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BBCの記者・大井真理子さんは、なぜ南京大虐殺や従軍慰安婦の問題に立ち向かうのか

2013年10月16日 21時45分 JST | 更新 2013年12月16日 19時12分 JST

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大井真理子さんという英BBCのニュースレポーターがいる。英語の記事やテレビ番組で情報を発信している記者だが、いくつかの記事は日本語訳が公開されている。『私が経験した日本の歴史教育』や『J-POPと世界的人気のカワイイ文化』などがそうだ。

特に『私が経験した日本の歴史教育』は、今年3月に英語版が公開された際にかなり注目を集めました。いや注目を集めたというよりは、炎上したという方が正しい。一部の人たちにかなり激しく誤解され、「韓国寄りだ」「反日的」「植民地で悪逆の限りを尽くしてきたイギリスが何を言う」といった厳しい反応も引き起こしたのである。

こういう反応が返ってきたのは、中国の人民日報にも原因があったとみられる。『「日本の歴史教育は歪曲されている」英BBC』という記事で、大井さんの記事がかなりねじ曲がって引用されたからだ。

大井さんの元記事では、南京大虐殺や従軍慰安婦などについて日中韓でどう教えられているのかをこう書いている。以下はBBCの正式日本語訳版から若干修正して引用したものだ。

日本の学生が、教科書の一行でしか読まない史実について、中国の子供たちは、南京大虐殺のみならず、詳細に学んでいる。それはあまりにも反日的だと批判もされている。同様のことが韓国に関しても言える。このような教育の違いは、一つの史実に対して、非常に近い隣国間で全く違う認識を持つ子供たちを育てる結果となっている。(中略)元教師で学者の松岡環氏は言う。「インターネットで得る情報から、"日本は何も悪いことをしていない"と言う右翼の人たちの意見に影響される若者が増えていると思います」

ところがこの英語記事は人民日報に紹介され、上記の部分はこう訳されていた。人民日報日本語版からの引用。

また、BBCは「史実をまともに教えられてこなかった多くの日本人が、ネットで関連情報を調べ、右派の言論によって誤った歴史認識を持つ恐れは十分にある。中国人学生は、旧日本軍が行った数々の残虐な行為について知り尽くしている。韓国も、近代史教育を大変重視している。これらの全てが、ひとつの歴史的事件に対する中日韓3カ国の見解に天と地の違いが生じる原因となっている」と指摘した。

「右派の言論で誤った認識を持つ恐れがある」というのはそもそも記事の「地の文」ではない。つまり大井さんの自説ではなく、掲載された松岡環氏のコメントの一部なのだ。松岡氏は映画『南京・引き裂かれた記憶』を制作したことでしられる南京大虐殺研究者で、右翼の人たちからは「反日活動家」などと呼ばれている。BBCの記事中では、右派言論の代表である藤岡信勝氏とともに松岡氏のコメントが掲載されており、つまり左右のバランスを取る意味もあって採用されているコメントなのだ。

しかしこうした根拠なき批判を除けば、私はこの大井さんの記事は日本の歴史教育の問題点を「従軍慰安婦/南京大虐殺があった」「なかった」というような左右の二軸対立の視点からではなく、もっと別の視点からきちんと描き出している意味で非常に良記事だと感じた。

私はしばらく前に彼女と会う機会があり、海外生まれでもない生粋の日本人がBBCのレポーターになったというその経緯に興味があり、インタビューしてみた。

彼女は1981年生まれで、父親は大手日系運輸企業の社員。上記の記事にもあるように聖心女子学院高校の出身だ。高校1年のとき、父親がベトナムに転勤し、大井さんは3つの選択肢から選ぶことを迫られた。両親と一緒にベトナムに行くか、ひとり日本に残るか、それとも以前から家族ぐるみのつきあいがあったメルボルンの家庭にホームステイし、現地の学校に行くか。

