BLOG

女性活躍推進と女子大生たちの温度差を埋めるには?

2014年09月01日 20時12分 JST | 更新 2014年10月27日 14時50分 JST
RUNSTUDIO via Getty Images

2020年までに「責任ある地位の女性を30%」にという安倍政権のウーマノミクス。どこの企業にいっても「2030」が合言葉のようになっている。

しかし実際に就活が終わった女子大生たちや20代女性たちの声を聞いてみると、「出世」という二文字に、彼女たちはあまり「萌え」ていない。

今活躍推進のリーダー格とされている女性たちは40代から50代の「均等法世代」。その時代には「キャリア」は輝かしく「子育て」や「主婦」はだれにも手に入るものとされていた。

今は逆で「働くこと」は「やらなければならないこと」ぐらいの位置づけになっている。そして「働かないこと」は希少価値なのだ。

働きたくないという女性もいるが、働きたい女性にとっての一番の問題は「育成され出世する時期」と「出産、子育ての時期」が重なっているという動かし難い事実だ。

女子大生1200人に調査したところ、都内中堅女子大でも早稲田大学のような高偏差値の大学でも、「バリバリ一生働きたい」という女子たちの半数、または半数以上が「早く結婚して早く産みたい」と答えている。

かつてのキャリア女性の先輩たちはみな「産むこと」を後回しにしてきた。しかし今や「まずは仕事で一人前になってからだろう」という目線では今の女性たちには通用しない。

つまり「早く結婚し、早く産み、働いて活躍する」という願望が叶わない企業には「やる気のある女子大生たちは来ないということだ。

実際に生徒を見ていても、できる子ほど「仕事、恋愛、結婚、出産」にも意欲的で、そうでない子はどれも意欲的でないという結果になる。

優秀な彼女たちは企業に入って、好きな仕事で結果を出すほど悩む。なぜなら「今のペースで成果を出すには、子育てとの両立は無理」と思うからだ。そして諦めるのは仕事のほうになる。

「どうせ子どもを産んだら男に負ける」「いずれ辞めるかもしれないのに今頑張る意味はあるの?」

そんな声を20代のできる女性社員から聞くことが多い。それを払しょくするには、政府や企業による環境整備ももちろんだが、「女性も働くことは当たり前」という軸を女性自身の中につくることが重要だ。

「働くことは当たり前」の女性を増やすための、キャリア教育についての記事を書いてみた。

====「指導と評価」2014年7月号、日本図書文化協会より転載

「働くことは当たり前に」女性向けキャリア教育の限界と課題

ある女子大の授業で「働くことの意味」について、ワールドカフェ形式で考えて貰った。1人の生徒が「母もずっと働いているので、働くことは当たり前で意味など考えたこともなかった」とリアクションペーパーに書いてきた。

ところがそんな学生はごくごく少数派である。30人のクラスの中で「働くことは当たり前」ととらえている生徒は2人しかいなかった。他の大学や私が個人で主宰する研究会(U28 Girls' Labo)などで女子学生たちの生の声を聞くと、「働くことは当たり前」と考える生徒は「親が共働き」「離婚や病気などで働き手が母親に交代した」「奨学金をもらっている」「母親が経済的な理由で離婚できないという愚痴を聞いて育った」などの学生である。

少数派ではあるが、この「当たり前の軸」ができている学生は、何も言わなくても「どうやったら仕事を続けていけるか?」「どうやったら結婚や出産と両立できるのか?」「どうやったら一番自分の力を発揮できるのか?」「お給料がいいのはどこの業界か?」などを真剣に考える。まずはこの「働くことは当たり前」の軸を持つ女性を増やすことが、女性活躍や少子化解消、ひいては「女性の貧困防止」のためにも必要なことだと思っている。

それでは、この「働くことは当たり前」の軸がないとどうなるのか?

まず、就活が大変だとつまづく。就活戦線も後半になると「就活が大変だ。もうあきらめて婚活でいい」「2年ぐらいでどうせ辞めるのに(結婚してという意味)、今頑張る意味があるんですか?」といいだす生徒が出てくる。「婚活のほうがもっと大変だから」と叱咤激励して戦線に戻さなくてはいけない。これが偏差値の低い大学になると最初から「どうせ先輩もアルバイトだから、私もそれでいい。いずれ結婚するし」と就活への意欲すら低くなる。しかし養ってもらえる結婚ができないから、今は結婚難なのだ。

次につまづくのは就職してからだ。就職後に仕事に対して「なにか違う」「これは私の好きなことではない」「やりがいがない」と、あっさり辞めてしまうのだ。

今のキャリア教育では、生徒は「好きな仕事」「やりがいのある仕事」「得意なことが生かせる仕事」に就くようにと導かれている。しかし仕事の実態を知らない学生には、なかなか「好きな仕事」などわからない。インターンなどを早くからして、志望業界をのぞいている学生はまだいいが、学生のバイトはコーヒーチェーンと居酒屋が多く、そこにいる上司ですら社員ではない場合もある。また大学の授業でロールモデルとなる40代ぐらいの女性たちは「好きな仕事で頑張った」人ばかりだ。そういう人でないと、あの時代の会社を生き残れなかったという社会背景があるが、そんなロールモデルを見るとますます学生は「好きな仕事をしなければならない」と思いこむ。

