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連載:アフガニスタンで平和について考えた ~ 根本かおる所長のブログ寄稿シリーズ(全5回) (4)女性の井戸端会議力はいずこも同じ

2017年06月15日 16時30分 JST | 更新 2017年06月15日 16時45分 JST

今回のブログでも、アフガニスタンのさまざまな女性たちを紹介したいと思います。

首都カブールでジャムやクッキー、バスケット、ニット製品、アクセサリーをつくって販売する女性たち。

バーミヤンで出会った、ユニセフが支援する医療活動を支える女性たち、国連WFPが地元のNGOと連携して行うキリムづくりの職業訓練に参加する女性たち、東西の大仏と石窟群に対面する素晴らしいロケーションでホテルの経営を手伝い、アフガン女性たちが作る手工芸品を販売する会社を立ち上げた一人の日本人女性。

バーミヤンでは、開発の遅れを象徴するような、洞穴に暮らす家族にも出会いました。

9歳の女の子の怒りと諦めが入り混じった眼差し、子どもとは思えない達観した表情が心に深く突き刺さりました。

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海外のフィールドに出張すると、その国の女性たちが作ったアクセサリーや小物などの手工芸品を買うのが楽しみです。

今回のアフガニスタン出張でも、多くの女性たちが語らいながら仲間でものを作る現場を訪問し、作り手の顔の見える小物を買い、わずかではありますが、彼女たちの収入創出に貢献させていただくことができました。

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国連ハビタットの支援を受けて活動を立ち上げ、今は自立して手工芸品づくりを行っている女性たち。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

カブールでは、国連人間居住計画(国連ハビタット)の案内で、女性たちが集まって手工芸品やジャム、クッキーなどを作って販売するコミュニティーに根差したグループの活動を見せていただきました。

元々は国連ハビタットのコミュニティー支援のサポートを受けていましたが、今では自立して援助を受けることは卒業し、自分たちのネットワークで販路を広げているというエネルギー溢れるグループです。

ジャムとクッキー、バスケット、ニット製品、アクセサリーの4つの部門で成り立ち、それぞれに責任者がいます。

手狭になったのでもうすぐ近くのより広いところに移る予定で、新たにジムも開くとのことです。テーブルいっぱいに所狭しと並べられたおいしそうなお菓子やフィンガー・フードは、すべてこのグループの手作りのものでした。

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手作りのサモサやジャムが所狭しと並ぶ。いずれも上品な優しい味。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

「女性でビジネスを切り盛りするのは大変だと思いますが、皆さんはどのように道を切り開いてこられたのですか?」と問い掛けると、編み物部門の代表で最も年長で60歳のサフィアさんが、「私は長年教師をしていたので、ネットワークが広く、周りの人たちも私の意見に一目置いてくれていたんですね。夫の理解があったのも助かりました。ビジネスチャンスや見本市の話があると参加して、少しずつ広げていったんです」と答えてくれました。

表情に落ち着いた自信がみなぎっています。

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右が最年長のニット製品担当のサフィアさん、左がジュエリー担当のクブラさん。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

「最近、知人の紹介もあって、国境を越えてタジキスタンの見本市にも参加してきましたよ」と言うのはアクセサリー部門責任者のクブラさん、47歳。

さすがデザイン性に富んだメガネをはじめ、身に着けているものが洗練されています。肝っ玉母さん的な明るさと大胆さがうかがえるのはバスケット部門のナルメンさん、46歳。

この人は実に人懐っこい笑顔が魅力的です。「いろいろな女性グループに所属して、ネットワークを広げています。日本の女性団体ともつながりたい!」とのアピールも忘れません。この笑顔と押しの強さは大いに威力を発揮します。

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右が人懐っこい笑顔が印象的な、バスケット担当のナルメンさん。バスケットと編み物とを組み合わせると いう工夫をしている。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

「一番大変だったのは、この子ですよ」と先輩の女性たちが言うのは、食品部門責任者の19歳のムルサルさん。

「競争が激しいし、なかなか参入できないですからね。ほら、恥ずかしがらないで、経験を話しなさいよ」と促されて、ようやく控えめなか細い声を語ってくれました。

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まだ19歳でジャムとクッキー担当のムルサルさんは、次の世代を担う。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

「サンプルを持ってお店を回っても全く手ごたえがなくて。

少しずつ口コミで広がっていって、こだわりのものを置くお店で扱ってもらうようになりました」今は引っ込み思案なムルサルさんも、いずれは先輩たちのようにたくましくなることでしょう。次世代の代表として頼りにされている様子がうかがえました。

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これを編んでバスケットに。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

工房では、女性たちが楽しそうに作業をしています。忙しそうに手を動かしつつも、笑い声が絶えません。これぞ「女性の井戸端会議力」!インフォーマルな形で、暮らしに必要な情報やアイデアが交わされていることでしょう。

