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異国の地で始まったプロサッカー選手としての道。カンボジアでプレーする日本人選手の物語

2014年10月07日 17時12分 JST | 更新 2014年12月06日 19時12分 JST

欧州、南米はもちろん世界各国で親しまれているサッカー。日本人選手も様々な国でプレーすることが増えてきています。今回は、現在カンボジアにてプレーする、一人のサッカー選手をご紹介します。

大学卒業後、プロサッカー選手の道ではなく大学院生として中国・上海への留学を選ぶも、サッカーへの想いが断ち切れずプロサッカー選手としての道をスタート。ポーランドなど東欧を経て、現在はカンボジアのプロサッカーリーグでプレーする伴和曉(ばんかずあき)選手にお話を伺いました。

W杯に小さい頃戦った選手が。くすぶる思いを抱きながら上海の大学院へ

― まず最初に、海外に渡ったきっかけは何ですか。

大学を卒業して、上海の大学院に留学することになりました。当時(2010年)、中国の経済が活気づいているという話はよく聞いていたけれども、実際に自分の目で見てみないとわからないと思い行くことにしました。上海は力強さ、スケールの大きさを感じられるような街でしたね。川沿いの大きなビルが立ち並ぶ景色が本当に好きでした。

そして留学開始から半年経った頃には、大学までプレーしていたサッカーの経験を何か還元出来ないかと、友人と現地でサッカースクールを展開していました。

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写真:中国でのサッカースクールにて/伴和曉さん提供

― そこから、プロサッカー選手を目指そうと思ったきっかけは?

ちょうど上海に渡る直前、ワールドカップ(2010年南アフリカ大会)を日本で見ていたんですね。その時の代表メンバーに、小さい頃に一緒の選抜チームであったり、あるいは対戦相手であったり、一緒のピッチに立った選手も何人かいて。それを見ながら日本国民として嬉しい気持ちと、サッカー人として悔しい気持ちがあり......複雑でしたね。テレビの向こうで輝いている彼らと、テレビで見ている僕の違いは何なのかな、どこでこの差が生まれたんだろうと考えると、ただ単に彼らはサッカーを続けて頑張っていて、僕はサッカーをやめた人間だということなんです。

そんな想いを持ちつつ上海に渡ったのですが、やはり徐々にサッカーへの想いが断ち切れなくなっていきました。

― プロ選手としての道は、どのようにスタートしたのですか。

最初は中国でプロになりたかったのですが、そう簡単ではないので、まずは上海にあるプロチームの練習生として練習に参加したり、アマチュアの草サッカーチームで体を動かしたりしていました。一方で自分のプロモーションビデオと経歴を全世界のプロクラブに送っていました。

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写真:中国でのプレーの様子/伴和曉さん提供

― そこから東欧に渡ったんですね。

エストニアやラトビアのチームでも練習参加などを行いましたが、最終的にはポーランドで一週間くらいのトライアル期間を経て、そのチームからOKが出たため契約が出来ました。当時4部リーグのチームでした。ポーランドって4部でも、すぐに1部のチームのスカウトが来たりするんですよ。ですから環境に慣れる為にまずは4部から始めて、最終的には1年半レギュラーとして戦いました。

遊ぶときは遊ぶ、やるときはやる環境だったポーランド

― 東欧で戦う中ではどういった点が大変でしたか?

「明日すぐにここに飛んでくれ」「今日からはここだ」と、かばんひとつで移動する可能性のある生活ですし、すぐに顔も名前も一致しないチームメイトとも一緒にプレーしなければいけません。そんな中で、どれだけ自分をアピール出来るかは日々勝負だなと思っていました。

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写真:ポーランドでは1年半レギュラーとしてプレー/伴和曉さん提供

― 生活の面ではいかがでしたか。

大変なのは食生活です。日本とあまりにも違うので日本食を恋しく思うことはあります。ただ、キツいのは食事くらいで、あとは楽しい思い出ばかりです。プロサッカー選手として、サッカーに集中出来る環境にいることはとても充実している時間だなと。

― コミュニケーション面も上達しましたか。

ポーランドは英語があまり通じないので、チームメイトとの話とかはチームに一人二人英語を話せる選手を通して手伝ってもらっていました。あと、ホームゲームの後には毎回BBQをやるんですよ。試合に勝った日の夜にも遊びに行ったり。「遊ぶときは遊ぶ、やるときはやる」という過ごし方でした。

日本は生活面でもプロフェッショナルを目指している意識が強いと思うのですが、ポーランドではお酒も飲んで、騒いで、でもやるときはやるぞと。食べたいものは食べるし飲みたいものは飲むという人が多いですね。ポーランドに限らず、話を聞いていると他のヨーロッパの国でも全体的にそうなんじゃないかなという印象です。

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写真:ポーランドでのチームメイトと/伴和曉さん提供

― ヨーロッパの他のリーグを観に行ったりもしましたか。

シーズン中は試合日が同じでなかなか観に行けないですが、時差がなくテレビでチェック出来るので、日本にいる時よりヨーロッパサッカーの盛り上がりを感じました。ポーランド国内のリーグはスタジアムに観に行っていましたね。ちょうど同じ日本人の赤星(貴文)選手が同じ街に住んでいたのでよくお世話になりました。

