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連載「日本人元職員が語る国連の舞台裏」 ~日本の国連加盟60周年特別企画~ (10)

2017年07月04日 16時51分 JST

日本は国連に加盟し60周年を迎えます。この機会に、国連広報センターでは国連の日本人職員OB・OGの方々にインタビューを実施し、国連での日本のあゆみを振り返ります。元職員だからこそ語れる貴重な当時のエピソードや考えを掲載します。

田 仁揆さん(でん ひとき)さん

-紛争予防と平和構築を支える国連政治局の役割-

第10回は、長年にわたって国連の政治局に所属した田仁揆さんです。田さんは、政治局がまだ国連政治総会問題局だった頃に国連に入り、その後、ミャンマー、ネパール、モルディブなどの民主化などの分野で大いに活躍されました。

ミャンマーでは、軍政側とアウンサンスーチーさんとの間でシャトル外交の実現に貢献。またASEANが国連総会のオブザーバーとなることに支援を提供し、尽力されました。政治局における勤務を振り返るとともに、国連の役割、国連と米国との関係などについて語ってくださいました。

田 仁揆(でん ひとき)さん

ジャパンタイムズ報道記者を経て1988年国連事務局に奉職。事務総長室政務官、政務担当事務次長特別補佐官、東南アジア及び南アジア担当チーム長を経て2014年退官。コーネル大学大学院卒。東京都出身

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田 仁揆さん ©UNIC Tokyo

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【国連と米国の関わり】

根本:田さんが国連で所属されていらっしゃったのは政治局ですね。

田:政治局は、1992年に設立されましたが、私が配属されたのは、政治局がまだ政治総会問題局だったころです。事務総長官房の一部でした。事務総長室にいきなり配属されたというわけです。最初の上司は米国人でした。考え方や働き方を理解し易い上司の下に配属されたことは運がよかったと思っています。国連はどこに配属されるかで、その後のキャリアが決まってしまうところがありますから。

根本:そうですか。米国は国連をどう見てきたのでしょうか?

田:歴代の政権によって違います。ですが、国連がなぜできたかというと、米国のルーズヴェルト大統領(当時)の理想主義やパッションがあったからです。歴代政権の国連政策をみると、民主党の方が若干ですが、国連に対して理解があるという気がします。今は共和党のトランプ政権で、まだ分かりませんが、注目を浴びているところでは、国連への予算削減など非常に厳しい姿勢を見せていますね。

根本:予算の削減に加えて、国連がお膳立てをしてできたパリ協定からも脱退を宣言し、今また人権理事会からも脱退するという話もあります。

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対談中の根本所長(左)と田さん(右) ©UNIC Tokyo

田:ただ国連にとって米国というのは絶対に必要な国であると同時に、またその逆も真であって米国にとっても国連というのは必要なのだと思います。膨大なコストがかかりますから、今、国連がやっている仕事を米国に引き受けてくださいといって、果たしてそれが可能かどうか・・・。

そういう意味で、国連でなければできない仕事は国連に任せるという、作業分担をトランプ大統領も理解してくれるといいのではないかと思います。トランプ大統領はコスト意識がとても強いみたいですから、国連がどれだけ米国の利益になるのかをわかってもらえるような努力をしていけば、必ずしも国連をないがしろにすることはないのではないかと思います。

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【国連における日本の役割とこれから】

根本:米国は、政治局のトップにアメリカ人を送り込んでいたのですか?

田:はい。1945年に国連が創設されたときに安保理常任理事国五カ国の間で紳士協定(gentleman's agreement)という様なものができて、それ以来ソ連(当時、現ロシア)は安全保障理事会、米国は総会(最近では政務及び国連の改革との関連で行政管理)、フランスは経済社会とかPKO、英国はPKOや,人道、中国は経済社会関連といった具合に事務局の主要部局の幹部ポストをそれぞれ分担するといった暗黙の了解みたいなものが存在しています。。

根本:日本の場合はどうでしょうか?