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バスケットにほどこす飾りを編む。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

アクセサリー工房では、クブラさんの娘さんも細かい手仕事を手伝っていました。皆さんおしゃれに個性的なアクセサリーを身に着けていて、ついつい私も素敵なストーンのネックレス、ブレスレット、そして指輪を買ってしまいました。

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クブラさんの上の娘さん。細かい作業を担当。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

クブラさんの一番下の女の子が「私もママのようにビジネスウーマンになりたい」と言っていたのが印象的です。娘が母親の背中を見て育っていくのはいずこの国も同じですね。

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クブラさんの下の娘さんは、利発そうな顔をしている。(UNAMA/Sampa Kangwa-Wilkie)

今回のアフガニスタン訪問では、狭い意味での国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)の活動のみならず、国連諸機関が行っている活動も視察しましたが、ここでもアフガン女性たちが活躍していました。

UNICEFもその一つです。アフガニスタンは、パキスタンとナイジェリアと並び、ポリオが根絶できていない最後の3ヶ国の一つで、それだけに根絶にむけた努力に拍車がかかります。

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カンダハールでのポリオ根絶のためのユニセフの活動。男女の区別が厳しいアフガニスタンでは、女性スタ ッフの存在が欠かせない。(UNICEF Afghanistan/2015/Hayeri)

日本はポリオ根絶推進活動およびグローバルヘルスの分野において世界最大のドナー国の一つです。

ポリオは発症すると手足にまひが生じる危険性があり、感染者の多くは貧しく、不衛生な環境で生活を送る幼い子どもたちです。治療方法は確立されていないものの、ワクチンの投与で予防が可能な病気です。

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鈴鹿光次 駐アフガニスタン大使とUNICEFアフガニスタン事務所のアデル・コドル代表が日本政府からの予防接種プログラムへの無償資金拠出について調印。(UNICEF Afghanistan/2016/Mehraeen)

カナダ政府とアガ・カーン財団の財政支援を受けて、バーミヤン市内に新しくできた美術館と見紛うばかりの病院で、UNICEFバーミヤン出張所のアタイ医師がUNICEFが支援する医療活動を案内してくれました。

「日本はUNICEFにとって予防接種事業で主要なパートナーです。定期予防接種そして全土でのポリオキャンペーンの強化を支えてくださっていることに感謝しています」と感謝の気持ちを繰り返し述べていました。

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バーミヤンにできた新しい病院。後ろの丘と一体感のある色調で統一され、まるで美術館のような雰囲気が。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

アフガニスタンの乳幼児死亡率はこの10年で半分近くに下がりましたが、これは予防接種事業のおかげでもあります。

また、病院では日本からの支援を受け、国連WFPとUNICEFとの連携によって栄養プログラムが実施されています。

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お母さんは赤ちゃんをありとあらゆる布でグルグル巻きにして予防接種に連れてきた。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

予防接種、乳幼児を抱えたお母さんたちへの栄養面の指導、そして産科病棟で奮闘するのは皆女性たちでした。

新生児集中治療室などの設備の整った新しい病院ができて、より多くの女性が病院で出産するようになったと言います。

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病院には新生児集中治療室などの設備が整っている。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

彼女たちからそれぞれの手掛ける仕事について話を聞く中で仕事のやりがいについて尋ねると、皆一様に顔を輝かせ、自分の知識や経験を活かして人のためになる仕事に就いて家庭の外で働けること、そして家族を支える収入を得られることへの誇りと喜びについて語ってくれました。

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産科病棟の職員と。医療という社会に貢献する活動に関わっていることに誇りを持ちながら勤務。中央が UNICEFのアタイ医師。産科病棟で出会ったお母さんは、生まれたての娘が医師になってくれればと語ってい た。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

バーミヤン県のデータを見て気になったのは、2011/2012年の数字ではありますが、清潔な水へのアクセスは全国平均の半分、そしてトイレへのアクセスがある人の割合が全国平均の8.4パーセントよりもはるかに低い0.4パーセントにとどまっていることです。

国連WFPの栄養センターで配給を待つお母さんに「家にお手洗いはありますか?」と尋ねると、当然のように「そんなものありません」との答えが返ってきます。

国連WFPでは乳幼児の栄養不良が著しい家庭に対して持ち帰り用の栄養強化食品を支援し、かつ栄養改善についてお母さんたちに指導を行っています。

水がとても貴重な場所では子どもたちがほこりまみれで、清潔を保てないのが課題でしょう。

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国連WFPが運営する栄養センター。病院で子どもの栄養状況について検診し、ここで栄養強化食糧を受け取る。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

