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【コラム】神という存在を知り、人間の無力さを知る場所

2015年06月07日 14時27分 JST | 更新 2016年05月31日 18時12分 JST

世界中には無数の「神の場所」がある。それは、教会、寺、神社、シナゴーグ、モスク、聖地、パワースポット、様々な名前に変換されているものの、訪れる人の目的は大きく違わない。「苦しい時の神頼み」「The danger past and God forgotten.(危険が過ぎると神は忘れ去られる)」という言葉の存在からわかるように、なんらかの助けを祈り求める。

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Photo credit: 筆者ネパールにて撮影

人類が誕生して何千年、何万年とも言われ、科学や医療は進歩し続け、生活レベルは確実に向上し便利になった。しかし、どれだけ巨万の富や、高い地位を得たとしても、人は常に問題に悩み、傷を抱えて解決できず、いつかは死に至る。

天災を目の当たりにしたとき、人はなすすべもなく、ただ立ち尽くすことしかできず、なんと人間は無力なことかと思い知らされる。心の傷を負っても癒されぬまま生きていかねばならぬ人もいる。そして、誰もがなにかに頼らないと生きていけない。

「神の場所」へ行く人は、なんらかを願って祈り、「神」という存在に頼る。

私は、その場所を訪れるのが好きだ。そこは、人間が弱くはかない存在であることを再認識させてくれる場所でもあるのだ。

(ライター:赤崎えいか

Photo by: 赤崎えいか

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