田:日本は広報と軍縮ですね。つい最近、中満泉さんが軍縮でトップに任命されましたが、良かったですね。とても喜んでいます。

根本:軍縮というと今年核兵器禁止条約ができる機運が高まっている中で、唯一の被爆国である日本は今のところは交渉に参加していませんが、軍縮への取り組みをリードする象徴的な立場に日本人が事務次長(USG)としているのは非常に意味のあることであると思います。日本としてはどのようなサポートを提供することが必要だと思われますか。

田:日本は軍縮の面では、もう少し独自色を出してもいいのではないかなあと思います。外野から見ていると米国に気を遣いすぎている気がします。

根本:大国のくびきがありながらも、各国のなかで、独自色を出しながら国連の場で外交を展開してきた国があれば、教えていただけますか?

田:例えばスウェーデン、デンマーク、それからノルウェーですね。北欧の三国と言うのは中小国ですが、国連に対する貢献というのは非常に高いものがあります。国連の中でもそれはしっかり認識されているのではないでしょうか。

根本:デンマーク、ノルウェーはNATOの一角を占めている国でもありますが、NATO、あるいは米国も参加しての安全保障枠組みといったものがありつつも、自分の独自色を出しながら発言しているということでしょうか?

田:そうですね。そしてやはり国連に対する貢献です。それは財政、人的、そういうものを含めて貢献が大きいです。日本も国としてそういうキャパシティは十分あると思うので、もう少しやれるのではないかという気がしています。

根本:政治局にいらっしゃって、ここはもう少し日本も上手くやればいいのになあというような考えを日本政府関係者と共有なさったりしたようなことはありますか?

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ペレス・デクエアル事務総長室の同僚と(田さん提供)

田:国際公務員という領域を守りつつ協力できることは協力したということはあります。日本人の場合は国連にまだ人が絶対的に少ないのです。なぜ職員を増やすことが大切かと言いますと、やはり人間ですから、国際公務員という立場をわきまえつつも、いろいろなところに日本人がいれば、より広範囲で情報の共有とかそういったことをできると思うのです。ご存知のように、国連というのは情報が大事です。

Extra mile の努力をしないと情報というのは回ってこないのです。要所要所に邦人職員がいれば、回りまわって日本政府の利益にもなるのだと思います。

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【ミャンマーで感じた体制転換の難しさ】

根本:ご著書『国連を読む』を拝読いたしました。ミャンマー、ネパール、それから、モルディブでの活動の様子を書かれていらっしゃいます。それらの国々に深く関わってこられたのですね。

田:はい。ミャンマーが私にとって一番印象の深い国です。国連事務局に25年いましたが、最初の12年は事務次長を補佐していました。5人の事務次長に仕えましたが、補佐官(special assistant)というのは参謀であり仕事は滅私奉公なのです。上司を助けてその部署が上手く機能するようにする。そのために「私」を殺す。

根本:日本人はspecial assistant・executive assistantなどの役職に向いているのではないですか?

田:毎日の仕事がproblem solvingで、交通整理の警察(traffic officer)みたいなものです。こっちからきたのをあっちに、あっちからきたのをこっちに、と。それはそれなりに面白いのですが、もう少し他の仕事もしてみたいということで2000年にアジア部門(Asia division)に移りました。

そのときに、ちょうどコフィ・アナン事務総長がマレーシアの駐国連大使で、外務省を引退したしたばかりのラザリ・イスマイルさんをミャンマー問題担当特使(special envoy)に任命しました。私は、このラザリさんと一緒にミャンマーに行って、国民和解を助けるという仕事に携わったのです。ご存知の通り、ミャンマーというのは1962年から軍事政権が約50年続いたのですが、当時、アウンサンスーチーさんは軟禁状態で誰もアクセスを持っていない状況でした。

私たちがアウンサンスーチーさんに会いに行って、スーチーさんの見解を軍政側に伝えて、それでまたスーチーさんに会って軍政側の反応を伝えて、最後にまたスーチーさんの反応を軍政側に伝える。いわゆるシャトル外交に携われたことは仕事冥利に尽きました。会談が終わってbriefingをするわけですが注目度が非常に高い。スーチーさんがノーベル平和賞をもらっているということもあり、特に欧米諸国は彼女のことに関心が高いのです。

