アフリカのSDGs実現に市民社会もパワーアップ!=なぜTICADにNGOが必要なのか?稲場雅紀氏に聞く=

日本とアフリカの市民社会を束ねるコーディネイターとしてTICADのすべての公式会合に参加してきた稲場雅紀氏に話を聞いた。

8月27-28日、ケニアの首都ナイロビで、日本が主導するアフリカ開発のための多国間会議「第6回アフリカ開発会議」(TICAD VI)が開催される。

首脳級の会合をアフリカで開催するのは、1993年の第1回TICAD以来初めてのことだが、「アフリカ開催に限らず、TICADは大きな変化にさらされている」と語るのは、2009年以来、日本とアフリカの市民社会を束ねるコーディネイターとしてTICADのすべての公式会合に参加してきた稲場雅紀氏(「市民ネットワーク for TICAD」世話人)である。変貌する世界とアフリカの関係の中で、TICADが直面する危機とは何か。また、NGOはTICAD VIの先に何を見ているのか。稲場氏に話を聞いた。

NGOが会議に参加しなければ、現場の「人々」の声は届かない

国連広報センター:TICADの関連で、まず自己紹介をお願いします。

稲場:2013年に開催された「第5回アフリカ開発会議」(TICAD V)を踏まえて新しく作られた市民社会のネットワーク「市民ネットワーク for TICAD」の世話人をやっている稲場雅紀と申します。最初にTICADに係わったのは2003年のTICAD IIIからで、2008年のTICAD IVで毎年アフリカで閣僚会議をやることが決まってから、TICADの全ての公式会合に出席しています。

国連広報センター: NGOの本分は現場で働くことだと考える人も多いでしょう。稲場さんは会議に参加して、どんな活動をしていらっしゃるのですか?

稲場:鋭い突っ込みですね。何かを考えるには、物事の「原理」に深く迫っていく方法と、「経験」から法則を導き出す方法とがありますが、前者でやってみましょう。逆質問しますが、TICADにはNGO以外にどんな人たちがいますか?

国連広報センター:日本の政府、共催者である世界銀行、UNDP、国連アフリカ特別顧問事務所、アフリカ連合、あと、アフリカ諸国政府といろんな国際機関ですよね。

稲場:この人たちはTICADに参加して何をするんでしょうか。

国連広報センター:最近のアフリカや世界の状況を分析して、ここ数年のアフリカ開発の路線を決めるわけですよね。

稲場:はい、その通りです。で、この路線を少なくとも多少は反映する形で、お金と人が動き、アフリカ開発が進められるわけです。では、さっきの人たちの中で、「アフリカの人々」を代表しているのは誰でしょうか?

国連広報センター:どれかと言えば、「アフリカ諸国政府」になりますかね...。

稲場:そうですね。ただ、二つ問題があります。まずアフリカ諸国政府は共催者ではなく、どちらかと言えば「お客さん」です。もう一つ、民主化の進展云々とは別に、アフリカをはじめとする多くの途上国では、否応なく社会の二重化が進んでおり、貧困の中を生きる、人口面では多数派の人々は、国家権力と必ずしも結ばれているとはいえない。

また、政府は「国益」を代表するものですが、「国益」と草の根の人々の利益はしばしば矛盾します。しかも、アフリカは55カ国・地域(注1) に分断されている。各国の利益は「アフリカの人々の利益」とは直結しません。

TICADにはUNDPや世銀、国連なども参加しており、国際的なアフリカ開発の主流の意見を取り入れて、だいたいこの辺が今のアフリカ開発の旬の領域かな、くらいのところを作っている。で、少なくとも日本のお金と人は、一応、それに沿って動くわけです。そういう意味でTICADは重要です。そこに「アフリカの人々」の利益を多少なりとも代弁できる存在がいなくてよいのでしょうか...?

TICADに取り組むアフリカの市民社会連合(アフリカ市民協議会)が2015年11月に開催した総会(ナイロビ)。駐ケニア日本大使も出席。

国連広報センター:だからこそ、より現場に近いところで働く国際協力NGOや、アフリカの人々自身が作る市民団体が、TICADに直接参加する必要がある、というわけですね。

稲場:もちろん、NGOが実際にアフリカの人々をどのくらい代弁できるかと言われれば、わかりません。わかりやすいのは「踊る大捜査線」です。ずいぶん昔の映画ですみませんが。あの青島刑事の有名なセリフがありますよね。「事件は会議室で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだ」。でも、青島刑事は何でそんなことを言わないといけないんでしょう。

それは、物事が現場の刑事を飛び越して、会議室でえらい人たちに勝手に決められているからです。つまり、このセリフは、逆説的に「会議室の重要性」を示しているわけです。会議室で決まる方針やルールに対してものが言えなければ、結局、「事件」をまともに解決することなんてできないんですよ。

国連広報センター:だから、NGOの本分は現場だけれども、会議にも参加してものをいうことが大事だということですね。

稲場:はい、そうです。残念ながら、この点が日本ではいつも無視されている。NGOは、開発に関するルールやお金の配分などには目もくれず、現場で頑張ればよいことになっている。しかし、「アフリカの貧困をどうするか」などというマクロな話で重要なのは、圧倒的な量の人とカネをどういう原理と方針に基づいて配分するかという「政策」です。このプロセスに参加することは、現場で頑張ることと同じとは言わないまでも、無視してよいものではありません。政策提言に、それなりの人とお金を継続的に投入する必要があるわけです。

市民社会のエンパワーメントで「違い」を作り出す

国連広報センター: NGOとして会議に出て、実際にどのくらいの「違い」を作り出せているんですか?

