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歴史との対決とドイツのメディア 連載第3回

2015年02月04日 18時21分 JST | 更新 2015年04月05日 18時12分 JST

■過去を心に刻む文化

 ドイツ語にはErinnerungskultur(過去を心に刻む文化)という言葉がある。これは、今日のドイツを理解する上で、とても重要な言葉の一つだ。これは、ナチスの犯罪を心に刻み、ドイツ人がユダヤ人や他民族に被害を与えた過去を思い出す生活態度を意味する。心に刻む文化は、ドイツ政府はもとより、(旧東ドイツの極右などを除く)社会の主流である市民の間にしっかりと根づいている。この姿勢は、外国人差別を拒否するドイツ人の一般的な態度にもつながっている。

 連邦議会が毎年アウシュビッツ解放記念日に式典を行うのも、メディアがナチスの過去について繰り返し報道するのも、心に刻む文化の一環である。心に刻む文化の重要な機能の一つは、歴史的事実を包み隠さずに若い世代に伝えることだからである。

 ドイツが今日の欧州連合(EU)の中で指導的な立場にあり、周辺諸国から信頼されている背景には、ドイツ人が続けてきた「自己批判」と「謝罪」の努力がある。ドイツの首相や大統領は、イスラエルに行くたびに必ず慰霊施設を訪れ、謝罪の言葉を述べる。もしもドイツ人が戦後ナチスの過去と対決することを怠ってきたら、この国がEUの中で信頼されることはなかったに違いない。以前首相が行った「謝罪」に関する談話について、保守派から「撤回するべきだ」という意見が出されることは、ドイツでは考えられない。

 この国で保守派と呼ばれる主要政党はメルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)やキリスト教社会同盟(CSU)だが、これらの政党も「ナチスの過去と批判的に対決する」という基本姿勢を曲げることはない。私は「過去」の問題に関しては、ドイツの保守派は日本の保守派よりもはるかにリベラルだと考えている。この国で政治家やジャーナリストになるには、ナチスの過去と批判的に対決するという姿勢が、必要不可欠な前提条件だ。

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ホロコースト犠牲者を追悼するための慰霊モニュメントは、ベルリンの中心街、日本でいえば霞ヶ関や大手町のような場所にある。(筆者撮影)

■歴史教育とメディアの役割

 「過去を心に刻む文化」が最もはっきり現われているのは、歴史教育である。私はNHKスペシャル「過ぎ去らざる過去」の中で、ドイツとポーランドの歴史学者が双方にとって受け入れられる内容の歴史教科書を作るための「教科書会議」を紹介した。ドイツはすでに半世紀以上にわたってイスラエル、英国、ロシアなどとの間で教科書会議を行ってきた。フランスとの間では2006年に初めて独仏の歴史学者が共同で現代史に関する教科書を執筆し、二ヶ国語で出版した。

 ナチスによる被害を受けた国々は、ドイツが若い世代に戦争の事実を歪曲せずに伝えていることを確認することによって「この国はナチスとの対決姿勢を失っていない」という安心感を得るのだ。ドイツの歴史教科書では、ナチスの時代についての記述が100ページ近くに及び、ユダヤ人虐殺については写真や生存者の証言を使って克明に記されている。

 メディアが繰り返し過去について報道するのも、広い意味での社会教育、市民への啓蒙活動の一環と考えることができる。(続く)

(朝日新聞社『ジャーナリズム』掲載の記事を転載)