― そこからカンボジアに渡ったきっかけは。

4部で1年半プレーして、このままヨーロッパに残りたいなと思いましたが、(国や地域を問わず)1部リーグでプレーしたいという思いもあって。クラブとの契約を打ち切って、お世話になったエージェントの方との契約も終了して、単身で再び中国に渡りました。中国に滞在しながら1部リーグのチームを探そうと。ちょうど2013年の8月頃でタイミング的にちょうど移籍出来る期間が終わってしまう時期でした。けれど、まだ所属するチームが決まらず、このままだと半年間プレー出来ないという状況でした。そんな時に色んなご縁でカンボジアのチームからお話を頂きました。契約を前提としたテストを受けに行き、トライアウトに合格してプレーすることになりました。今年秋からの新シーズンも、カンボジアでプレーする予定です。

カンボジアでは「外国人」として期待されているからこそ、結果を出さなければいけない

― カンボジアリーグのレベルはいかがでしょうか。

日本で活躍している選手が、カンボジアという環境で活躍できるかというと必ずしもそうとは限らなくて、その逆もまたわからない。個人のテクニックは思っていたより高くて、何が少し劣っているかというと戦術理解度です。日本に比べると小さい時にサッカーに関する指導をちゃんと受けていないので、そういう意味ではまだまだかなと思います。だからって海外で活躍するのはどこの国だって簡単ではないですね。

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写真:カンボジアにて トレーニング中/伴和曉さん提供

― そんな中でのご自身の役割は。

外国人としてプレーしているので、やはりチームを勝たせなければいけない。結果を出さなければいけない。勝つことが自分の評価にも繋がるので、どうやったら自分がチームに貢献出来るかという点はひたすら考えていますね。そういった期待とプレッシャーの中でプレー出来ることは素晴らしい経験だなと思います。

― 現地では、どんな生活をしていますか。

練習以外は出来るだけ外に出ず、家と練習の往復です。カンボジアは常に暑い国なので、練習前に出歩くと練習に100%で臨むことが難しいんです。練習後は、ケアに充てたいので、結果あまり出歩かないですね。家でリラックスするのがお気に入りの時間です。

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写真:カンボジアでのオフショット/伴和曉さん提供

プロとして目指す理想と一筋縄にはいかない現実に向き合いながら進む

― 複雑な心境になったという2010年のワールドカップからちょうど4年経った今、当時の心境と比べると、今はいかがですか。

上海の大学院にそのまま残っていたら語学1年、専攻3年でちょうど4年で卒業です。僕と同じ時期に入ったメンバーもこの6月で卒業になりました。どちらが良かったかはまだ分からないけれど、今の時点ではハッピーに過ごせているので、自分の選んだ道は正解なのかなとは思います。

プロサッカー選手としてやっている中で、目指すべきは代表であり、ワールドカップ。プロである以上そこを目指す権利があり、そこに向けて頑張るべきと思いながらも、やればやるほど簡単ではないというのが分かってくるんですよ。だけど、不可能じゃないってことも(分かってきます)。自分の年齢と理想を照らし合わせたとき、どこでどういう選択をすべきかを考えながら、そしてどこでどんなチャンスが来てもいいように力をつける。こういったことを考えられる環境という意味では、4年前よりは前に進んでいると思います。

― 今後はどのようなサッカー人生を考えていますか。

サッカー選手であるからこそ生活できる国ってあると思うんです。サッカー選手だから、ビザがおりたり。また中国にも住んでみたいですし、アメリカにも行ったことないし住んでみたいし、色々考えますね。中国語も、英語ももっと学びたい。

34歳になる2022年のワールドカップ(カタール大会)までは現役にこだわりたいと思っています。あとは2020年にも、東京でオリンピックがあるじゃないですか。オリンピックはオーバーエイジじゃないとダメ(男子サッカーのオリンピック代表チームは23歳以下の選手で構成され、それ以上の年齢の選手は最大3人まで登録が認められる)ですけれど、その頃大活躍していれば可能性はゼロじゃない。これで本当にオリンピックやワールドカップに出たら、すごい人生を歩んだなと思えるはずです。

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写真:伴和曉さん提供

― これまでもこれからも、チャレンジすることを駆り立たせるものが何かあるのですか?

人と比べることは特に興味がなくて、自分がハッピーだったらそれでいいと思っています。自分にとって何がハッピーかというと、やはりサッカーが上手くいっているとき。極端に言うと試合に負けると、もう何もしたくないし一方で勝ったら「今日は遊びに行ってもいい」って思ったり。

出来ない理由を探すのではなく、出来るにはどうするかを考える生き方をしたいなとも思っています。そう思っていると、周りの方がサポートして下さったりもするんです。今は自分の力次第で上にも下にも行ける世界で生きているし、半年後も一年後も、わからない。そういう今の生き方は自分には合っているとも思っています。

(聞き手:市來孝人)

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ライター:Takato Ichiki

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