ミャンマー問題というのは、もちろん国連としては、当事者のお手伝いをするというのが原点ですから、軍政側とスーチーさんに対し、譲れるところは譲り大局的な観点からミャンマーの将来のために対話をしてくださいとお願いをするわけです。実際に対話が始まって、2002年にはスーチーさんが軟禁から解放されるとともに、政治的運動の拘束が解かれた。

これは国連としては非常に嬉しい展開でした。結局、その後に軍政側の内部の権力闘争が若干ありまして、軍政側が示した7つのステップのロードマップで民主化は進み、私たちが撒いた種は2010年、2011年に実って、軍政が終わったのです。ご承知の通り、スーチーさん率いるNLDは2015年の総選挙に勝って、今のミャンマーがあります。

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アウンサンスーチー氏宅でラザリ事務総長特使と(田さん提供)

ミャンマーに限ったことではないのですが、一つの国が独裁国家から民主国家に生まれ変わる、あるいはネパールの場合でしたら、王政から民主共和国に生まれ変わるといったプロセスはすごく時間がかかります。10年、20年、30年という歳月を要するのです。

民主化が成っても、それを持続させるだけの社会的基盤がないとなかなか持続できません。ミャンマーの場合は少数民族問題などがありますから、まだまだ道半ばということではないかと思います。そういう観点から、政治だけでなく開発それから人権などを含めた包括的・総合的な国連の取り組みが今後、ますます必要になってくると思います。

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【モルディブでの活躍】

根本:田さんはモルディブもご担当されましたね。

田:はい。根本さんはモルディブに行かれたことはありますか?

根本:いえ、残念ながらありません。ただ、前の大統領を描いたドキュメンタリーを見たことがあります。

田:ナシードさんですね

根本:はい、ナシードさんが逮捕されてから公開になったのだと思いますが、彼がコペンハーゲンで開かれたCOP15で温暖化の問題を訴える演説をした頃のことを中心に描いたドキュメンタリーでした。そのドキュメンタリーでモルディブの状況というのを初めて知りました。

田:私も実際に訪れるまでは高級リゾートというイメージしかありませんでした。飛行場に降りて、対岸にボートで10分ほどわたったところにマレという首都があるわけですが、この島はせいぜい5-6キロ平方メートル。10万人が住んでいて2000台の車が走っている。モルディブで非常に問題となっているのが失業ですが、観光しかないので若い人は仕事がありません。

大家族制度をとっている国なので親に養われていて、若い人たちには何も仕事が無く、外で将棋をやっていたりします。そういうことで、麻薬問題だったり、過激な宗教が入ってきて深刻になったりしています。

モルディブは紛争国ではありません。私たちも別に紛争を解決するために携わったわけではなくて、2008年に初めて民主的に行われた大統領選挙をお手伝いするために行ったわけです。この選挙ではナシードさんがモルディブ初の民主的大統領に選ばれ、翌2009年には複数政党制の国政選挙も行われて議会も民主化されました。

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モルディブ大統領選挙支援での田さん(田さん提供)

しかし司法に関しては、30年間に渡ってモルディブを支配したガユーム前大統領が任命した終身雇用の裁判官がいて、彼らを辞めさせられないわけです。それで、ナシードさんとの間で問題がどんどん深刻化して、ナシードさんが腐敗した裁判官を何とかしようとしても警察は逮捕できず、それならばと、軍隊を使って逮捕しました。

それが今度は、大統領が国軍を使ってそういう内政の裁判官を逮捕するのは憲法違反じゃないかとなって、ナシード大統領が失脚した2012年2月の政変に繫がったのです。それ以後の国連の活動は双方の間をとりもち、モルディブの民主基盤の整備への支援が中心になりました。

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【小国にとっての国連の役割】

根本:モルディブは大国ではないですよね。こういう国にとって国連の重み、あるいは国連が仲介に乗り出そうとしていることの重みはどういうものなのでしょうか?

