日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」(4)

日本が為すべきこと、できることはまだまだ沢山あります。

2016年、日本は国連加盟60周年を迎えます。

国連と日本のあゆみにおいて、それぞれの立場から国連の理念につながる活動や努力を積み重ねている方々が大勢います。重要な節目となる今年、国連広報センターでは、バラエティーに富んだ分野から国連を自分事と考えて行動している方々をご紹介します。

「国連を自分事に」シリーズ第4回は、国連開発と平和のためのスポーツ事務局(UNOSDP)でプログラム・オフィサーとして勤務し、現在日本スポーツ振興センターで活躍する山田悦子さんのお話をお届けします。

2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を控え、スポーツを通じた国際貢献活動への関心も高まりを見せています。そのような中、スポーツが開発・人道支援・平和構築を推進するに当たって有益なツールであることを認識した上での取り組みが求められ、山田さんは国連での経験を日本に繋げようとしています。

今回は山田さんがUNOSDP時代に携わった、タジキスタンやルワンダなど、様々な社会問題に直面するコミュニティーをスポーツを活用して支援するプロジェクトをご紹介します。

第4回 日本スポーツ振興センター情報・国際部 山田悦子さん

~スポーツを入り口に、平和と開発を~

UNOSDPのオフィスがある欧州国連本部の加盟国国旗が立ち並ぶ前で山田 悦子さん

宮城県仙台市出身。東北大学大学院法学研究科公共法政策修士号取得。Lionbridge Global Sourcing Solutions Limitedにてコンサルタントとしてインターネットの検索機能の質向上とその評価を行う。その後、国家プロジェクトであるマルチサポート事業に携わり、ロンドンオリンピックへ向けた日本チームの国際競技力向上に資する各種情報を扱う。2014年1月より国連開発と平和のためのスポーツ事務局(UNOSDP)でプログラム・オフィサーとして勤務。現在は(独)日本スポーツ振興センター情報・国際部にて勤務。

「スポーツを用いて開発や平和構築へ貢献する」と言ってもピンとくる方はあまりいないかもしれません。しかしながら国連をはじめとする国際社会においては、「スポーツは持続可能な開発における重要な鍵となる」と広く認識されており、2015年9月にニューヨーク国連本部で開催された「国連持続可能な開発サミット」にて全会一致で採択された成果文書[1] も正式にこの点に言及しています。

国連でこの分野(開発と平和のためのスポーツ Sport for Development and Peace:SDP)を扱っているのが、国連開発と平和のためのスポーツ事務局(United Nations Office on Sport for Development and Peace、UNOSDP)です。

UNOSDPの役割はSDP分野を担当する国連事務総長特別顧問(現在は、サッカーのブンデスリーガ、SVベルダー・ブレーメンのゼネラル・マネジャーを務めた、ドイツ出身のウィルフリード・レムケ氏)の任務を支え、スポーツを有益なツールとして用いながら開発・人道支援・平和構築を推進していくことです。そのため国連事務総長案件を取り扱うことも多く、国連総会へ提出する国連事務総長報告書の原案作成や会談のバックアップ等も担います。

私が赴任して最初に担当したのが2014年4月6日に第1回を迎えた「開発と平和のためのスポーツ国際デー」のイベントで国連事務総長が使用するスピーチの原稿作成でした。格式高い表現を用いるのはもちろんのこと、いかに社会に語りかければ国連として伝えたいメッセージを届けられるのか、ということを考えさせられたタスクでした。

例えば、「スポーツが個人やコミュニティの発展に寄与する」という内容を伝えるためにそれをそのまま英訳するのではなく、近代オリンピックの創始者として知られるクーベルタンが述べた"Sport is a possible source for inner improvement."(スポーツは(身体面のみならず)精神面での成長をもたらし得る源である。)という言葉を引用しながらよりインパクトの強いスピーチとなるようにしました。

2014年4月に欧州国連本部で実施された「開発と平和のためのスポーツ国際デー」のイベント

この件に限らず、国連職員として職務にあたるということの意義や国連機関としての役割は何なのか、という点を常に意識し自問自答しながら職務を遂行してきました。

国連機関で働く醍醐味は、国際的な政策決定過程に関わることができる点です。例えば国連人権理事会諮問委員会のコンサルテーションプロセスへ参加したり、国際憲章の策定過程に携わるなど、国際社会で今まさに議論がなされ、方向性を決定付けていく場面に立ち会うことができます。2015年に大幅に改訂された「ユネスコ 体育とスポーツに関する国際憲章」に対してもUNOSDPから改訂案に対する意見や提案を提出しました。

私が主担当してきた仕事の一つに、UNOSDP基金による各地域のSDPプロジェクト支援があります。UNOSDPには日々世界各地から多数の支援要請が寄せられていますが、人的・財的資源の制約からそれらの要望全てに応えることはできません。

そのような状況下でどのようなプロジェクトを選定し、どう支援していけば国際公益を最大化することができるのか、また、制度や枠組みを形作っていく国連が「アクション」部分となるフィールドのプロジェクトを支援する意味はどこにあるのかを熟考しながら、プロジェクトの選定・計画策定支援・モニタリングと評価等に携わってきました。

2014年11月に新たなプロジェクトの応募を開始するにあたり、どこまで厳格な応募書類の提出を求めるか、ということは我々が悩んだ点の一つです。

応募にはプロジェクト提案書、団体の基礎資料、年次報告書、財務報告書、登録証明書の提出が必要ですが、本当に支援を必要としている団体は年次報告書や財務報告書を作成する余裕もないのではないか、そうであるならばそれらを応募要件に含めるのは酷ではないか、その一方で応募団体が提案してきたプロジェクトを実施できるという能力をどこで担保するのか、といった議論をUNOSDP内で交わしながら、柔軟性を保ちつつも公平性を損なわないよう、応募要件・提出書類に関して一つ一つ決定していきました。

