことが言えなかったが、次の大統領選挙を控えて白人系やクリスチャン系の押さえてきた不満が噴出しているともいえる。これは昨年12月末にしめきられたオバマケアでより大きくなった。

「オバマを支持するし、彼が大好きだよ。彼は過去の大統領が怖がった事にいろいろ着手したんだ」という声もわずかながら聴くのだが、正直、少ない。(私が会っているのがレフト系か元退役軍人系などである事から一種の偏りはもちろんあるし、アフリカン・アメリカン層は概してオバマ・ヒラリーが好きではある)しかし感謝の声よりも、自由競争を無くしてしまったとか中小企業の社主が苦しむなど、否定の声が共和党でなくてもミドルクラスには多かった。

だが保守的民主党の中の白人層に人気が高いという訳でもない。これは安倍首相が海外では割合に受けが良い(「慰安婦」や南京のことを否定したらしい、という点での批判を除いては)が、国内では不満が溜まっているのと非常に似ているともいえる。

なぜ<この時期・日程>にヴェトナムと日本を続けて訪問したのか。もちろん日本側との長い期間にわたる折衝と調整があったのだろう。様々な要因はあるが、結局、原爆に対するアクションは、オバマ氏の任期が終わる2016年の5月最後の月曜日のメモリアル・デイの前に行われねばならなかった。

米国における男女市民を含めた戦没者追悼の日であるメモリアル・デイは、今年は5月30日だった。メモリアルデイは退役軍人の日(ヴェテランズ・デイ)ともまた異なる国民の休日であり、元来は南北戦争で敵対した自国民同士の和解をはかる意味合いがあって設定された日である。土日を含めて、メモリアルウィークエンドと言われる。

オバマ氏は4月に英国を訪問してEU残留を奨め、武器禁輸の解除を話しあうためにヴェトナムを22日に訪れ23日にホー・チ・ミン氏の彫像の下でグエン・フー・チョン(Nguyen Phu Trong)共産党書記長と会談、国家主席らとも会談し、中国の覇権その他を意識して、「武器禁輸を廃絶し、ヴェトナムに今後は武器を輸出する」ことを発表し、5月24日にはハノイ市民の前で「戦争は悲劇」と演説した(ヴェトナム側では大歓迎であり、ヴェトナムでも日本と同様に大統領訪問は大ニュースだった)。

過去の敵国に今後は武器をアメリカから売ることが可能になったのである。戦争は悲劇と言いながら武器を売る場合、共同の仮想敵国がどこかは見当が付くというものであろう。これは2014年に安倍晋三首相が「国際平和と日本の安全に寄与するなら」日本の武器輸出を可能にした事とも路線を一にしている。

オバマ氏はさらに25日に中国が欠席したG7で日本との間の軋轢の最たるものである原爆の使用について、広島――というよりも「ヒロシマ」――を訪れて27日に献花・演説し、その足でアメリカに急ぎ戻って、30日のメモリアルデイにヴェト・コンや日本兵と戦ったアメリカ人兵士たちの眠るワシントンDCの国家慰霊の場所、硫黄島にアメリカ国旗を突き刺す巨大な銅像のあるアーリントン墓地で彼らの勇敢な犠牲を讃えた。

現在も戦死者が増えているイラク・アフガニスタン戦争の兵士らにも言及することで、仮想敵国を除いた全方向に向けて慰霊をし、一人で<第二次大戦>と<ヴェトナム戦争>の和解を行う活動を行っていた事になる。(ただし、共通の敵が想定された仲間うちの和解であることは否めない)。

しかしオバマ氏の改憲主義や民主主義プロセスの破壊に異議を唱える人たちは、オバマ氏の行動を信頼しないわけだ。また、第二次大戦やヴェトナム戦争で多くの若者を送りだした米国にとって、今も彼らはローカルヒーローであり、戦争について謝ることをよしとしない地域も多い。というか、自分たちのベストプロダクトでもある若者を多く犠牲にした戦争に対して、それについて和解をしているオバマ氏の行動を、アメリカが間違っていたというメッセージと受け取ってしまう人が多く、アメリカ人であることを誇りに思えないと言って怒る人もいる。

ともあれ多くの国民にはヴェトナム行きも日本行きも知られていないため、アメリカ人の哀しみと過去の敵国の哀しみが本当に人として出会えたかというとそうではない。

あるアメリカ人元捕虜が「中途半端だ。どうせ日本に行くなら数日かけてじっくり歩き回り、人に会い、よく見て発言すべきだよ。」と批判していたが、オバマ氏が扱った今次の和解活動は、武器輸出や新たな敵との戦いと組み合わさっており、彼が扱った戦争の規模の割にはあまりにも駆け足だった。原爆資料館や70年後の今も病院にいる被曝者にまで会いにいけばアメリカ国内の関心も変わっていたかもしれない。

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オバマ氏訪問と国内時期大統領予備選挙


しかしこれらの訪問も大統領選挙戦の合間を縫い、その選挙の得票の日程とうまく組み合わさったものだ。慰霊直後の6月2日は、アジア人と関わりの強い主要な州を含むエリア(日系米人やフィリピン系米人も多いカリフォルニア州、ニューメキシコ州など)で予備選の結果が出る火曜日(スーパー・テューズデイ)だった。

サンタフェのあるニューメキシコ州は原爆の実験が行われた土地として国定公園とされる計画があると同時に、日本軍の捕虜になった若者が最も多い州、アメリカ捕虜連合AXPOWが始まった土地だ。今も毎年、バターン死の行進と同じ距離を歩くイべントが行われている。支持が多いとはいえない北部の州もこの日程で選挙があった。ここでポジティブな勝利を収めることが必要であり、逆に予備選の登録がこれらの海外訪問日程の後になるように組まれた可能性もある。

