BLOG

たまには物事を深く考える旅を --アウシュビッツ強制収容所で思ったこと--

2015年06月04日 01時50分 JST | 更新 2016年05月28日 18時12分 JST

こんにちは、TRiPORTライターの新田浩之です。

今回はポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所を紹介したいと思います。ただ、ガイドのような一般的な紹介はしません。ここへ訪れると、様々な考えや感情が湧き出てくるはずです。この記事では私が考えたことを思い起こしながら、アウシュビッツ強制収容所について紹介していこうと思います。

アウシュビッツ強制収容所があるのはポーランドのオシフィエンチム。アウシュビッツはドイツ語名です。古都クラクフからバスや列車で約1時間。列車は時間がかかるのでバスがおすすめです。

「働けば自由になる」から考える

2015-05-29-1432865980-3732867-aIMG_0957640x480.jpg

Photo credit: Nitta Hiroshii「2011年ポーランド はじめてのポーランド 歴史を楽しむ旅

アウシュビッツ強制収容所は1940年、ナチスドイツがポーランド人を収容するために建てました。その後、施設は拡大し、ユダヤ人をはじめとする多くの人々が収容され、数百万人が亡くなりました。

私は2011年の1月にここへ訪れました。「働けば自由になる(ARBEIT MACHT FREI)」と書かれたスローガンが強制収容所の入口には掲げられています。このスローガンを見上げたとき、過酷な強制労働をカモフラージュするための甘い言葉だと感じました。そしてこの甘い言葉は形を変え、現在でも続けられている手法だと確信する自分がいました。

ナチスドイツは、囚人番号や人種を表すための入れ墨を腕に施すことで、多くの人々の名前を奪いました。そして、囚人として重労働を課しました。働けなくなった者は自動的にガス室に送られ、抹殺されます。「働けば自由になる」という言葉を毎日見ていた人々はどう思っていたのでしょうか。

現在の日本社会には強制収容所もなければガス室もありません。しかし、一部の企業は甘いスローガンで若者を誘い、長時間労働や重労働を課しています。そして、精神的に追い詰められた若者が「自殺」という選択をすることも珍しくありません。一部の企業は若者が自殺しても責任を取ろうとはせず、退職したいと思っても様々な妨害行為によって抜け出せないのが現状なのではないでしょうか。それでも、雇用側はカモフラージュしたスローガンで若者を働かせようとしています。ただ、それはソフトな表現にしている分、アウシュビッツ強制収容所と比べれば目立たないのかもしれません。

怒りと気付き

現在、アウシュビッツ強制収容所は博物館となり、多くの品々が展示されています。その中で一番ショックだったのは女性の髪の毛で作られた織物でした。おそらく、アウシュビッツ強制収容所に到着した際に取られたか、もしくは処刑された後に取られたのでしょう。

「何とナチスドイツは残虐のことをするのか」という怒りが湧いてきました。同時に「このような残虐行為を行うのが人間だ」ということに気が付きました。髪の毛を刈り取った看守にも家族や子供がいて、「仕事」として残虐行為を行ったはずです。人間は弱くもろい存在であるからこそ、いつでもこのような残虐行為に走る可能性があると思います。この気付きから、どう行動すべきか、と日々問いかけることが大切なのでしょう。

誰もいない中での決心

2015-05-29-1432865998-3603869-bIMG_0958640x480.jpg

Photo credit: Nitta Hiroshi「2011年ポーランド はじめてのポーランド 歴史を楽しむ旅

アウシュビッツ強制収容所を見終わったときにはすっかり時間が経ち、閉園の時刻が迫っていました。雪が降り始め、敷地内は閑散としていました。誰もいない空間には、何とも言えない冷気が漂っていたことを今でも覚えています。「ここで亡くなった人々の死を無駄にしてはいけない」と決心し、アウシュビッツ強制収容所を後にしました。

アウシュビッツ強制収容所は私たちに様々なことを考えさせてくれる機会を提供してくれます。そして、今までの価値観が揺さぶられることもあるでしょう。一度は訪れて、物事を深く見つめ直してはいかがでしょうか。

(ライター:新田浩之)

Photo by: 新田浩之「2011年ポーランド はじめてのポーランド 歴史を楽しむ旅

アウシュビッツの旅行記はこちら

*Shohei Watanabe「EU加盟前のポーランド アウシュビッツ強制収容所で想う。

*新田浩之「2011年ポーランド はじめてのポーランド 歴史を楽しむ旅

【関連記事】

南米で必須のスペイン語。習得するなら現地の語学学校へ行くのが吉

「彼はシンガポールそのもの」 リー・クアンユー氏が築き上げたモノ

来年こそは絶対行きたい!1月でも熱いオーストラリアデー!

http://blog.compathy.net

▲編集元:TRiPORT

ナチス政権時代のポーランド 画像集