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[前編]「恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た」小林希さん - 全てをリセットして旅に出た理由

2014年11月06日 22時00分 JST | 更新 2015年01月05日 19時12分 JST

旅好きの私が本屋をぶらついていて、たまたま目に留まった一冊。

恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た」(幻冬舎文庫)。

29歳で会社を辞め1年間世界放浪の旅に出た、小林希さんの著書です。まずその1年間の旅のうち、アジアを旅した3ヶ月の模様が描かれています。「旅は人生そのもの」という小林さんの30歳を前に決意した、ひとりの女性の挑戦記です。

冒頭からいきなり「孤独観」について触れ、そして幼少期から学生期、そして会社員生活を経て旅に出るまでの過程が記されている序章に引き込まれました。この数ページだけで私は「この方の旅に対する考え方、人生観とはどんなものか?」と興味がわき、ご本人にお話を伺いました。

前編では、「旅」との出会いから、なぜ会社を辞めて一年間の旅に出るに至ったか、そしてその長旅を経て得た人生観について伺います。

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アンコールトム(カンボジア)にて/写真提供:小林希さん

中学生の頃、フィリピンに降り立ち湧き出た好奇心

― 最初に海外に出たのはいつ頃ですか。

初めての海外は小学校4年生の時に行った、家族でのオーストラリア・ケアンズです。ただ最初に強烈な印象として残っているのはフィリピンですね。中学生の頃に父親が赴任になり、その年のクリスマスシーズンに母親と兄と3人で行きました。

― フィリピンに降り立った時の印象は本にも書かれていましたが、印象的でしたか。

18〜19年前のことですが、今の街の姿からは想像もつかないくらい発展途上で、衝撃でしたね。ただ「怖い」というよりも「世界ってこんなに違うんだ」という印象の方が強くて、好奇心が湧き出てきました。「どうやって暮らすのかな?」とか、バスがはち切れんばかりの人を乗せて走っているので「乗ってみたいな」とか、思いましたね。父親は10年ほどフィリピンにいたので、何度か遊びに行っていました。

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父親が赴任先のフィリピンで立ち上げた工場にて/写真提供:小林希さん

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約15年前に、ボラカイ島(フィリピン)の真っ白な砂浜にて/写真提供:小林希さん

大学の時には中国のシルクロードや、インド、モロッコにそれぞれ1ヶ月くらい旅をしたり、女の子同士でタイやバリに行ったり。基本的に、私はお金をモノより断然旅に使う人なので、この頃はアルバイトしてお金が貯まると旅に出る、という感じでした。

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本の序章にも登場する中国の「鳴沙山」にて。複雑に感情が入り交じり声を上げて泣いた場所/写真提供:小林希さん

世界旅行は、「そのとき」がきたら「する」と決めていた

― そんな大学生活を経て、一旦は会社員として就職して、29歳の時に旅に出たという。

つまらなかったモノクロームのような小学生時代から、人生が彩りを持ち始めたのって旅をしてからなんですよね。そこから旅というものは常に自分の成長とともにあったので、旅に出ない人生というのは考えたことがなかったし、世界旅行もいつか「したい」というより「する」と決めていたのでタイミングはすごく考えていました。ただ、考えるといっても人生計画はしない方なので、流れのままに「そのとき」が来るだろう、その時に絶対旅に出ようと思っていました。それが29歳の時でした。

― 29歳の「そのとき」はどんなタイミングだったのですか。

仕事はある程度色んなことをやらせてもらって「十分やったな」という心境になっていたんでしょうね。プライベートでも長く一緒にいたパートナーとも別々の道をゆくことを考えていたときに、同期女子3人とチュニジアへ行ったんです。久しぶりのバックパックを背負いワクワクした気持ちと、心から「ああ、旅がしたい、しなきゃ!」と思ったんです。そうしたら、もう抑え切れなくなってしまって。それを機に、すべてを一度リセットしようと思いました。それも、30歳になる前に。ためらいもなかったし、後ろ髪をひかれる思いは一切なく、旅立ちました。

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ブジ(インド)で、インド人を堂々撮る/写真提供:小林希さん

