ウクライナ危機と新たな東西冷戦(上)

メルケル首相とオランド大統領の調停によるミンスクでの停戦合意にもかかわらず、ウクライナ東部では依然として戦火が収まらない。
DONETSK, UKRAINE - FEBRUARY 20: Pro Russian separatists in Debaltsevo about 50 km away from Donetsk on February 20, 2015 in Debaltsevo, Ukraine. (Photo by Pavel Kassin/Kommersant Photo via Getty Images).
DONETSK, UKRAINE - FEBRUARY 20: Pro Russian separatists in Debaltsevo about 50 km away from Donetsk on February 20, 2015 in Debaltsevo, Ukraine. (Photo by Pavel Kassin/Kommersant Photo via Getty Images).
Kommersant Photo via Getty Images

メルケル首相とオランド大統領の調停によるミンスクでの停戦合意にもかかわらず、ウクライナ東部では依然として戦火が収まらない。ウクライナ政府と、ロシアに支援された分離独立勢力の内戦はエスカレートする一方だ。マレーシア航空の旅客機が内戦の巻き添えになって撃墜されるという悲劇も生じた。内戦が拡大した場合、米国のタカ派がウクライナ軍への武器供与への要求を強める可能性もある。米露の代理戦争の悪夢が、現実化する。

*戦後最悪の外交危機の1つ

ウクライナ危機は、欧州が第2次世界大戦以降に体験する、最悪の外交危機の1つである。欧州では、「新たな東西冷戦が始まった」という意見が有力である。EUとロシア間の経済関係も縮小する一方だ。

ウクライナでの親ロシア政権の転覆に反発したロシアは、2014年3月に、軍事力を背景にして、ロシア系住民の比率が高いクリミア半島を併合した。1989年のベルリンの壁崩壊以降、旧ソ連と比較的良好な関係を維持してきたEUにとっては寝耳に水の事態だった。

プーチンは、クリミア半島に軍を派遣してから1ヶ月も経たない内に、この地域をロシアに編入する作業を完了してしまった。EUや米国は「主権国家の地域の一部を強奪するような行為であり、国際法に違反している」とロシアの態度を厳しく批判しているが、プーチンは「ウクライナの政変は、外国勢力や極右が介入して不当に政権を転覆させたクーデターだった。ロシア政府は、自国領土の外に住むロシア系住民を守る義務がある」と反論している。

当初EUや米国は、プーチンの真意を読みかねていたが、クリミア併合の火種は、ロシア系住民の比率が高いウクライナ東部にも飛び火した。ロシアがウクライナ東部の分離独立勢力を支援している背景には、「ロシア系住民の権益を守る」という大義名分がある。クリミア併合以来、プーチンに対するロシアでの支持率は一時80%近くに達した。

欧州では、過去数100年間にわたり、領土併合が繰り返されてきた。ソ連は、エストニア、リトアニア、ラトビアのバルト三国を1940年に強制併合した。ポーランドは、ソ連とナチスドイツに占領されて、一時地図の上から消滅した。ナチス・ドイツはドイツ系住民が多かったチェコスロバキア西部のズデーテン地方を、1938年に併合。

EUがプーチンの政策を強く批判する背景には、「前世紀に独裁政権が行った領土拡張策を、繰り返させてはならない」という決意があるからだ。もしもこの領土併合を認めたら、ロシアは他の地域でも同様の行為に出る可能性がある。

ポーランドやバルト三国の不安が高まっているのは、そのためだ。

*複雑な民族構成

ウクライナは複雑な国家だ。住民の約78%がウクライナ人で、ロシア系住民は約17%、残りはイスラム系のタタール人などである。民族構成が複雑な地域では、血で血を洗う紛争が起こりやすい。多数の市民を巻き添えにした、ボスニア内戦は、その例である。

ウクライナ政府は2007年以来、EUと提携条約を結ぶべく交渉してきた。だが親ロシアのヤヌコビッチ大統領は、去年11月に条約調印を拒絶。このためウクライナの親EU勢力が不満を爆発させ、キエフを中心として暴動が発生した。この後ヤヌコビッチ氏はロシアへ逃亡し、プーチンがクリミア半島に軍を送って「併合」することになった。つまりEUとウクライナの提携条約が、プーチンの強硬手段の引き金になったのだ。

*極右勢力の影

EUはプーチンのクリミア併合後の3月21日、ウクライナ新政権との間で提携条約に調印した。EUが新政権を支援する態度を全世界に示すジェスチャーでもあった。

EUは強調していないが、ウクライナ暫定政権には一つの問題点があった。それは極右政党が内閣に参加していたことだ。その名はスボボダ(自由)。同党は1991年の創立から2004年までウクライナ社会国家党と名乗っていたが、反ユダヤ主義と反ロシア主義を前面に押し出していた。このため米国のユダヤ人組織は、スボボダの党首を反ユダヤ主義者のリストに載せている。この党は2003年まで、「ヴォルフスアンゲル」と呼ばれる紋章を使っていたが、この紋章はナチス武装親衛隊や西欧の一部のネオナチが使っていたため、ドイツでは禁止されている。

ウクライナ暫定政権では、副首相など3人の閣僚と検事総長がこの極右政党の党員だった。スボボダの党首は「我々は反ユダヤ主義政党ではない」と表明し、EUは、「スボボダは2004年以降、政策を穏健化させた」としている。しかし去年3月のロシアのクリミア半島占領後に、スボボダに属する国会議員が国営ウクライナ放送の局長を殴って辞任を迫っている映像が公開されている。スボボダも穏健な政党とは言い切れない。プーチンが「ウクライナに住むロシア人を保護する必要がある」と言った背景には、極右政党の台頭があるのだ。

*NATO加盟をめぐる確執

内戦の激化とともに、ウクライナ政府はNATOへの加盟を強く要望している。ウクライナ人の間では、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)に加盟して、西欧諸国との関係を深めたいという意見が強い。ウクライナがNATOに加盟していないのに、同国がかつてアフガニスタンに特殊部隊を派遣して、米国と肩を並べてゲリラと戦ったのは、実績を作って一刻も早くこの軍事同盟に入りたいからだ。

しかしプーチンは、かつてソ連に属していた地域がNATOに加盟することを断じて受け入れないだろう。ロシアのナショナリストたちにとっては、ウクライナのNATO加盟は顔に泥を塗る行為だ。NATOには、領土紛争を抱える国を加盟させないという不文律がある。そう考えると、ウクライナ危機を解決するのは、極めて困難だということが理解できる。(続く)

保険毎日新聞連載コラムに加筆の上転載

(文・ミュンヘン在住 熊谷 徹)

筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de

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