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安全な国は存在する?祖母の口癖を思い出しながら旅を続ける私

2015年05月08日 21時43分 JST | 更新 2016年05月07日 18時12分 JST

TRiPORTライターのレティです。

「Dove non vai, salvo stai」

(どこにも行かなければ、ひどい目に遭わなくて済む)

イタリアの古いことわざで、私の祖母の口癖でした。子どもの頃からずっと祖母に聞かされたこの言葉の本当の意味を、実は未だに理解していません。祖母の「どこにも」とは、何を指していたのでしょうか? 彼女が育ってきた「1000人しか住んでいない村の外」だったのか、それとも私たちが住んでいた「バシリカータ州の外」だったのか? あるいは「家族から遠い場所」のことを指していたのかもしれません。もはやその言葉の意味を確かめることはできませんが、祖母を思い出すと、彼女のあまりおいしくない料理とその言葉が最初に頭に浮かびます。

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Photo credit: Letizia Guarini「Potenza-Matera (Basilicata)への旅

日本は「ひどい目に遭わない国」?


飛行機の事故や「テロ事件」が相次いでいる昨今では、より「安全性」に重きを置くようになっていると思います。例えば、パリ銃撃事件が起こったときに、予定を変更した人もいるはず。あるいは、LCCの飛行機事故のニュースを見て「しばらく格安航空会社は使わないほうがいい」と思った人も少なくないと思います。そしてさらに「日本にいたほうが安全」「日本ほど安全な国はない」という声も、しばしば耳にするようになりました。


私も長いあいだ日本に住んでいて、日本の治安がいいということを実感しています。電車の中で寝ていても財布は盗まれないし、夜中に女一人で道を歩いているときでも、あまり危ないとは感じません。しかし、だからといって日本が安全だと言い切れるのでしょうか? 日本の「中」にいる限り危険な目に遭わないとは限らないし、日本の「外」が危ないという考え方も、違うと思います。



そう考えるたびに、私の祖母の言葉を思い出します。祖母にとってはきっと日本も「ひどい目に遭う」国だったでしょう。

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Photo credit: Letizia Guarini「竹田城から京都の桜満開へと

「日本ほど安全な国はない」


よく言われているこの言葉を聞くたびに「安全」の意味について考えます。安全とは「危険がなく安心なこと。傷病などの生命にかかわる心配、物の盗難・破損などの心配のないこと」。確かに、日常生活のなかでは日本は危険がなく、安心できる国だと感じます。しかし、日本にも「傷病などの生命にかかわる心配、物の盗難・破損などの心配」があることは事実です。

たとえば、私は毎日東京の地下鉄を利用していますが、1995年3月20日の朝、たまたま電車に乗ったとしたら、地下鉄サリン事件に巻き込まれていたかもしれません。2008年6月8日に、たまたま秋葉原を歩いていたとしたら、無差別殺傷事件の被害者になっていたかもしれません。

関東に大地震が発生したら、私も被災するかもしれません。もしかしたら今、私の体が原発事故による放射線の影響を受けているかもしれません。

もちろん、日本に住んでいるからといって、上記のような目に遭うとは限りません。そして、同じように「海外」へ行くことが危険だとも言い切れないでしょう。日本にも世界中の国々にも、場合によって避けるべき場所はありますが、危険が「ゼロ」という国はどこにもありません。安全な国と言われる日本にも、そして1000人しか住んでいない祖母の小さな村にも、必ず危険性は潜んでいるはずです。

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Photo credit: Letizia Guarini「心が落ち着くチェンマイ

責任をもって世界を歩くという選択


私の祖母はイタリアからのみならず、彼女が住んでいた南部にある1000人程度の小さな村からも、ほとんど出たことがありません。2人の孫の顔を見るために、8時間電車に乗ってバシリカータ州から北イタリアにあるミラノまで行ったのも、たったの2回きりです。それ以外は「どこにも行かなければ、ひどい目に遭わなくて済む」という考え方を貫き、どこにも行きませんでした。とはいえ、ひどい目に遭っていないのかと言われると、そんなことはありません。祖母は大きな地震を経験し、車事故にも遭いました。



もしかしたら人間は2つに分けられるのかもしれません。「ひどい目に遭わないためにどこにも行かない人」と「ひどい目に遭ってもどこかへ行きたい人」。祖母は前者でしたが、私はひどい目に遭う可能性がゼロという国は存在しないと思います。そう思い、どこへ行っても危険だろうと覚悟しながら、母国の外にある世界を見ることにしました。責任をもって、できるだけ客観的な情報を集めて、しっかりと心構えをして、世界を歩いてみることにしました。



あなたは私の祖母に同意しますか?



(ライター:Letizia Guarini)

Photo by: Letizia Guarini「Potenza-Matera (Basilicata)への旅


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*Letizia Guarini「Potenza-Matera (Basilicata)への旅

*Letizia Guarini「竹田城から京都の桜満開へと

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▲編集元:TRiPORT