― そうして旅に出たあとの内容は、じっくり本を読んで頂くとして......旅に出る前と出た後では何か変わりましたか。

変わりましたね。もちろん生活も変わるし、「自分は自分の生き方を全うすれば良いんだな」という思いがとても強くなりました。例えば、同い年の女の子はちょうど結婚する時期かすでに結婚している、そして子どもも第1子、2子が生まれるような時期ですが「私もそうしなきゃ」という思いはありませんし、自分は自分でいいという気持ちです。自分をどれだけ信じられるかという、「孤独」って単なる寂しさではないんですよ。

旅をして得た「孤独"観"」

― 本の中でもその「孤独」に向き合う記述が多くて、とても印象に残りました。

旅中で特に「孤独」について考えようと思っていたわけではないですけど、旅を振り返った時に、旅の間で自分が思ったこと、考えていたことはやはり「孤独"観"」のことでした。全部リセットした状態で、たった1人で世界を回るのは1人大海原に放り投げられたようなものです。ただ、自分で決めたことだから、自分でいかだを漕いでいかないといけない、そんな感じですかね。

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マチュピチュ(ペルー)に向かう列車で、原稿直し中/写真提供:小林希さん

本にも書いたように、親からは「1人で生きてく強さ(を身につけなさい)」ということを言われていました。ただ、中学校の頃の私にはあまりピンとこなくて。でも、旅の最中は1人旅のはずが気づけば色んな仲間に出会ったり、助けてもらったりする中で、だんだん分かってきました。

最初は、物理的に1人でいる時に「寂しくない」と思うことかなと思っていたのですが決してそうではなくて、1人でいる時に「誰かといたいよ」「一緒にいてほしいよ」と思えることの大切さだと分かりました。そう思えるのは自分の中にある孤独観を分かっているからこそで、そうやって「人を求めていこうかな」と思えるものなのかなと。

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リオデジャネイロ(ブラジル)にて「夜猫と旅女」/写真提供:小林希さん

― 小さい頃母が心配性で本音や真実を伝えられなかった、周りの人に弱みを見せられなかった、という記述もあって実は私もとても共感したんですよ。

中学から高校の頃、父は赴任、兄も中国の大学に入学して、ずっと母親と2人暮らしでしたが、しょっちゅう反抗していました。ああしなさい、これがいい、と言われるのが本当に嫌で。まあ、本来そう言われないと何もできない子だったのかもしれませんが。自立しなきゃとずっと思っていました。ヤンキーにでもなっていたら、反抗期もカラッと終わったのかもしれませんが、なかなかそんな風にもなれず......ならなくてよかったですけどね。そうやってだんだん言いたいことを話さなくなってしまって、旅に出るのも全部事後報告でしたが、今はだんだん距離感もとれてきて「決めたことは自分で責任持ってやりなさい」という感じですね。1年間の旅に出てから、いろんなシチュエーションで何度も親への感謝の気持ちを抱きました。

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バンコク(タイ)にて/写真提供:小林希さん

今は、私と親も血は繋がっているけれど、それぞれの人生だと感じます。人生って結局1人の生きる道があって、もちろんそこで仲間を見つけるし家族を見つけるけれど、最初から最後までの人生は私の1人の道だと切り離して考えることができますね。

小林希(こばやし・のぞみ)
1982年生まれ、東京都出身。立教大学卒業後、サイバーエージェントに入社。アメーバブックス新社に出向し、多くの書籍を編集した後、2011年12月27日に退職。その日の夜に、一眼レフカメラとバックパックを背負い世界一人旅に出る。
「人生は旅とともにある」「旅は人生そのもの」が自分の大切な生き方。旅はスタンプラリー的ではなく、ゆっくり、じっくり、猫と戯れながらがモットー。著書『恋する旅女、世界をゆくー29歳で会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎)]

Web連載「恋する旅女、世界をゆく〜世界中に友達1000人できるかな」(幻冬舎PLUS)

Web連載「にゃんトラベル」(にゃんくらす)

写真ブログ「地球に恋する

個人ブログ「のんトラベル――恋する旅女、世界をゆく

聞き手・構成:市來孝人

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ライター:Takato Ichiki

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