稲場:実際には、「違い」を作り出すのは、難しいことです。でも、何もできていないわけではありません。2009年以来、アフリカで毎年TICAD閣僚会議が開催されています。この「毎年」がポイントです。毎年の閣僚会議に出席することで、TICADに取り組むアフリカの市民社会は相当成長しました。

TICADへのアドボカシーを目的に2007年に設立されたアフリカ側のネットワーク「アフリカ市民協議会」(Civic Commission for Africa)は、現在、東西南北中の5地域と、TICAD VIが開催されるケニアと、アフリカ域外のアフリカ人、つまり「アフリカン・ディアスポラ」の代表の7名で理事会を構成しています。彼らは自ら、TICADの共催者の中でもアフリカ連合委員会(AUC)との関係を強化し、今では、TICADを担当する「議長官房」の「戦略的パートナーシップ局」の局長やTICAD担当責任者、市民社会を担当する「市民・移民組織局」(CIDO)とはツーカーの仲です。

国連広報センター:TICAD共催者の中でも、アフリカ連合は「国家の連合」ですから、TICADへの影響力は絶大ですよね。

TICADに向けた市民社会啓発会議に出席したケニア政府TICAD特使、ベン・オグトゥ氏。

稲場:形式上も、日本と同格の立場になりますからね。また、ケニアの市民社会は、ケニア政府の中でTICADを担当する主要官庁の一つである「地方分権・計画省」と連携し、その資金を得て、6月9~10日、ちょうどガンビアで6月16-17日に開催されたTICAD VI準備閣僚会合の直前にナイロビで「TICAD VIに向けた市民社会・非国家主体参画会議」を開催しました。これが大成功で、ケニア政府のTICAD担当特使や計画省の管理部長らも参加し、100名以上の参加で、「TICAD VIへの非国家主体宣言」をまとめ、私たちはこれを持って、さらにはガンビアの市民社会との対話を経て、閣僚会議に向けた働きかけを行ったのです。

国連広報センター:実際に、どういう効果がありましたか?

稲場:今回のTICAD VIは非常にビジネス色の強い会議になっている。日本企業が150社も参加するといわれています。私自身は、開発におけるビジネスの役割を否定するものではありません。しかし、少なくとも社会開発とのバランスが必要であると考えています。時として、このバランスが崩れることがある。市民社会の存在も、ビジネス重視の陰で全くかすんでしまっていました。なので、私も出発前には、なんとなく暗い気持ちだったのです。

でも、ケニアの市民社会会議にケニア政府やアフリカ連合の幹部が参加して、リップサービスだとしても、「市民社会の存在はTICADに不可欠」と言ってくれたわけです。私たちはこれを活用して、TICAD VIの成果文書の内容について積極的に働きかけました。働きかけの効果はあったものと確信しています。

日本がアフリカから「学べる」こと1.シニアレベルへの女性の参画

国連広報センター:そもそも、どうして日本はTICADを続けてきたのでしょうか?

稲場:日本は世界第3位の経済規模のある、いわば「大国」です。その「大国」が、アフリカは遠いからとか歴史的関係が少ないからと言って、アフリカへの戦略を作らなかったとしたら、日本は「世界戦略を欠いた」国、ということになってしまいますね。もちろん、より即物的な国益の話はあると思いますが、日本の「国の器の大きさ」に鑑みれば、カネがかかるからTICAD程度のこともすべきでないというのは余りにも内向きだということになります。もう一つ、今一歩気づかれていない点かもしれませんが、アフリカは日本にたくさんのことを教えてくれる存在だ、ということがある。

たとえば、この写真を見てください。ガンビアの閣僚会議の壇上の写真です。ここに写っている開催国ガンビアの副大統領と外務大臣、アフリカ連合議長国チャドの計画大臣、アフリカ連合の経済産業コミッショナー、世銀のTICAD向け代表、いずれも女性です。ところが対する日本側はといえば、団長の外務大臣政務官、アフリカ部長、アフリカ部審議官、アフリカ1課長、アフリカ2課長、いずれも男性。結果として、檀上のジェンダーバランスはとれているわけですが...。アフリカの多くの国で、国会議員に占める女性の割合は日本よりずっと高くなっています。