バーミヤン県の知事もUNAMAバーミヤン事務所長のアイリーンも、「バーミヤンの町中だけを見ていてもなかなかわかっていただけませんが、この県の遠隔地の開発はとても遅れているということを理解してほしい」と繰り返し強調していました。

バーミヤンの町でも、暗くなってソーラーパワーによる街灯が点灯すると、家に明かりがない子どもたちがその下に集まって勉強する姿が見られるそうです。

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国連WFPが地元のNGOと連携して支援するキリム織りを学ぶ職業訓練。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

テクノロジーの発展で、アフガニスタンでの食糧支援の形も変化しています。

以前は道路などの地域に持続的に残る資産をつくるコミュニティー・ワークや訓練に参加した人たちに「food for asset」「food for training」などのスキームで食糧そのものがインセンティブとして支給されていましたが、アフガニスタンのバーミヤンで国連WFPが地元のNGOと連携して貧困層の女性を対象に行っているキリムづくりの職業訓練ではそうではありません。

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SIMカードに電子食糧引換券となるショートメールが届き、契約店で食品に引き換える方式(イメージ)。(WFP/Wahidullah Amani)

受講者たちはSIMカードをもらい、このSIMカードが銀行口座のような役割を果たすのです。

受講のインセンティブとしてSIMカードに電子食糧引換券がメールで送られて、契約店にて食品と引き換えることができるという仕組みになっています。

これにより、地元の市場を活性化出来るだけでなく、受講者の食品選択の幅が広がり、より栄養価の高い食べ物を食卓に出せるようになります。

また、カーペットづくりの技術指導は、出来上がった製品のマーケティングも考えて、キリムの模様が特徴的で人気のアフガニスタン北部から先生をわざわざ招き入れて行われています。

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6ヶ月の訓練修了後には自立することが求められるため、市場へのアクセスが重要だ。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

「高校を卒業しても仕事に就けなかったので、こうして訓練を受けることが収入につながって、のちの仕事になるということが嬉しくてたまりません。家族もサポートしてくれています」と若い女性がキリムづくりの手を休めて、感極まったように語ってくれました。

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糸紡ぎをする女性たち。受講者は脆弱な家庭から選ばれている。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

別の部屋では、年の行った女性が車座になって糸紡ぎのコマのようなものをブンブン回しています。

明るい表情が印象的な年配の女性は、「うちの息子は日雇いの仕事をしていますが、ほかに収入はありません。この年で初めてSIMカードを持たせてもらって、おまけに稼ぎにもつながるので、とても喜んでますよ。

避難生活も長かったのですが、やっぱり故郷はいいですね」と嬉しさいっぱいの表情でした。

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このプロジェクトに参加できる喜びについて語ってくれた女性。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

驚いたことに、バーミヤンには東西の大仏と石窟群に対面する素晴らしいロケーションに、一人の日本人女性が経営を手伝うホテルがあるのです。

「ホテル・シルクロード・バーミヤン」の経営者の安井浩美(やすい・ひろみ)さんは短大卒業後、会社勤務を経て26歳でシルクロードの旅に出かけたことをきっかけに写真の道に入り、1993年以降フリーランスの写真家としてアフガニスタンなどを取材してきました。

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カブールのUNAMAでのレセプションで、安井さんと(左端)。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

2001年のアメリカ同時多発テロをきっかけにアフガニスタンに入り、以来共同通信カブール支局で通信員として働くとともに、アフガン帰還民の子どもたちのための教育を支援。2007年にアフガニスタン人の夫がホテル・シルクロードをオープンし、客室用のクッションなどの備品の製作を手掛けたのがきっかけで、2010年にシルクロード・バーミヤン・ハンディクラフトという手工芸品の製作と販売のための会社も設立しています。

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世界文化遺産に登録されているバーミヤン渓谷の遺跡群を望む。左右の大きな石窟には、2001年にタリバンに爆破されるまで大仏があった。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

チームで夕食にホテルに立ち寄ったところ、私はクラフトショップの手工芸品の鮮やかな色使いに心をわしづかみにされて見入ってしまい、「あれも欲しい、これも欲しい」とたくさんお土産に購入してしまいました。

他のお店だとなかなか日本に戻ってから使えるようなデザインや色のものがないのですが、安井さんが細かく指導して品質管理にも目配りしているのでしょう、ここには心惹かれるものがたくさんありました。

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安井さんの指導の努力で、先進国の消費者の好みにあったデザインや縫製に。(Silk Road Bamiyan Handicrafts)

安井さんのお話では、バーミヤンの伝統的な織物をバーミヤンで作っているほか、クラフトはカブールで暮らすバーミヤンやガズニ出身のハザラ族の女性たち中心に作っているとのことです。