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第71回総会で、一般討論がスタート。 UN Photo/Cia Pak

田:すごく大きいと思います。193カ国の加盟国のうち半数以上は人口1000万未満の国で、モルディブも含めて多くの国が資金の潤沢な国ではありません。あそこの国の首脳と会いたいといっても簡単にヨーロッパや米国には行けないわけです。

そういう国にとっては国連本部で秋に行われる国連総会の一般討論に来たとき、ダイニングルームなどにいれば、1時間ぐらいの間に10人、20人の外務大臣が来るので非常に効率よくお話ができるわけです。必ずしも国連総会だけではなくて、その外側で行われる二国間・多国間を含めた「廊下外交」にこそ国連の意義があるのではないかと思います。

一方、国連に関与してもらうということは、非常に重みを持っているとは思いながらも、内政に干渉されるのは躊躇があるという国が多いです。国連としてはその辺は慎重にしなくてはいけないし、あくまでも要請があってお手伝いするということです。

別に望まれないのに、国連がしゃしゃり出て行って何かをやってもあまり成功はしないでしょうし、あくまでも当事者の意思というか、そういうものがある場合にはお手伝いさせて頂くということだと思います。

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【グテーレス事務総長の政策】

根本:新しい事務総長は予防、つまり紛争に陥るまでに何とか歯止めをかけて阻止することを重視しています。今後、予防を中核に据えるにあたって、組織的それから思考的に、どのような改革が必要になってくるのでしょうか?

田:私の個人的な見解ですが、グテーレスさんはブトロス=ガリさんの平和への課題(An Agenda For Peace)をよく勉強されたのだと思います。その中で言う「予防外交(preventive diplomacy)」というのは、紛争を未然に防げば、費用対効果の面で一番いいということです。

メディカルの分野でもそうで、いま予防的ヘルスケア(preventive medicine)というのは非常に重視されている。ですから、紛争が起こる前に予防できるというのがもっとも理想的です。ただこれはジレンマなのですが、紛争を未然に防ぐことができたという例はいくつかあったと思いますが、未然に防げた場合はニュースにはなりません。これはもちろん国連としても、事務総長としても静かな外交でやりますから未然に防げるといった場合にはニュースにはなりません。

今の国連は結果ベースの予算(result-based budget)で何でもかんでも定量化(quantify)して、これはこれだけ何時間やったからいくらよこせといった請求の仕方をするわけです。予防外交というのは定量化できないものです。これは例えば100時間使ったからこれだけの成果が出る、成功するという類のものではないのです。

ですから、予防外交を重視するからもう少しお金を出せということにはなかなか繋がりにくい側面があります。ここは、これからの事務総長の腕の見せ所だと思います。やはり予防外交というのは、preventive diplomacyだけではなくて、Peace MakingとPeace Keeping、Peace Building、この4つのcomponentが複合的かつ包括的に実施されないとなかなかできないと思います。

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グテーレス事務総長 UN Photo/Mark Garten

それには開発を担当するUNDPなどの協力も大事になりますし、前から言われていたことですが、グテーレスさんがやろうとしていることの一つとして、例えばUNDPが今まで任命してきたRC(Resident Coordinator 常駐調整官)について、UNDPから事務総長官房に権限を移す。

国連のいわゆるembassy というかambassador みたいな感じです。UNDPは開発担当の常駐代表(Resident Representative)を任命する。そういうことができるかどうかですね。恐らく事務局内では問題ないと思うのですが、問題はG77を中心とする開発途上国です。それらの国々が、そんなことしたら開発が政治化されてしまうんじゃないかということで反対する可能性はあります。

実はブトロス=ガーリさんがこれを一時期やろうとしたのですが頓挫しました。だけど、例えば、モルディブとかミャンマーの場合も、政務局とそれからResident Coordinatorというのはすごく緊密に協力するのです。そういう協力がないとなかなかできないわけですね。その辺の改革ができるといいなと個人的には思ってます。

根本:そういえば、モルディブのRCは、いま野田章子さんという日本人女性です。

田:ネパールにいた方ですね。

根本:そうです。彼女のもとに政治局から行っているcoordinatorがいて、mediationとか分析とかを密接に一緒にやっていて、とてもよいことだと思っています。

田:先ほど触れたガーリさんのやろうとしたことが頓挫したので、スタートしたのがUNDPと政治局がjointで任命するPeace Development Officer です。

根本:なるほど。

田:こういった人をRCにつける。それで政治情勢の分析とかあるいはmediationのお手伝いをするということで始まってから、ずいぶんと経ちます。

根本: mediatorという人は国連には結構いるのですか?