お嬢様学校の聖心女子学院は厳しい校則でも有名で、当時の大井さんはそういう校則にことごとく反発していたという。それもあり、さらに好きだった米国ドラマ『ビバリーヒルズ高校白書』みたいなハイスクール生活が送れるかと勝手に想像し、英語はほとんど喋れなかったけれども、豪州行きを決めたのだった。

英語に苦労しながらも何とか授業についていけるようになったある日、彼女に転機が訪れる。テレビを観ていたら、餓えた子供についてのドキュメンタリー番組が目に入ってきたのだ。ナレーションはよく理解できず、内容はわからなかったのにもかかわらず、映像の持つメッセージの「強さ」に衝撃を受けた。

このときから彼女は天啓のように、ジャーナリストになることを考えるようになる。両親の強い希望でいったん帰国し、慶應大学環境情報学部に入学するが、わずか1年で再びメルボルンにUターン。実践的にジャーナリズムを教えてくれることで知られていたロイヤルメルボルン工科大学(RMIT)に留学したのだった。

「高校生の英語しか喋れない日本人の自分に、いったい何ができるだろうという不安はありました。そもそも母国語ではないことばで報道の仕事をしたいなんて、今思えばなんと図々しい夢を持ったんだろうと思います」

在学中から、さまざまな活動を試みた。大学キャンパス内にあるテレビスタジオから地元のコミュニティ放送にニュース番組を配信したり、地元ラジオ局でインターンをしたり。そして卒業後は米ニューヨークに渡った。メディア企業での就労ビザは取得できなかったが、とにかくニューヨークに行き、そこでいろんな人に会ってメディアの仕事にもぐり込む方法を考えようと思ったのだ。すごいチャレンジ精神である。

そうしてさまざまな報道機関を御用聞きのように回り、仕事を探していたとき、通信社ロイターのスタッフが「ロイター東京支局の人間を紹介するよ」と声をかけてくれる。さっそく帰国し、ロイターの東京支局でインターンとして働くようになる。さらにそこから経済に強い通信社ブルームバーグテレビジョンに応募し、東京の拠点で社員としての仕事を得た。これが彼女の経済ジャーナリストとしてのスタートとなったのである。

彼女は当初は、社会問題や国際問題などの一般ニュースのジャーナリストを目指していた。こういうテーマはジャーナリズムの世界では「王道」だからだ。ジャーナリストの卵はたいていが戦場や貧困や、そういうテーマを目指す。しかしニューヨークの報道機関をまわっていたとき、「ジャーナリストになるためには」として次のような実践的なアドバイスをもらったという。これが彼女が道を切りひらく役に立った。

「まず第一に、米語のアクセントに直すことが大切」

「日本人は黒髪ストレートの方が受けがよいから、髪型を変えなよ」

「経済ニュースをやりたい人が少ないから、チャンスが広がるかもよ」

黒髪ストレート......というのがいかにも米国人の東洋観を示していて興味深いが、彼女は素直にヘアサロンに直行し、縮れ毛にストレートパーマをかけたのだった。そして発音に気をつけるようになり、「経済をやりたい」とアピールして、その結果ブルームバーグに入社できて経済記者として活動するようになったのだ。

最初は「日銀とみずほ銀行ってどう違うんですか?」「日銀タンカンって何......」というようなレベルだったそうだ。ちなみにタンカンというのは短観、つまり全国企業短期経済観測調査で、日銀が季節ごとに発表している経済状態の指標である。

そして翌2006年には、BBCのシンガポール支局に移籍する。シンガポールのこの拠点は当時アジア全域をカバーしており、メディアもテレビ、ラジオ、ウェブのテキスト記事までを展開し、記者はすべてのメディアを使ってニュースを展開しなければならなかった。

当初は経済ニュースだけを担当していたが、東日本大震災でまた転機が訪れる。支局には日本語を話せる記者が4~5人しかおらず、「日本人記者の目がほしい」と大井さんに白羽の矢が立てられたのだ。そこから一般ニュースを報じる仕事が徐々に増えていく。そういうときに試みたのが、冒頭に紹介した「日本の歴史教育」記事だ。

しかしこういうナーバスなテーマに切り込むのは、かなり心理的ハードルは高いはずだ。なぜ彼女は歴史教育などというきわめて微妙で、右派左派のどちらからも非難されやすそうな問題を記事にしようと考えたのだろうか?

