欧州で社会主義グッズ大流行

ヨーロッパ人は、地域との結びつきや伝統を重視する。市民は自分のアイデンティティを守るために、社会主義時代に馴れ親しんだ自国のブランドを求めるようになった。

日本では映画「ALWAYS三丁目の夕日」などがきっかけとなって、一時昭和ブームが起こった。過ぎ去った時代を懐かしく思う心は、どの国でも共通だ。いま欧州で静かなブームとなっているのが、社会主義時代の製品である。

ベルリンのフリードリヒスハイン地区は、この町が壁によって分割されていた時、社会主義国・東ドイツに属していた。この一角にある「インターショップ2000」という店では、社会主義時代に作られた様々な製品が売られている。

店内には、東ドイツの食器、清涼飲料水、クッキー、カメラ、絵葉書、旗、洋服カール・マルクスの胸像などが所狭しと置かれていおり、まるで社会主義時代に舞い戻ったような錯覚を与える。東ドイツでは、金属が不足していたために、プラスチックの安っぽい食器が多いのだが、これが社会主義国で育った市民の郷愁をそそるのだ。

社会主義時代の東ドイツで作られた製品の数々(筆者撮影)

ベルリンには、東部を中心にこのような店が約10ヶ所あり、東ドイツ生まれの市民だけではなく、ベルリンを初めて訪れる観光客にも人気がある。ドイツ語で東を意味するオストという言葉と、郷愁を意味するノスタルギーという言葉を組み合わせて、オスタルギー(東ドイツへの郷愁)という言葉もできた。

インターネット上にも、東ドイツの商品を売るオンラインショップが多数店開きしており、市民は社会主義時代に作られた洗剤やココア、玩具などを買うことができる。東ドイツが消滅してから今年で25年になるのだが、よくこれほどの商品が残っているものだと感心する。

社会主義圏では、米国のコカコーラは入手できなかった。このため東ドイツでは、1967年から味や色が似た「クルプ・コーラ」という清涼飲料水が生産されていた。このコーラはドイツ統一以後生産が途絶えていたが、1992年に生産が再開されている。

また、東ドイツ時代の歩行者用信号機に使われていた「アンペルマン」をあしらったTシャツや文房具を扱っている店も多い。社会主義時代グッズの人気は、旧東ドイツだけではなく、チェコ、ハンガリー、セルビアなどでも高まっている。

この他のオスタルギー商法もある。ベルリンでは、社会主義経済下で作られた壁紙や家具を使って東ドイツ時代のホテルを再現した「オステル」というホテルに人気が集まっているほか、東ドイツのプラスチック製国産車「トラバント」に試乗させるレンタカー会社もある。

社会主義時代に製造された東ドイツの国産車トラバント。ベルリンで試乗してみたが、運転に一苦労。(筆者撮影)

私も運転してみたが、乗り心地は非常に悪かった。一旦エンストすると、チョークを引かないとエンジンがかからない。ただし車体が軽いので、エンコした時に押すのは楽だった。

なぜ社会主義グッズの人気が高まっているのか。1989年にベルリンの壁が崩壊すると、東欧諸国では次々に社会主義政権が消滅した。市場が開放されると、西側のスーパーマーケットが雨後の筍のように建設され、商品が大量に流入した。消費者は、社会主義時代に買えなかった西側の商品にとびつき、質の悪い自国の商品には見向きもしなくなった。

ベルリンには社会主義時代の家具や製品に触れる博物館もある。(筆者撮影)

しかし、東欧諸国に西欧諸国や米国の商品があふれると、市民は逆に社会主義時代の商品に強い懐かしさを感じるようになった。

特にヨーロッパ人は、地域との結びつきや伝統を重視する。市民は自分のアイデンティティを守るために、社会主義時代に馴れ親しんだ自国のブランドを求めるようになった。

つまり、ベルリンの壁崩壊直後の急激な変化に対する反動が、現在のオスタルギー・ブームを生んでいるのだ。ウィーン経済大学のギュンター・シュヴァイガー教授は、「人々が自分のルーツを思い出し、社会主義時代を懐かしむのは、生活にゆとりができたことの現われ」と分析する。

旧社会主義圏での「伝統回帰ブーム」は、今後も当分続きそうだ。

「チェーンストアエイジ」誌掲載のコラムに加筆の上、転載。

(文と写真・ミュンヘン在住 熊谷 徹)

筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de