田:四六時中、世界各地から要請があって、この人はmediationのスペシャリスト、この人は憲法のスペシャリストといった具合にスクランブルして集めてチームを作って何か必要があった場合に政務の事務次長とか事務次長を助けるシステムはできています。しかし、これも残念ながら通常予算では無理なので、extra budgetでやっています。

根本:日本もこういうことに予算をつけたらいいのにと思いますが。

田:私もそう思います。それがさっきもちょっと触れた貢献なのです。北欧の国はこういうことにお金を出してくれることが多いです。

根本:相手をおもんぱかって調整するというのは日本人が持っている資質の一つなのかなと思いますが、どうでしょう。

田:コンセンサスを作っていくのは、日本人は上手ですね。

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【廊下外交の内実】

根本:先ほど、総会や大きな国際会議で人が集まるときの廊下外交の話がありました。非公式な形で情報交換してそれが何かの打開につながったということはありましたか。

田:廊下外交が具体的な何かにつながったかどうか、何とも言えません。ただそういう場がなぜ大事かというと、例えば、米国と北朝鮮だったり、米国とキューバだったり、国交がない国同士が、国連代表部を経由してそうした非公式な交渉をする。なかなか二国間でオープンにできない問題でも大勢の中で非公式にやってしまうと意外とできたりすることもあるのです。

根本:それを国連政治局が御膳立てしたりすることもあるのですか?

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インタビュー中の根本所長(左)と田さん(右) ©UNIC Tokyo

田:それはないですかね。二国間の話ですから。ただ北朝鮮の関連でいうと、1990年に南北同時加盟というのがあったのですが、このときはそういうお膳立てはしました。このときは南北ともに非常に猜疑心が強くて、特に北は、南が入ってしまうと今度は米国が安保理での拒否権を使って北の加盟を阻むのではないかといった強い警戒心を持っていました。

ではどうしたらよいのかとなって、これは同時加盟しかなく、しかも一本の決議案で両方を加盟させなければならないとなったわけです。そういうところに何回かの交渉を経て、いきついたのです。

根本:知恵を出したのは誰ですか?

田:事務局も加盟国も一生懸命考えます。そこに国連のノウハウというか専門知識があるわけです。もし加盟国が国連を使いたいということであれば使いようによっては役に立ちますが、使う気がなければ国連の事務局としてああしなさい、こうしなさいというのは、やはり言えないです。

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【ネパールでのミッション】

根本:キプロス問題もそうですよね。

田:キプロス問題はもうずいぶん長いですね。ネパールもそうでしたが、長くなると当事者に甘えが出てきます。国連がいてくれれば現状維持で別にお互い困らないのではないかと甘えが出てしまう。そういうことでは困るということでネパールの場合、2011年1月、国連は撤退しました。

根本:国連ネパール・ミッション(UNMIN)の撤退は早かったですね?

田:UNMINの任期は本来2007年から1年でしたが、国内の政治状況によって2011年まで延期されました。

根本:私はちょうど2006年から2007までネパール勤務でした。UNHCRのブータン難民のキャンプを担当していました。

田:事務総長特別顧問のイアン・マーティンはご存じでしたか?

根本:面識はありませんでした。イアン・マーティンの面白いところは、彼は一人でカトマンズの町とかを徘徊するのです。

田:面白い人ですよね。

根本:彼はみんなに好かれていたので、普通の人たちから「ハイ!ミスター・マーティン!」みたいな感じで声かけられていました。そういう彼の姿というのは、ありがたかったです。

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ネパール毛沢東主義派兵士宿営地を視察する田さん(田さん提供)

田: UNMINの展開はすごく速かったでしょう。

根本:はい。

田:1月に安保理でUNMIN設立の決議案が通ってもう4月には本体が展開していましたね。ただ最初は1年のmandateが、選挙が遅れたりして2年になって、その後今度は毛沢東派の兵士の国軍編入問題とかいろんな問題が出てきて3年4年と長引きました。政党間の仲が悪いので、もうこれはいつまでたってもだめだなということで撤退するしかないと。

お金の面でもACABQ(国連行財政問題諮問委員会)を中心に、特別政治ミッションというのはお金がかかりすぎるという厳しい非難があって、撤退した。そのあとは若干の紆余曲折はありましたが当事者間で交渉をやり始めて、2015年には新憲法も結局できましたから、よかったのですが。

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【ASEANと国連の関係強化に尽力】

根本:今振り返って、一番面白かったのはどのオペレーション、あるいはどの課題ですか?