大井さんは思春期のころから歴史が好きだった。母校の聖心女子学院中学校で歴史を教えてくれた社会科の先生が、優秀な教師だったということもある。彼女は先の記事で、こう書いている。

17年前、先生が私たち生徒に、日本の戦争史の重要さと、それが今日の隣国との多くの時事問題の根幹につながっているとおっしゃったことを、今でも鮮明に覚えている。 同時に、それほど重要な時代なら、どうしてホモサピエンスや石器時代の歴史をはしょって、現代史をすぐに学ばないのか、不思議に思ったものだ

近現代史をちゃんと教えないというのは、以前から日本の学校教育の大きな問題であり続けている。たいていは教科書通りに時系列に沿って授業が行われるので、石器時代、日本の縄文時代や弥生時代、メソポタミアとか黄河文明、ローマ帝国などについては念入りに授業が行われるけれども、後半になると時間が足りなくなってきて、近代ヨーロッパや江戸時代ぐらいになると少し駆け足になり、明治維新以降は完全に駆け足。第二次世界大戦のあたりまで来るとたいてい時間切れとなり、「あとは教科書を読んでおいて」になってしまっている。ナーバスな問題が多いからあまり触れたくないという教員側の心情もあるのかもしれない。

大井さんの記事によれば、聖心女子学院の社会科の先生は着任の際、校長先生から「本校はアジアの姉妹校との繋がりも強く、生徒たちには近隣諸国との歴史的関係を正しく学んでほしいので、必ず近現代史まで教えて下さい」とおっしゃったという。立派な姿勢だと思うが、それでも大井さんは「(日本の近現代が)それほど重要な時代なら、どうしてホモサピエンスや石器時代の歴史をはしょって、現代史をすぐに学ばないのか、不思議に思ったものだ」と書いています。

彼女は高校1年で豪州留学したため、高校で日本史を学ぶ機会がなかった。それもあって日本の歴史の知識があまりないということが、留学先での大きなカルチャーショックへとつながっていく。

最初に英語学校に2か月通い、そこでアジア各国からきた留学生たちと仲良くなった。東アジアから東南アジアにかけての一帯は、たとえばギャル文化などサブカルチャーにはかなり共通点がある。日本でルーズソックスが流行れば、少し経つと東南アジアの女子高校生も同じようなものを履いていたりする。でもそういう表層的な文化の共通点からさらに接近し、それぞれの国や民族について深く突っ込んだ話になると、とたんに差異が露わになってくる。

従軍慰安婦の問題をあまり知らないというと、「反論されるより知らないと言われる方が腹が立つ」と語った韓国の友人。「どうしてあなたの国ではそういう教育を受けてるの?」と互いの国に教育内容を知らないことに愕然となったのだ。

オーストラリアの教育は、アボリジニへの差別の問題などをきちんと教えていて「開けている」と感じた一方で、大井さんの留学中には極右政党ワン・ネイションが反移民を掲げて人気を高めていた。中心人物の女性政治家ポーリン・ハンソンは「アジアからの移民は、独自の文化や宗教を持っているのでオーストラリアには適応できない」と演説し、人気を博している。これに大井さんは恐怖を感じ、「なぜアジア人が嫌われるのだろう? どういう歴史的背景があるのだろう」と考え込んでしまった。

