VRがもたらす報道の未来【テレビ記者の視点】

ユーザーが自由に360度好きな方向を見ることができるVR。ヘッドマウントディスプレイとヘッドホンを使えば、まるでその場所にいるかのような体験ができる。

【VRってすごいの?】

サンフランシスコの街中。おでこにサングラスを乗っけるような感覚で、『白い機器』をつけて歩く人とすれ違った。白い機器はVR(バーチャルリアリティ)のヘッドマウントディスプレイ。こんな人はアメリカでもまだ変人扱いだが、VRそのものは世界中で注目される存在だ。

ユーザーが自由に360度好きな方向を見ることができるVR。目を完全に覆うヘッドマウントディスプレイとヘッドホンを使えば、まるでその場所にいるかのような体験ができる。

まさに新体験なのだが、いくら文字で説明してみても体験したことがない人にそのすごさを理解してもらうのはかなり難しい。私も体験するまではわからなかった。

風景、スポーツ、サーカス、ゲームなど、様々なVRコンテンツを試してみて、「これはVRでしか表現できない」という作品もかなり出てきている印象だ。

私が担当するデジタルニュース専門局『ホウドウキョク』でもニュースでVRコンテンツを作りたい。そう思って、東日本大震災の被災地へ取材に出た。

【VR取材はいつもと違うんです】

取材の場所に選んだのは宮城県南三陸町にある高野会館。15.9メートルの津波に襲われながら、327人の命が助かった「奇跡の結婚式場」と呼ばれる建物だ。

骨組はしっかり残っているものの壁や設備などは津波で破壊され、天井から落ちてきたシャンデリアや流されてきた思い出の品々が5年経った今も床に散乱している。

通常のカメラ取材と違うのは、スタッフや機材の居場所。VRカメラだと360度すべてが映ってしまうため「カメラの後ろに隠れる」というのができないということ。

収録を始める直前にスタッフは全員カメラに映らない場所に移動するため、現場はリポーターと取材対象者だけになる。つまり、収録が始まれば、話す内容や時間管理などは完全にリポーターまかせ。これは現場に緊張感が生まれてとても良い。

【ユーザーにとって「自由」は苦痛】

「360度自由に見ることができる」というのは、「360度どこかを選んで見ないといけない」ということでもある。それは、時としてユーザーの苦痛となる。

私自身もサーカスの映像をVRで体験している時、頭上の空中ブランコに気が付かず、見逃してしまったことがある。あとで存在を聞いて、悔しい思いをした。

ニューヨークでスポーツのVRコンテンツを作っている会社に話を聞いたところ、「映像は前方180度」を基本方針としていた。観客席の後ろが見えても意味がないので、すべてCG合成しているのだという。

それでもニュースコンテンツの場合、360度が主流のままだろう。「後方も含めて包み隠さず見せている」という姿勢が大事だからだ。

テレビや新聞、雑誌の報道に寄せられる批判に「一部だけを切り取っている」というものがある。たとえば災害で、全体を見るとそれほどの被害ではないのに、「大きな被害」に見えるような映像や写真を使っているというのだ。

実態とかけ離れた映像を意図的に編集しているケースはほとんどないはずだが、そうした疑心暗鬼を生んでいるとすればメディアも反省しなければならない。ただ、VRによる360度映像ならそうした誤解は生まれにくい。

では、360度の映像を見せつつ、「見せたいものを見てもらう」にはどうすればいいのか。その答えの一つが「記者リポート」だ。

【記者の"ガイド"が命!】

旅行で「何を見ていいのかわからない」という経験をしたことはないだろうか。美術館へ行って「大きな絵だな」「色使いがきれいだな」とは思ってもそれでおしまい。感動は薄い。

ところが、ガイドがいて「奥に飾ってある絵がこの画家の代表作で...」「あちらの絵は若い時に描いたもので、こちらの絵と比べてみると...」など"見るべき視点"を教えてもらうと興味が格段にわいてくる。

これはVRでも同じことが言える。

「床に置かれているのは...」「ビルの高さは20メートル、津波の高さは15.9メートルで...」見るべきポイントを記者がガイドする。それによって、ユーザーの目線を自然に誘導することができるのだ。

ロサンゼルスで開かれていた動画イベントでVRコンテンツを分析する専門家がメディア関係者に檄を飛ばしていた。

「VRの多くのコンテンツはテレビや映画の文脈のままとなっている。360度である必然性が全くない。VRに最適な伝え方を発明しなければいけない」

どこでも見えるからこそ、どこを見るべきか示す。今回の取材でもそれを心掛けたつもりだ。

ヘッドマウントディスプレイを使わなくても内容は見られるので、興味を持った方はホウドウキョクの初VRをぜひご覧いただきたい。

最適な伝え方は今も模索中だが、"未来の報道"の一つの形になるかもしれない。

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