田:やはりミャンマーですね。もう一つは国連とASEANの関係の強化です。ASEANというのは、非常にメジャーな機構の一つです。1999年にカンボジアが入ってASEAN10になり、それをきっかけとして初めての国連とASEANの非公式の首脳会談が2000年にバンコクであったのですが、その時ASEANというのはまだ国連総会のオブザーバーになっていませんでした。

国連との協力に関しては何のフレームワークもありませんでした。EUやアフリカ連合などは早くからオブザーバーで、協力関係を進めてきたわけですが、当時のアナン事務総長もASEANはどうしたんだということになって、政務局に何とかしなさいと下命があったわけです。

ASEAN側と接触したところ、ASEANには何でも明確にしないで非公式にやる習慣(ASEAN-way)があり、別に困ってはいないという状況でした。しかしそうは言っても、やはり冷戦も終わり、ASEANとしても経済関係の強化だけではなくて、ミャンマー問題もありますので、政治的に役割を果たす時期に来ているのではないかというお話をしてオブザーバーになることを考えてもらうよう提案しました。

そうなると今度は、ASEANが国連とobserver関係を結ぶとどういうメリットがあるのかを教えて欲しいというわけです。国連には安全保障の分野も含めて長年培ってきたノウハウとか専門知識がありますが、そういうことを口で言ってもよくわかってもらえないということで、地域セミナーをやりましょうと提案をしたわけです。

それでASEAN5、つまりASEANの原加盟国である5つの主要な国を毎年回って21世紀の紛争予防・紛争解決、そして紛争後の平和構築といったことをテーマに地域セミナーをやりました。セミナーには政府の役人と、それからNGOや市民団体、研究機関といったところの人も入れて行いました。5年やったところASEAN側も国連に関わる利点に気付いてもらえたようです。

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ASEAN-UN 閣僚会合、国連本部で。UN Photo/Eskinder Debebe

もう一つ伏線になったことは、ASEAN自体がこれでいいのかということ考え始めたことです。やはり、ちゃんとした憲章を持った地域機構に主的に変質したほうがいいのではないかということで2007年に自分たちの憲章を作り出したわけです。新しい憲章ができて、初めてASEANは法的基盤に立った機構になったのです。

同時に、国連にもオブザーバー加盟をお願いして、これはもちろん国連総会で満場一致で承認されました。それでASEANと国連の間の協力関係の基盤も整いました。そこに私は深く関わることができました。

根本:アジア部にいらっしゃったときには、日本もアジア部の対象国に入っていますよね。日本は直接のご担当ではありませんでしたか?

田:国連では自国は担当しないという暗黙の了解がありますから、日本は担当しませんでした。ネパールもそうですしミャンマーもそうですが、積極的に会合にも出てもらうなど、日本にはすごく助けてもらいました。たまたま日本の外交の方針と一致したということもあるのでしょうが、こうした問題で国連を支持してくれたことには感謝しています。

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【最後に、未来ある若者に向けて】

根本:最後に、若い日本人に対してお伝えになりたいことをお願いします?

田:やはり、もう少し外に目を向けて欲しいですね、機会があれば、別に国連でなくてもいいのですが、そういった仕事にチャレンジしてみてはどうですかということですかね。でも、昨日、国連について考えるシンポジウムが上智大学で開催され、そこにパネリストとして参加したのですが、そこにずいぶんたくさん高校生が来たのです。今の日本の若い人たちは実は国連にとても高い関心をもっているのだということを知り嬉しく思いました。日本の若者に期待したいです。