なぜギリシャ人は「自分たちは救われる」と信じているのか

最終的に歴史を動かすのは、しばしば経済ではなく政治上の理由である。

ギリシャ政府の財政状態は逼迫しており、4月8日にはキャッシュが底をつくとされている。政府は公務員の給料の支払いも困難になる。

EUとギリシャ政府の追加融資に関する交渉は難航している。

だがギリシャのバルファキス財務大臣は、「ドイツが何をしようが、我々は結局救われる」と言ったことがある。

なぜ彼はそう考えているのだろうか。

今年1月から2月中旬には、欧州の言論界や金融市場に「ギリシャ、ユーロ圏脱退か?」という憶測が飛び交っていた。だがギリシャは、またもや崖っぷちで救われた。2月20日にユーロ圏財務相会合の参加国は、ギリシャに対する支援プログラムを4ヶ月延長することを決めたのだ。これで、同国が2月末に債務不履行に陥ったり、ユーロ圏から直ちに離脱したりする危険は、当面遠のいた。

アテネ市民のデモ(筆者撮影)

ギリシャの救済に最も難色を示していたのは、ドイツのショイブレ財務大臣だったが、彼のボスにあたるメルケル首相は、財務相会合に先立ち、「ギリシャはこれまで多大な努力を行った」として、同国をユーロ圏から脱退させる意図がないことを明らかにした。フランスのオランド大統領も、ギリシャのユーロ圏脱退を想定していないという態度を打ち出している。

EUが求める緊縮策を拒否する国を救うのは、経済的には非合理的である。チプラス政権は、2月20日の時点では、緊縮策を実行すると確約はしていなかったからだ。それにもかかわらず、ギリシャ以外のユーロ圏加盟国が、強硬な態度を土壇場で一変させたのは、なぜだろうか。

その理由は、地政学的な事情だ。ギリシャがユーロ圏を脱退した場合、経済的な混乱が今以上に悪化する。ギリシャが窮地に陥った場合、ロシアに救援を求める可能性がある。

ロシアのプーチン大統領は、ギリシャの総選挙後、いち早くチプラスの勝利を祝福する声明を発表した。アテネに駐在しているロシア大使は、チプラスの勝利が確実になると、すぐさま彼の事務所を訪れて祝いの言葉を述べた。

チプラス政権の外務大臣ニコス・コツィアスは、ロシア・コネクションを持つ。彼はギリシャのピレウス大学の政治学部の教授だったが、プーチンを信奉する親ロシア派として知られている。コツィアスは、ロシアの国粋主義者アレクサンドル・ドゥーギンと親しく、ドゥーギンを2度大学に招いて講演させている。

ドゥーギンは、「ロシアはウクライナ東部の内戦に、堂々と介入するべきだ」という過激な発言で知られる。さらにドゥーギンは、ギリシャのネオナチ政党「黄金の夜明け」とも密接な繋がりを持つ。

チプラス自身は左派ポピュリストだが、彼の政権には極右の影もちらつく。チプラスが連立した「独立ギリシャ人」党のパノス・カンメノス党首も、「ギリシャでユダヤ人は税制上の優遇措置を受けている」と発言して批判を浴びるなど、反ユダヤ的な傾向を持つ。反EU、反ドイツ色の濃いカンメノスは新政権で国防大臣に就任した。

元々ギリシャ人とロシア人の間には、精神的な繋がりがある。多くのギリシャ人はギリシャ正教、ロシア人はロシア正教を信じており、ギリシャ北部の聖地アトス山の修道院では、多くのロシア正教徒が修行している。ギリシャ人の中には、米国よりもロシアなどスラブ系の文化圏に親しみを抱く者が少なくない。(私のギリシャ人の知人は、1998年のコソボ戦争で米国がセルビアを空爆した時、セルビアに深い同情心を表わしていた)ギリシャにとってトルコは不倶戴天の敵だが、トルコとロシアが歴史の中で犬猿の仲だったことも、ギリシャとロシアの繋がりの一因だろう。

さてチプラスは総選挙の直後、「現在のところ、ロシアの援助を要請することは考えていない」と語っていた。しかしカンメノスは2月10日に「EUがギリシャを援助しないのならば、米国かロシア、中国に助けを求める」と発言している。つまりチプラス政権は、ロシアに援助を求める可能性もあるのだ。

コツィアス外相は、2月11日にモスクワでロシアのラブロフ外相と会談。ラブロフは、「ギリシャ政府が融資を希望するならば、我々は勿論検討する」と支援に前向きの姿勢を示すとともに、両国間のエネルギーや軍事面での協力関係を深めたいと語った。

ロシアは、ギリシャ系住民が多いキプロスが2011年に金融危機に陥った時、すでに25億ユーロの融資を行ったことがある。

ロシアは、ほかの西欧諸国でも反EU政党をひそかに支援している。たとえばフランスの反EU政党である国民戦線(FN)がロシアの銀行から4000万ユーロの融資を受けていたことが明らかになっている。

現在ロシアとEUの間の関係は、ウクライナ内戦をめぐって急速に悪化しつつある。その意味で、ロシアがギリシャを援助することによってチプラス政権との関係を深め、EUそして北大西洋条約機構(NATO)の南翼に楔を打ち込もうとする可能性もある。EUがロシアに対する経済制裁をさらに強化しようとする場合、ギリシャの抵抗のために全会一致の決議を妨害されるかもしれない。

プーチンにとっては、EUおよび北大西洋条約機構(NATO)のメンバーであるギリシャとの友好関係を深めることは、戦略的にプラスとなる。つまりEUは、ギリシャのロシア接近を防ぐために、同国の救済に踏み切ったのである。

勿論EUは白紙小切手を渡すわけにはいかない。チプラス政権に対して、どの緊縮策や改革を実行するのかについて、書面で約束するように求めている。だが2009年以来の経験から考えると、チプラス政権が仮に緊縮策の実行を約束しても、それが本当に達成されるとは思えない。地中海的・南欧的なメンタリティーの中では、約束の遵守という強迫観念は、ヨーロッパ北部に比べると希薄だ。

最終的に歴史を動かすのは、しばしば経済ではなく政治上の理由である。

保険毎日新聞連載コラムに加筆の上転載。

(文と写真・ミュンヘン在住 熊谷 徹)筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de

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