そして6月7日、オバマ大統領は、元国務長官として外交活動をこれまでビルドアップしてきたともいえるヒラリー・クリントン大統領戦候補を支持(endorse)することを公にした(それまでも「<彼女>が次期大統領になる」などと、暗に支持は表明していた)。日本側では、安倍首相が参院選を前に、<アメリカ現職の大統領をなんとか広島に連れてきた>事を<自民党の成功>として、日米の強い連携を推進しているのではないか。英国のキャメロン首相も英国の残留が成功すると思っていたことだろう。

すべては選挙や国民投票における英・米・日本各国与党の思惑とタイミングあわせたような日程である。オバマ氏はプラハ演説で核兵器廃絶を支持してノーベル平和賞を受けた後、日本に原爆投下について謝りたいと申し入れていたというが、ようやくそれが可能になった時は、すでにポリティカルな枠組みでしか不可能な日程になってしまったのか、彼が改憲と共に内外のアンチ・ムスリムの動きを警戒したり対応しているうちに、こういう枠組みをオバマ氏自身が選んだのか、日本や他国の枠組みに利用されるかたちになったのか、今の時点では私にはどれとも言い難い。

ただこういう日程になったことは結果として事実であり、日米共同訓練を厳しい目で見ている国々や地域がある事は否定しがたい。中国は党大会で「日本の帝国主義に注意しよう」と呼びかけていたし、日本の市民もまたいわゆるテロリズムの対象になり始めたこともまた今回の歴史訪問と日米軍事演習の事後であることに関連があるのかないのか、これは今後の調査を待つしかない。 

岸田外務大臣が広島出身である事や外務省にも広島や長崎への理解があること日本側の受け入れを容易にしたことだろう。2000年のルース前前駐日大使、キャロライン・ケネディ大使の広島の原爆慰霊祭の参加、続けてケリー国務長官らの外務大臣の慰霊祭、大統領の訪問は長い時間をかけて練られたプランでもあったのは確かである。ケネディ氏やケリー氏はカトリックの流れなので、もちろん長崎は視野に入っているだろうし、個々人の平和への思いは強かったと感じる。

反発と失望のわけ


あまりに多くのことを約束し期待させて結局果たせなかったオバマ氏の国内での不人気や、好感を抱いていても失望を隠せない層を見ていると複雑な気分になる。オバマ氏個人が核兵器廃絶を目指している事は正しく、彼の姿勢や行動が日本人の心を打っても、それを日本とアメリカ全体との「仲直りー和解」と考えてよいかは疑問が湧く。

今回のオバマ大統領の訪問や彼の演説・有名になった「ヒバクシャへのハグ」が、<アメリカ合州国国民の意見や姿勢を反映したもの>とは言い難いからだ。オバマ氏に対する批判はそもそも大統領の裁量権を使いすぎだという点にもある。大統領の権限を強めすぎ、民主的決定のプロセスを破壊したという声も聞こえる(これも安倍政権への批判に似ている)。

オバマ氏とヒラリー・クリントン氏が憲法を変えて言論の自由を無くそうとしている、という改憲主義への批判もある。ケネディ大使のファンであり保守的民主党であるがオバマ批判の強い男性によれば「一部のエリートが残りを支配するシステムに変える」、という姿勢がオバマとクリントンにあるというのだ。過激的な民主党が米国の憲法を変えて「言論の自由を規制しようとしている」というのが彼の主張だ。共和党がオバマ氏の政策にはことごとく反対することもあって、オバマ氏が<現在のアメリカの憲法は古すぎてかえって足をひっぱっているとして変えよう>と言ったとされ、憲法改革を議論に載せたのは事実だ。

どちらがどちらを真似しているのか不明だが、<日本と米国のそれぞれの政権与党の政治改造は、歩調が合っているようにみえる>のは確かである。アフリカ系であるため意識されにくいが、オバマ氏の経歴はもちろん超のつくエリートである)。批判の背後には、いまだにある彼の出自への疑い(本当にアメリカ市民の資格があったかかどうか)やオバマケアがコミュニスト的だという批判、さらに本当はムスリムではないかという疑いまである。ISISへの弱腰ともみえる態度や、退役軍人へのケアを増したが軍隊の権威を弱めた事なども大きい。「アメリカ人であることをもう誇れなくなった」と苦情を言う人もいた。

まとめて言えば、広島・長崎の核兵器使用について、このたびのオバマ氏の行動が米国民の意思や知識・感情を反映していたかというと、残念ながら「謝らない」こと以外は、ほぼ共通理解がなかった、といえる。

アメリカの一般論と理解は今も「原爆は戦争を早く終わらせた必要なものだった」であり、その点は今回の訪問でも変わりはない。彼をより支持してきた左派のインテリで日本滞在歴がある人も、今回のヒロシマ訪問については「期待していたのだが、核兵器廃絶のプラハ演説から結局、中途半端で何もできなかった。

今回も結局、アメリカ側がしたこと(核兵器を落とすという道徳的な悪)を曖昧にし、認めるより多い隠した事になった」や「ヒバクシャに会ったといっても、よくよくみると、アメリカに怒っている人じゃなくて<アメリカに申し訳ないと思っている人(apologist)>だったし」と失望感を隠せない(被ばくしたアメリカ人捕虜追悼に文句をいうわけではないが議論にならない事への失望といえるだろう)。

全体に選挙の一環になった印象の否めない今次のヒロシマ訪問だが、続編では今回の訪問に強い意見を抱いた元捕虜、原爆を正しいと思う人々および原爆を間違いだったとする人々の意見・理由についてみることにしよう。