「貧困社会のアフガニスタンでほんの少しですが私の会社に努める女性たちの家族の経済的な支援になっているところが励みになるし、素晴らしい刺繍や素晴らしい商品が出来上がることは、私にとってこの会社を運営していく上でのやりがいになっています」と事業への思いを語ってくださいました。

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日本ではなかなかない色合いのポーチと刺繍の美しいバッグを購入。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

アフガニスタンの魅力について「やはりいろんな文化が混ざり合うシルクロードの十字路という部分に引き付けられたのだと思います。

日本にはない、多民族社会でそれぞれ異なる言語や文化習慣がある部分にも魅せられます。

さらには、日本にはないダイナミックな景観となんでも大雑把なところが、私にはピッタリなのかもしれません!」と言う安井さんはホテルの運営を手伝い、ホテル内のレストランには和食のメニューもあります。

まさかアフガニスタンで太巻き入りのボックス弁当をお箸でいただけるとは思っておらず、現地スタッフも含めみんな物珍しさもあって大はしゃぎしました。

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(UNAMA Photo)

安井さんのアフガニスタンの人々への思いがたくさん詰まったホテルでしたが、こうした経験もバーミヤンではある程度の安定が確保できているからこそ可能なことであって、首都カブールでは国連職員は外部のレストランで外食することもできませんし、買い物に行くこともできないのです。

バーミヤンの風景を見るにつけ、安心・安全がもう少し国全体に確保されればもっといろいろな可能性が生まれる国だろうに、と思えてなりませんでした。

バーミヤン県知事とUNAMAバーミヤン事務所長のアイリーンが指摘していた「開発の遅れ」を象徴するような家族にも出会いました。

12年前に土地もなく、仕事もないことから地方からバーミヤンに移り住み、ずっと洞穴の一つに住み着いている一家です。

電気も水もなく、もちろんトイレもありません。そこに夫婦と子ども5人の計7人で暮らしているのです。

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移転は進んだものの、いまだに石窟に住み着いている人々が。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

私たちが訪問したこの日、夫は日雇いの仕事、長男は学校で、家には30歳の妻と子ども4人がいました。子どもは全員この洞穴の中で産んだと言います。

中に通してもらって、そのあまりのベーシックさに、多くの途上国の現場を知っている私でさえも一瞬言葉が見つかりませんでした。

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洞窟が彼らの住まい。夜の明かりとして家族が使っている懐中電灯が見える。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

次女は障害があり、落ち着きなく動き回り、目が離せません。

聞くと、近くで不発弾処理をした時にたまたまそばにいて、そのショックで今のようになってしまったそうです。

小学校に通う9歳の長女が面倒を見ていますが、長女の目は怒りと諦めが入り混じったような眼差しで、およそ9歳の子どもとは思えない達観した表情をしています。

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右の長女の達観した表情が気になった。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

「洞穴の外に出たところの崖が危ないので、子どもたちだけを置いたままで出かけられません。水汲みに行くときも、いつも子どもを連れていく必要があるんです」と溜息まじりで話すお母さんは、実年齢よりも10歳は老けて見えます。

唯一の救いは、この地域は治安がある程度安定していて行政サービスへの距離も近いので、学校や病院には行けているということです。

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「多くの人々が私たちを訪れて、写真を撮って帰っていったけれど、私たち家族には何の支援もない」とい うお母さんに、返す言葉がなかった。(UNAMA/Anna Maria Adhikari)

「ここに暮らし続けたいのですか?それとも引っ越し先があれば、移りたいですか?」という問いに、「もちろん他の場所に移れるんだったら、引っ越したいですよ。でも私たちにお金はありませんから、助けてもらわないと」と言います。

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近くの洞窟に暮らす子どもたちが集まってきた。(UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto)

しかしながら、同行していた役人に「世界文化遺産の石窟からの移住計画はどうなっているのですか?」とそれとなく聞くと、財政難で手が回らないとのこと。

行政の働きかけで多くの人々が石窟から移り住んだものの、自力で移ることのできない最も脆弱な立場にある人々がいまだに住み着いているのです。

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心の整理がつかないまま、洞窟を後にした。水汲み用の黄色い容器が並ぶ。水汲みは重労働。(UNAMA/Jaffar Rahim)

表向きはきらびやかなオフィスビルや豪華な結婚式場が立ち並ぶ首都カブールとかけ離れた世界を目の当たりにして、なかなか心の整理がつきません。

世界レベルの格差の拡大について「世界で最も裕福な8人の富の合計が世界人口の下半分の36億人の富の合計に相応する」というデータを用いながら講演などで語ってきましたが、厳しい現実を生き抜かなければならない家族を目の前にして、どこに生れ落ちるかでここまでの格差と不公平があるのかと、言葉を失ってしまいました。

日本人に顔つきの似ている人々だからこそなおさら、その不条理が感じられてなりませんでした。