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斜陽産業にエリートたちが戻る理由

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アパレル業界は斜陽産業と言われて久しいのは、みなさんご存知かもしれません。また、マーケットが年々縮小していることは、ファッション業界に身を置いている中で日々感じていることでもあります。しかしそれは、アパレルを従来の産業として捉えたときの話。

新たなサービスを生み出せるフィールドとしてアパレルを捉えたとき、そこには大きなビジネスチャンスが開けているように思えてなりません。工場に戻って家業を継いでいるエリートたちも、きっと同じことを感じているのではないでしょうか。


■世界的コンサルティングファームからの転職

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岐阜の老舗テキスタイルメーカー『三星毛糸』の5代目を継いだ岩田真吾さん。慶応義塾大学を卒業後、三菱商事とボストンコンサルティンググループでキャリアを積み、28歳のときに岐阜へ帰ってきました。起業という選択肢もありましたが、「会社を興せる人は他にもいるけど、『三星毛糸』を次世代に残せるのは自分にしかできない」という理由から、家業を継ぐことを決めたそうです。

『三星毛糸』が得意としているのは、尾張の土地柄を活かした染色。生地を染める際、木曽川の清らかな地下水をくぐらせることで独自の風合いを生み出し、カシミアやシルク、ウール、モヘアなどの高品質な素材を国内外のブランドに提供しています。


■130年の歴史で初となる、自社ブランドの立ち上げ

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岩田真吾さんは代表に就任した後、「130年に渡ってモノづくりに向き合ってきたメーカーとして、日常の中で長く愛される商品を提案したい」という思いのもと、ストールの自社ブランド『MITSUBOSHI1887』を立ち上げました。パリの合同展示会「トラノイ」に出展したところ、国内外のバイヤーから好評を得たそうです。

自社ブランドの立ち上げは、工場で働く人たちにとって大きなモチベーションになります。製品のタグに工場名が入ることは、有名ブランドの素材として使用されるよりも喜びは大きく、売れたときの達成感も格別。自分がブランドづくりに関わっているという当事者意識を持つことで、「もっと品質を上げたい」という向上心も生まれやすくなります。

経営的な視点から見ても、自社ブランドは自分たちで値段をつけられるため、適正な利益を得ることができます。さらには工場の閑散期に製品をつくれるので、リソースを持て余してしまうこともありません。岩田真吾さんが自社ブランドを立ち上げたことは、間違いなく『三星毛糸』のカンフル剤になっているはずです。


■委託型のビジネスモデルからの脱却

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場所は変わって、群馬県館林市。創業64年の伝統を誇る菅沼縫製所グループの3代目を継いだのは、マッキンゼーで医療コンサルタントを務めていた菅沼蔵人さんです。12年間の勤務を経て2012年に館林へ戻ると、医療・介護業界への参入を目的としたオーダーメイドユニフォーム事業を立ち上げました。

狙いは、景気の影響を受けやすい委託型のビジネスモデルからの脱却。菅沼縫製所は長年、一流ブランドの婦人服の製造を手がけてきましたが、菅沼蔵人さんの代表就任を機に、メーカーへの転身に舵を切りはじめています。


■異業種の血が、業界の活性化につながる

斜陽産業で家業を継ぐことは、ともすれば、ゼロからいちを創出する起業よりも大変です。事実、多くの工場で後継ぎの人材が戻ってこないという事態が起こっています。今回ピックアップさせていただいたお二方は、エリート中のエリート。先代からしても、「よく戻ってきたな」というのが、正直なところではないでしょうか。

お二人が起こしているアクションを見ると、ただ後を継ぐ気持ちはさらさらないように思います。先代を敬いつつも、異業種で培ってきた経験を活かし、全く違う血をアパレルに入れていく。そんなスタンスこそがモノづくりの活路を見出し、ひいては業界の活性化につながっていくと私は感じています。二人が歩んでいる軌跡は、エリートが工場の後を継ぐという新たなキャリアのロールモデル。今後も様々な異業種からの挑戦者の動向に着目していきます。