東京で女子高校生だったころには、ファッションとカラオケにしか興味がなく、将来は玉の輿にのって幸せな結婚をし、専業主婦になろうと思っていた。しかしその世界から遠く離れて豪州で自分が差別をされる側にまで立ち、彼女は「日本の近現代史になにがあったのか」「日本人である私たちの立ち位置とはどこにあるのか」という歴史感覚に目覚めていったのだ。

そもそも歴史とは、白か黒かできれいに事実を判別できるものではない。何かのできごとが起きたときに、その責任を完全に特定できることはほとんどない。さまざまな要素がからみ、さまざまな人物が関係し、さまざまな事情があって、ある歴史的事件が起き、それらの事件のつみかさねで歴史は形成されていく。

従軍慰安婦や南京大虐殺も同じだ。「そんな事実はなかったから、歴史として教育する必要はない」「そういう事実があったのだから、日本は全面的に懺悔すべきだ」という二つの「極端」ではなく、そのあいだに横たわっているグレーの領域にこそ、私たちの居場所はあるはずだ。

大井さんはシンガポールで取材していて、「シンガポールは戦争が終わって独立した後、日本からの支援が必要だった。だから日本への過剰な批判はやめるべきだ」と語るシンガポール人の男性を取材した。しかしさらに突っ込んで聴いてみると、50代後半の男性の父親は日本軍に殺されていることがわかる。彼はなぜ被害者としての立場を前面に出さないのか? そこには戦争時の被害というレイヤーだけでなく、戦後の日本とシンガポールとの関係というレイヤーも重なってきていて、そういう多層構造の中で単純に「加害者」「被害者」だけでは説明すべきではない複雑な構図が生まれてくる。そういうことを彼女は、海外に出て取材活動を続けていく中で学んでいったのだ。

先にも書いたように、松岡環氏は「インターネットで得る情報から、"日本は何も悪いことをしていない"と言う右翼の人たちの意見に影響される若者が増えていると思います」と記事でコメントしている。これはこう入れ替えることもできる。

「マスメディアで得る情報から、"日本はアジアで悪いことばかりしてきた"と言う左翼の人たちの意見に影響される若者が増えていると思います」

新聞やテレビにしろ、インターネットで派手な意見を言う人にしろ、どちらにしても二元的で極端な言説を打ち立てようとする点では、非常に似通っている。いま必要なのは左右に大きく振れるそういう極端な二軸対立ではなく、居場所はグレーであり、自分を構成するのは単純な「日本人か韓国人か」というような要素ではなく、より複雑に多層化された要素群であるということを認識すべきである。

21世紀に生きる私たち日本人は、明治維新を生んだ英傑たちの末裔であり、同時に愚かな太平洋戦争を引き起こした人たちの末裔でもある。私たちの過去には、愚かさも英知も貧しさも豊かさも、さまざまな時代の要素が重なりあっているのだ。さらにもっと歴史を遡れば、私たちは朝鮮半島の人間でもあり、ポリネシアから海を渡ってきた民族でもあるかもしれない。そういう膨大な過去の積み重ねの上にいまの日本人は存在している。そういう長い縦軸の上に、さらに「善でも悪でもない」「加害者でも被害者でもない」という現在の立ち位置におけるグレーな横軸が置かれている。その縦軸と横軸の交わるところに私たちはいるということなのだ。

大井さんの記事には、こうしたグレーの立ち位置、多層的な歴史ときちんと向き合っていこうという、心構えのようなものが私には読み取れた。そしてそれは、彼女に実際に会って取材してみて確信に変わった。彼女は明確に「立ち向かう勇気」のようなものを引きうけていこうとしているのだ。

彼女はいま、東京を離れてBBCのニューヨークの拠点でビジネスレポーターとして活動している。また来年にはついにロンドン本社でレポーターとして半年間の勤務が決定しているという。今後の活躍をとても期待している。

(※有料メールマガジン「佐々木俊尚の未来地図レポート」の記事を改稿し、掲載しました)