国によっては、国家予算のジェンダー化プログラムを実施しているところもある。女性の大統領こそ少ないですが、先ほどの写真でもわかるように、シニア級の職員に占める女性の割合は相当増えています。3月にジブチで行われたTICAD高級実務者会合では、「市民社会との対話」というセッションもありましたが、共同議長を務めたアフリカ連合委員会の官房長もジンバブエ出身の女性で、しかも市民社会出身でした。

国連広報センター:たしかに、ジェンダーの中でも、日本の苦手な「政府や組織の意思決定レベルへの女性の参画」については、アフリカは実は相当進んでいる、ということですね。

稲場:そうです。そこには、やはり2001年以降、アフリカの国々が曲がりにも「ミレニアム開発目標」(MDGs)の達成に努力してきた、ということがある。もう一つ気づいたのは、「産業化」に関する認識です。

日本がアフリカから学べること2:産業化と市民社会

国連広報センター:「産業化」というと、まさにビジネスの領域のど真ん中ですね。

稲場:TICAD VIの三大テーマの一つが「産業化」です。これについて、アフリカの市民社会が中心になって、一生懸命提言書を作りました。というのは、TICAD VIの成果文書の「産業化」の部分には、どうも「産業化」に果たす市民社会の役割についての記述が薄いようだったからです。日本のNGOも、NGOの伝統的な活動領域である「保健」や「社会的安定」のところばかり提言していました。

ところが、アフリカの市民社会はこういうのです。「アフリカの産業化にとって一番重要な、青少年や女性の経済的包摂は、市民社会なしにはたちゆかない。NGOは女性のアントレプレナーシップを進めるもっとも強力な社会セクターだ」。たしかにそうなのです。2014年に訪れたカメルーンでは、女性のNGOが一生懸命、女性のアントレプレナーシップ意識の強化に取り組んでいました。アフリカの場合、産業の組織化、大規模化がなかなか難しいわけですが、そこを強化するのも、NGOの役割です。

TICADに関わるアフリカ市民社会の代表とウガンダに進出した日本企業スタッフとの交流会(ウガンダ、2015年2月)

国連広報センター:アフリカでは、NGOはずいぶん多面的な取り組みをしているわけですね。

稲場:はい。実際、2016年以降の「持続可能な開発目標」(SDGs)の達成のキモは、実は、ゴール7から12に至る「『つづかない経済』から『つづく経済』への構造変革」にあります。これは利潤を追求する資本の自己運動だけでは実現できません。資本の外部から働きかけ、「これまでと異なったシステム」へと導く第三項が必要なのです。その触媒となるのが実は市民社会です。アフリカの市民社会は貪欲に「産業化」に関するアドボカシーを提起しました。

今回のTICAD VIで設立される「日本・アフリカ・ビジネス・フォーラム」が「企業の社会的責任」(CSR)の側面でしっかりした役割を果たすべきだ、という提言を入れたのもアフリカの市民社会です。こうした論点は、成果文書にはまだ取り入れられていないような雰囲気ですが...。アフリカは現在、巨大な人口増加の波に洗われていますが、増え続ける青少年人口を労働市場に取り入れていくうえで必要な職業教育や、地場産業の保護育成、インフォーマル・セクターのフォーマル化と組織化、といった課題は、外国資本の導入や現地の営利資本の形成のみでは解決できません。

職能団体や協同組合、連帯経済を担うコミュニティー組織など、様々な非営利セクターが形成され、それらが一丸となって実現するべきものです。ましてや、これからの経済成長は真に「包摂的」で「持続可能」なものでなければなりません。当然、非営利セクター、市民社会がより強力なイニシアティブを発揮する必要があります。

SDGsは、環境と社会、経済の3要素の統合を謳っています。アフリカの資源国のいくつかはすでに「上位中所得国」となっていますが、これらの国々では、これまで社会セクターを支えていた海外ドナーが資金を引き上げ、多くのNGOが活動停止に追い込まれています。「上位中所得国」は一人当たり国民所得の額で一方的にきめられたカテゴリーであって、自国の財源を社会問題の解決に還流できるような強力な政府や民間財団の形成度合いなどは一切考慮されていません。「とにかく経済成長すればよい」という考えは、SDGs時代には通用しません。

「途上国の国内財源」を開発のための主要な財源と考えるなら、経済成長の果実を社会セクターに還元させるための仕組みや、それを支える、たとえばCSRといった「発想」を今の段階から「産業化」の主要なポリシーとして打ち込んでいかなければなりません。

国連広報センター:市民社会は、アフリカ開発において「産業化」も含め、本当に多面的な役割を果たす、また、果たしうる存在なのですね。稲場さん、どうもありがとうございました。

(注1)旧スペイン領サハラは国連の「非自治地域」に指定されており、ここでは「地域」として扱っている。当地の亡命政府である「サハラ・アラブ民主共和国」(RASD)はアフリカ連合の加盟国である。

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