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シリーズ「南スーダンからアフリカ開発会議 (TICAD VI) を考える」 (4)

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ベンティウの文民保護区で行われているIOMの給水支援 ©IOM

第4回 国際移住機関(IOM)南スーダン事務所

~人道支援と入国管理のキャパシティービルディングに取り組む~

2016年8月27~28日、ケニアで第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)が開催されます。初めてアフリカで開催されるTICADに向けて、国連広報センターでは日本の自衛隊が国連PKOに参加し、また多くの日本人国連職員が活動する南スーダンを事例にして、様々なアクターの皆さんに、それぞれの立場からTICADで議題となる課題について考えていただくという特集をシリーズでお届けします。

シリーズ第4回は、世界的な人の移動の問題を扱う国際移住機関(IOM)を取り上げます。南スーダンでは2013年12月に起こった紛争とその後の洪水の影響で、多くの人々が国内避難民(IDP)や国外への難民となり故郷を離れました。IOMは、国境管理官に技術トレーニングを行うなど相手国政府のキャパシティービルディングを進める一方、影響を受けたコミュニティーや人々に人道支援を行い平和構築に取り組んでいます。

南スーダンでは2013年12月に発生した紛争により、240万人近くの人々が避難生活を余儀なくされ、2016年には少なくとも610万人が保護や支援を必要としています。この危機は、スーダンからの独立を勝ち取ったわずか2年後、人々が数十年におよぶ紛争の後、故郷に戻ってきたときに発生しました。

国際移住機関(IOM)はこの危機に対応し、南スーダンの紛争の影響を受けたコミュニティーで、診療所の運営、清潔な水の供給、シェルターの提供、生活必需品の提供など人道支援を実施しています。IOMは危機の前、2005年のスーダンとの南北包括和平合意の後、人々の南スーダンへの帰還を支援してきました。IOMは人道支援を行うと同時に、出入国管理や人身取引対策を行う「移住管理(migration management)」や移民の保護を通じて、人としての権利と尊厳を保障するなど、国境を越えた人の移動の促進に努めています。

建国間もない南スーダンは不安定な状況の中、未だ法体系や政府機関を整えている段階にあります。こうした環境の下、IOMは人々の自由な移動と経済成長を促進しながら、南スーダン政府の入国管理官が国境を守りつつ、移民の権利の保護ができるよう、キャパシティービルディングを支援しています。

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IOM南スーダン事務所のサラ・バシャ移住管理プロジェクト・マネージャー ©IOM

IOM南スーダン事務所のサラ・バシャは、2014年以来、この若い国の歴史で最も不安定な2年間を通じて移住管理プロジェクトのマネージャーを務めてきました。「南スーダンには、インフラも人材もほとんどないか全くないかで、移住関連法を施行するために、全くのゼロから始めなければなりませんでした」

来たるアフリカ開発会議(TICAD VI)での優先事項に沿って、IOMは南スーダンでの平和の定着、安定化、民主化、グッド・ガバナンスを支援しています。和平プロセスの進展が必ずしも楽観視されておらず、南スーダンが地域経済でより大きな役割を果たそうとする中で、政府のキャパシティーの向上を確実なものにしていかなければなりません。

サラが率いるIOMチームは、南スーダン政府のキャパシティーの向上を重視しオーナーシップ(当事者意識)を確保しながら、政府主導で法体系や業務が整備されるよう尽力しました。「南スーダン政府のニーズに応えるのは大変でした。例えば、国境管理官が移住データシステムを扱う技術がないとわかれば、あらゆるレベルの職員のためのトレーニングを用意しました」

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ジュバ市にある国連ハウスIDPキャンプで働く、サラ・バシャ移住管理プロジェクト・マネージャー ©IOM

IOMはまた、日本政府の援助で、国境管理を適切に行えるよう政府が入国管理トレーニングマニュアルを策定するのを支援したり、国境ポイントの建設や空港での入国管理の手順を改善したりしました。しかし、危機下での制度構築には困難が伴いました。「紛争に巻き込まれている政府と仕事をするには、正しいプロジェクトを実施することと、政府のニーズを聞くことの微妙なバランスが求められました」とサラは言います。

移民一人ひとりが保護や支援を必要とする場合が多いので、政府が機能していなくても移住管理は必要とされています。2005年に終結したスーダン北部と南部との長い紛争の後、南スーダンでのさまざまなビジネスチャンスを目当てに、アフリカのあちこちから人々が集まってきました。しかし、2013年12月に危機が勃発してからは、南スーダン国民とともに、こうした移民は国内で立ち往生して困難な状況に置かれました。

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多くの国内避難民が身を寄せるベンティウの文民保護区 ©IOM

IOMは南スーダン政府や国連、NGOと緊密に連携し、アフリカ大陸各国からの移民700人以上に母国への帰還を支援したり、南スーダンで安全に滞在できるよう支援したりといった活動を行いました。

一人の移民がサラの記憶に残っています。南スーダン人男性と結婚して2人の子どもがいるエリトリア人女性でした。彼女の夫はヌエル族で、紛争の初期の2014年に、南スーダン北部の主要な町の一つであるベンティウで戦闘があったときに亡くなりました。彼女は子どもたちを連れて首都ジュバに向かい、国連PKOの基地で、他の多くの南スーダン人と一緒に保護を求めました。

外の恐怖からは逃れましたが、基地での生活も混雑しており、孤立して大変でした。南スーダンの二大民族であるヌエル族とディンカ族が反目すると、家族は国連の基地から離れることができなくなりました。子どもたちの民族的バックグラウンドを考えると、危険が及ぶかもしれなかったからです。命の危険を感じてエリトリアの故郷へ帰ることもできず、どうにもならない状況でした。

そんなとき、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との協力で、IOMが彼女の支援に乗り出しました。UNHCRが庇護申請手続きを進めている間に、IOMは一時滞在許可の取得を支援し、彼女は日中子どもたちを置いて合法的に国連PKO基地から出て、庇護が認められるまでの間、収入を得るために働くことができました。

「南スーダンに暮らす移民は、いろいろな方面からの障害に直面しています。南スーダン国内は危険ですし、母国に戻ることもできずにいます。膨大なニーズに向き合いながらも、安全を取り戻して生活を立て直していく家族を目にするのは、素晴らしい経験です」

平和と安定は、南スーダンの経済成長の促進に欠かすことのできない条件です。IOMは、人道支援と移住管理支援を継続することで、南スーダンが現在の危機を越えて、平和と繁栄の未来に向かうことを願っています。