しかし世の中、好きでやりがいのある仕事についている人など、ほんの一握りではないだろうか? どうしてもやりたいことがある人は、まっしぐらにそこに向かい、周りがなんと言おうとそこに行きつくが、だいたいの人は「ここには私の本当にやりたいことはない」と疑問を感じながら働いていたりするのだ。20代を自分探しに費やしてしまう人がいるが、20歳までにやりたいことが見つからなければ、まずは「毎日仕事をして、社会人として生活をまわす」ことに注力してはどうだろうか? 私もやりたい仕事などない20代だったが、50代の今、間に合わないほどやりたいことがいっぱいだ。やりたいことなど、仕事をしながら見つかっていく人が多いのだ。

友人が今一番悩んでいるのは「20代の子どもたちの夢をどこまで支えるか」ということだ。ある女性が「私もいろいろとさまよって、今の仕事(ウェブデザイン)に落ち着くまで時間がかかったけれど、うちは母子家庭だったので、バイトしても何をしても、生活費だけは家に入れなければいけなかった」という。やはり「働くこと」の軸があるから、さまよっても、きちんと結果を出せるのだと思った。

次のつまづきは、バリバリやりがいのある仕事をしている女性のつまづきで、28歳以降に来る。女性の場合、出産のタイムリミットを意識せざるを得ないが、子どもがほしいと思えば28歳は重大なターニングポイントだ。このあたりで、仕事一辺倒の生活から脱し、パートーナ―との関係や出産子育て時期をいつに持ってくるかなど考えて行くと、出産適齢期(20代から34歳)と言われる時期に産める。不妊や流産などのリスクも低くなる。

しかし、こういったライフデザインを立てていないキャリア女性は案外多い。好きなやりがいのある仕事につくと、他のことは考えられないほど忙しく、また楽しい。しかし漠然と「30歳以降、この仕事はできないかもしれない」という不安も感じる。結婚や子育てとは両立できないほど忙しいからだ。そこで「当たり前」の軸がないキャリア女性は、「もう仕事は十分したから、きっぱりと家庭に入って、しばらく子育てに専念しよう」と思ってしまう。しかし養ってくれる男、まして自分が築いてきたキャリアと引き換えの結婚を支える男などまず見つからない。結果的に「いつか家庭に入ろう」と思いつつ、叶わずにハードワークを続ける独身の30代女性たちが、M字カーブの底を浅くしている状況だ。日本の晩婚化、晩産化、ひいては少子化のひとつの要因でもある。

次のつまづきは第一子を授かった時だ。6割の女性が常勤の仕事から離脱する状況だが、そこには「子どもをおいて仕事をするほどの意味や価値が見いだせない」という理由がある。

職場に「すみません」と言いながら早く帰り、保育園では待たせた子どもに「ごめんね」という。どこでも謝ってばかり・・・そんな話を多くのワーキングマザーから聞く。

独身のころはあれほど好きだった仕事も、子どもの前にはがたんと比重が下がる。思う通りに時間が使えない。育休後復帰したら「マミートラック」に入れられ、「もう将来はない」と悲観する。意欲のある人ほど「前ほど仕事に時間を捧げられないこと」に悩む。あげく疲弊して辞めてしまう。

しかし「当たり前」の軸があれば、「今は思う通りに仕事もできないし、同僚に迷惑もかけているが、長い目で見ればまた取り戻すときもある」と首を下げて嵐が過ぎ去るのを待つこともできるのだ。

日本では「仕事は何よりも優先」という会社員像と「子育ては母親が誰にも迷惑をかけず一人で頑張るべきだ」という母親像がある。昭和の父親と母親を見て育ってきた世代は、自分の中にある仕事像と母像の不一致に悩むのだ。

安倍政権の主導のもと「女性活躍推進」がうたわれているが、今提示されている活躍するロールモデル女性はイチローや松井のような存在である。男だって誰もがイチローや松井になれるとは思っていないだろう。大学時代から年齢の近いワーキングマザーをたくさん見せ、また母親の時代とは違い「もう養ってはもらえない」ことをきちんと納得してもらう。女性の中に「働くことは当たり前」であり、誰もが働いて生活をたて、財産を築く権利を持っていることを教育する。それこそがキャリア教育に必要なことではないだろうか?

今65歳以上の単身女性(離別や死別で)のふたりに1人が相対的貧困におちいっている。これは専業主婦モデルが「子育て後にパートでしか稼げない」女性を量産し、かつ彼女たちの夫が自分の死んだ後の分までは保障してくれなかったことを意味する。だが、子育てにすべてを捧げた後の人生も長いのだ。

「働くと結婚が遠のく」のではなく、働くことの土台の上に結婚や出産という女性の幸せもやってくると信じている。学生たちには「細く長く当たり前に働く」ことをぜひ考えてほしい。

(2014年8月13日白河桃子オフィシャルブログより転載)