23の団体から応募があり、提案されたプロジェクトを公平に、客観的に評価していくため、プロジェクトマネジメントの観点にSDPで必要とされる要素も加えながら16の評価項目を設定し、5段階評価の得点基準を作り、項目に応じた傾斜配点方式をとる評価プロセスを確立しました。社会課題の特定、プロジェクトスコープの明確さ、スポーツの要素の組み込み方、といった観点から、人的・財的資源の適切な配分やモニタリングと評価、プロジェクトの持続可能性に至るまで包括的に評価して最終的に三つのプロジェクトを選定しました。

UNOSDPが支援したタジキスタンのNational Federation of Taekwondo and Kickboxing (NFTK)プロジェクト

NFTKはタジキスタンでサッカーやテコンドーを用いて、ジェンダー平等の促進と女性の能力強化に取組んでいる。プロジェクトでは関連する政府組織、国際機関、競技団体、NGOが円卓会議で議論し「タジキスタン 女性スポーツの発展に関する国家戦略2014-2020」の原案も作成された。現場と政策を繋ぐという重要な要素が含まれたプロジェクト。(NFTK)

選考を通過した団体は基金を早く受領しプロジェクトをすぐにでも開始したいと気が急いていまが、まずは団体の代表者やプロジェクトマネジャーと一緒にプロジェクトプランを練り込み、何度も修正を重ねてより具体的な計画書を策定していかなくてはなりません。

プロジェクト立ち上げ段階では不確定要素があり、しっかりと計画を作り込まないまま開始してしまうプロジェクトも多く見受けられますが、達成すべきゴールを共有し、そこに到達するまでの適切なプロセスを設定していく作業である計画の策定はプロジェクト成否の鍵を握っており軽視すべきではありません。

プロジェクトを実行していく中で状況の変化に応じた計画の修正・微調整をしてプロジェクトをコントロールしていくことができるのも、計画段階でベースラインを設定し、現状と計画段階でのギャップを判断するための基準を定めているからこそできることです。

UNOSDPが永遠にその団体を資金援助できる訳ではないので、プロジェクト期間中に上記の視点からテクニカルアドバイスを提供し団体のプロジェクトマネジメント能力を育成し高めていくことに力点を置きました。詳細なプロジェクト計画を含めた契約文書を作成し、国連の助成金委員会が法的・財務的側面から精査し、その承認をもらってはじめてプロジェクトを開始することが可能となります。

Project Air International, Inc.のプロジェクトではルワンダでヨガを用いて、ジェンダーに基づく暴力のHIV陽性被害者・加害者、障がい者のトラウマを和らげる活動を実施しています。

UNOSDPが支援しているProject Air International, Inc.のプロジェクト (Project Air)

このプロジェクトの承認を得るにあたり、助成金委員会からは予算、活動内容、有効性の細部に至るまで様々な質問が投げかけられました。それらに対してこのプロジェクトを支援する妥当性・必要性を資料やエビデンスを用いて説明していくのが私の役割です。

Project Air International, Inc.のプロジェクトの一環でヨガを楽しむ参加者 (Project Air)

現在SDP分野で用いられるスポーツとしてサッカーが圧倒的に多い中、適応可能なスポーツを見出し、社会に発信・共有していくこともUNOSDPの役割の一つであるため、Project Air International, Inc.のプロジェクトを支援している社会的意義は大きいと実感しています。

Project Air International, Inc.のイベントに参加する子ども達 (Project Air)

選定された三つのプロジェクトは現在進行中ですが、上述のような過程を経て、苦労しながら実施を実現できたものであるため、個人的にも大変思い入れのあるプロジェクトとなっています。

アンプティサッカー実践ワークショップにて。2011年6月〜2016年2月にハイチで実施された、障がい者のスポーツ・体育機会の増加、社会における障がい者の包摂を目指したプロジェクト。コミュニティに対して長期のインパクトを生み出すべく、持続可能性を重視して組み立てられたプロジェクトであった。BlazeSportsは1996年アトランタパラリンピック競技大会のレガシーとして創設されたNPOである。(BlazeSports)

UNOSDPが支援したBlazeSportsのプロジェクト>>>https://www.youtube.com/watch?v=1dcXH__l38U

現在私は日本に戻り、日本スポーツ振興センター情報・国際部にて、スポーツと人権・平和・開発等に関する最新の国際的議論や情報を収集・提供し、日本におけるSDPへの理解を促すと共に、社会課題解決へ向けてスポーツを活用していくための方策・政策の提案を行っています。

日本でも、政府が推進するスポーツを通じた国際貢献事業であるSPORT FOR TOMORROWが開始され、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会へ向けて、SDP分野の活動への関心も徐々に高まってきました。スポーツ界のみならず他の分野の人々にも開発・平和領域におけるスポーツの有用性を理解し実践してもらえた時にはじめてスポーツは「ツール」として成り立ち得るのだと考えています。

そのために日本が為すべきこと、できることはまだまだ沢山あります。日本が有する強みや得意な分野を見極め、どのような日本独自のスポーツを活用した貢献活動ができるのか、どういった有形のレガシーをSDPで残していけるのかを考慮し、取組んでいくことが求められています。

BlazeSportsのプロジェクトにて2013年10月にハイチで開催された全国障がい者スポーツ大会の開会式の模様。参加者は500名、観客200名の多くは初めてパラスポーツを観戦した。(BlazeSports)

以下のリンクより、詳細をご覧いただけます。

[1] "Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development (A/RES/70/1)"

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