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迷子になってなぜ悪い?「方向音痴の一人旅」のススメ

2014年11月14日 18時49分 JST | 更新 2015年01月12日 19時12分 JST

旅を通して港を探す、TRiPORTライターのレティです。

あなたは迷子になったことはありますか? 小さな不安を抱きながら知らない道を歩いて、一瞬どこにいるかわからなくなったことって、きっと一度ぐらいは誰でも経験したことでしょう。

方向音痴だと、迷子になるのは日常的なことです。一生に一度ではなく、一日に何度も起きます。迷宮のような東京駅ではもちろん、よく知っているはずの近所でも、目的地に着くために何回も同じ場所をぐるぐる回らなくてはなりません。ようやくたどり着いたら、道がわかったからではなく、たまたまそこに通っただけだということもあります。

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Photo Credit: prima_stella via Compfight cc

方向音痴を直す方法はないと私は思います。方向感覚は習うものではないので、生まれつきの欠点として受け入れるしかありません。しかし、欠点というものは、必ずしもマイナスな意味を持っているとは限りません。方向音痴だからといって、一人で歩くのをやめるなんてできません。

せっかく知らない道を歩かないといけないならば、自分の欠点を楽しんで、迷子になる幸せを味わった方がいいとは思いませんか? たとえ、異国の道を歩いているとしてもです。

私が一人で旅に出るのは、その幸せを感じるためなのです。

「誰かと一緒」だから生まれる気軽さ

そういえばどこかへ行く時、私は今までずっと誰かに連れて行ってもらっていました。子どもの頃の家族旅行だったり、学校の遠足だったり、何回も旅に行ったことがありますが、道のことなんかまったく覚えていません。地図を眺めた覚えさえありません。子どもなら道のことなんか考えなくていい、親や先生に着いて行ったらいいとつい思っていたでしょう。

高校生のときは常に友達と一緒にいるのが楽しくて、どこにいるかなんて別にどうでもよかったです。話に夢中になって、足を無意識のうちに動かしただけだったかもしれません。

大学生の時にカレと車で2週間イタリアのトスカーナ州を旅したときも同じでした。運転できるのに、ずっとカレに運転してもらって、目的地を適当に選んでどこへでも連れて行ってもらいました。地図も読めないので、窓の外に広がるひまわり畑をずっと眺めていました。そして去年韓国に行ったときも、完全に友達に任せっぱなし。行った場所の名前を覚えられないぐらい、道のことを気にしていなかったのです。

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Letizia Guarini「アジアにヨーロッパの雰囲気ーソウル」より

たぶんちょうどそのとき考えはじめたかもしれません、誰かと一緒だという安心感について。そして一人で迷子になる幸せについて。

友達と一緒に旅に出ると、いろんなレベルで安心感を与えてくれると思います。好みが多少違うでしょうけれど、お互いに興味が近い人なら、わりと簡単に共感ができる安心感。一人で食べることなく、常に誰かと一緒に食卓を囲む安心感。ちょっとした事故に合っても、すぐそばに慰めてくれる人がいる安心感。

そして、私のような方向音痴の人は、知らない道を歩くときも、友達と一緒になら道のことを一切考えずに済むから気楽なのです。地図を広げずに、街を見渡して、足も心も軽くなってきます。上の空で遅れても、友達が少し先で待ってくれているという安心感が常にあります。

迷子になることで得られる「幸せ」

もうじき30歳になることもあって、今年に入ってから一人で旅に出たいと思うようになりました。

正直にいいますと、30歳になって未だに一人旅に出たことがないということは、なんて情けないんだろうと思いはじめました。そして、今まで一人で旅に行ったことがない理由について考えはじめて、もっと情けない自分に気がつきました。要するに、方向音痴という欠点をばかり考えて、その欠点が与えてくれる可能性を見ようもしなかったのです。一人で迷子になることが怖すぎて、迷子になる幸せをちっとも想像できなかったのです。

友達が一緒にいる安心感と同様に、一人で迷子になる幸せもいろんなレベルで感じることができます。まず、目的を設定せずに、ただ自由に歩く幸せ。どうせ、迷子になってしまうなら、疲れるまで歩けばいいんです。

お腹が空いてきたら勘に従って、お店や屋台で適当に頼めばいいです。ラッキーなら適当で選んだ料理が意外と美味しいかもしれません。カウンターの後ろから感じのいいお兄さんが声をかけてくれて、いろいろとアドバイスしてくれるかもしれません。運が悪くて、あまり優しくないおばさんがまずい料理を持ってきたとしても、別に失ったものなんてありません。どこかへ歩いて、次にお腹が空いたときにまたチャレンジすればいいです。

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Yasuko Kimura「タイ チェンマイ ロイクラトン&イーペン・サンサーイ2013!

そして、知らない人に助けてもらう幸せを味わう時に「方向音痴でよかった」と思うことさえあります。言語が通じなくても、絵だったり、ジェスチャーだったり一生懸命説明しようとする人に会う度に不安が一瞬で消えてしまいます。

気がついたら自分の周りに説明しようとしている人はもはや一人ではなく、7人になっています。みんな難しい顔をして手を右左に振っています。たまに、言葉だけで足りないと気がついた人が目的地まで連れてくれることもあります。

そして、相性がよかったら一瞬で友達になってしまうことも珍しくありません。

怖がって行かない人こそ格好わるい

時間を無駄にしたくない人もいると思いますが、せっかく旅しているならゆっくりすればいいじゃないですか。

常に地図を眺めながら観光する人がいると思いますが、たまにガイドブックをかばんにしまって、適当に歩いてみればいいじゃないですか?

すべてを予定通りにやりたい人がいると思いますが、予想外のチャレンジしてみればいいじゃないですか?

私も長いあいだ方向音痴だから一人で旅できないと思い込んでいました。きっと知らない道を歩いているうちに治安の悪い場所に行ってしまうとか、時間を無駄にしてしまうとか、帰れなくてなってしまうとか、とにかくマイナスなイメージしか思い浮かべなかったのです。しかし、実際に行ってみたら、迷子になる幸せに気付きました。

ルートを外さない人にこそぶらぶら歩く価値を教えてあげたいと思っているくらい、今の私は迷子になる幸せを感じます。道に迷ってしまうのは恥ずかしいものだと思う人もいるかもしれませんが、自分の欠点や短所を言い訳にして、新しいチャレンジに挑まない人のほうが格好わるいと思いませんか?



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ライター:Leti

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