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日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」 (5)

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2016年、日本は国連加盟60周年を迎えます。

国連と日本のあゆみにおいて、それぞれの立場から国連の理念につながる活動や努力を積み重ねている方々が大勢います。重要な節目となる今年、国連広報センターでは、バラエティーに富んだ分野から国連を自分事と考えて行動している方々をご紹介します。

「国連を自分事に」シリーズ第5回は、バルカン半島の異なる民族出身のミュージシャンが演奏する「バルカン室内管弦楽団」を2007年から率いてきた、指揮者の栁澤寿男さんです。

栁澤さんは、来る10月17日、18日に国連欧州本部のあるスイスのジュネーブで、日本の国連加盟60周年記念事業として開催されるバルカン室内管弦楽団による平和祈念コンサートを指揮します。バルカン地域出身者を含む多国籍の奏者が民族共栄を祈って演奏するコンサートに向けた意気込みなどについてお聞きしました。

平和祈念コンサート詳細 バルカン室内管弦楽団コンサート : ジュネーブ国際機関日本政府代表部

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栁澤寿男(ヤナギサワ トシオ)

1971年長野県生まれ。パリ・エコール・ノルマル音楽院オーケストラ指揮科で学び、佐渡裕、大野和士に指揮を師事。スイス・ヴェルビエ音楽祭指揮マスタークラスオーディションに合格し、名匠ジェイムズ・レヴァイン、クルト・マズアに師事。2007年、コソボフィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任し、同年にバルカン室内管弦楽団を設立。2014年、第一次世界大戦のきっかけとなったサラエボ事件から100年の節目に、国立劇場でバルカン室内管弦楽団による第九平和祈念コンサートを開催する。また、世界平和のためのコンサートなどにも尽力。現在、バルカン室内管弦楽団音楽監督、コソボフィルハーモニー交響楽団首席指揮者、ベオグラード・シンフォニエッタ名誉首席指揮者、ニーシュ交響楽団首席客演指揮者。

日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」(5)

指揮者 栁澤寿男さん

~ 異なる民族が「共に栄える」音楽を目指して ~

根本:栁澤さんのバルカン室内管弦楽団での活動、もうすぐ10年になりますね。来日コンサートには私も何度か足を運ばせていただきました。何がきっかけで、栁澤さんはこの多民族の楽団を結成しようと思われたのですか?

栁澤:バルカン室内管弦楽団は公式には2007年結成ですが、本当はマケドニア旧ユーゴスラビア連邦の国立歌劇場の指揮者をしていた頃、民族対立というものを初めて目の当たりにして、2006年にまず始めようとしたのですが、うまく行きませんでした。

大失敗してしまい、一度諦めざるを得なかったんです。2007年に国立歌劇場とケンカして辞め、心配した周りの日本人の方々がつないでくださったおかげで、コソボフィルハーモニー管弦楽団の指揮の仕事を見つけることができました。コソボフィルの音楽監督のバキ・ヤシャリさんとの出会いが、もう一度バルカン室内管弦楽団を立ち上げようという気持ちに火を着けてくれました。

コソボ紛争で身内を2人亡くし、「何かあったら自分は楽器を捨てて銃を取る」と言っていたバキさんが、私が指揮を振り終わった時に「あんなことを言って悪かった、やっぱり音楽に国境はあってはいけない」と言ってくれたのです。

彼の「音楽に国境があってはいけない」という言葉に促され、今度は、「民族融和」ではなく、民族が共に栄えるという「民族共栄」の室内管弦楽団を目指そうと思いました。民族融和は、対立を前提にした考え方で、これではなかなか受け入れてもらえない。対立ありきで何かをしようとすると、皆から抵抗があった。皆で栄えようだったらいいけれども、融和だと抵抗を持たれてしまう、と感じたからです。

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著書「戦場のタクト 戦地で生まれた、軌跡の管弦楽団」©UNIC Tokyo

根本:バルカン半島の民族対立に当事者と関わることのなかった日本人だからこそできることでしょうか?

栁澤:セルビアのセルビア人とコソボのアルバニア人の文化交流はとても少ないのが現状です。来年オーケストラが10周年を迎えるのでベオグラードで演奏会をしようとしていますが、コソボの人がベオグラードで演奏会をすることは可能でしょうが、ベオグラードの人がコソボに行くのは難しい。治安というよりも、むしろ周りの目を気にし、プリシュティナに行って演奏をやるなという話になるんです。

バルカン室内管弦楽団のプリシュティナでの演奏会では、演奏者はマケドニア人とアルバニア人だけで、セルビア人は来ませんでした。コソボで演奏会をしたのは、セルビア人とコソボのアルバニア人が2009年に交流した際に、(南北に川で分断された)ミトロヴィツァでの橋の南側と北側でやったコンサートくらいしかありません。必要な連絡調整も本人達同士ではコーディネートできないので、日本人が間に入ってやるしかないですね。

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2009年ミトロヴィツァでの初めてのコンサート(栁澤さん提供)

根本:バルカンの異なる民族と信頼関係を築く上で、どんなことを大切にしていらっしゃいますか?

栁澤:まず彼らのコミュニティーの中に入っていくことですね。商社もそうかもしれませんが、遠隔操作で日本の職員が現地にいなくて、現地スタッフだけでまわしていてもだめで、自分がそこにいって、その人達の本質を知ることが大切です。

現地では自分の今までの常識は通じない。バルカンでは、自分の常識が通用しないと痛感しました。彼らの生活や考え方を知った上で、一緒に仕事をしていかないといけない。同じ釜の飯を食うということわざがありますが、現地でしっかり彼らと一緒に何が出来るかを考えないといけないでしょう。

それから、上から目線ではなく、謙虚な気持ちを持つこと。日本から途上国に行くと、自分の方がすごい所から来ていると、上から目線になりがちです。自分達の文化の方が優れているとか自分の方が良い生活をしていると思ってしまう。日本の方が進んでいる部分を教えてあげようだとか、やってあげようと思ったら、絶対にいけない。一緒にやっていく、共栄することがまず第一です。

日本のオーケストラみたいにしようとしても、向こうの人は分からないし、それではついてきません。相手の優れている点はたくさんあり、そこをちゃんと認めて、自分が出来ないことは自分で認め、彼らから学ぼうという謙虚な姿勢が必要です。

根本:来年で結成から10年。演奏に進化はありますか?

栁澤:一昨年くらいまではオーケストラとして下手だったかもしれません。一緒にやること自体が大変だったので、クオリティーはあげようがなかったんです。コソボのミトロヴィツァでやる時もまず治安を維持して演奏するなど、お互いにどういう人かも分からずただ演奏するだけで精一杯でした。いつまでも今のままのクオリティーでは難しいので、クオリティーをあげようとしています。

昨年ベオグラードで世界的バイオリニストの諏訪内晶子さんも含めて47名で演奏会をした時くらいからかなり上手くなってきていると手ごたえを感じています。フランクフルト放送交響楽団という世界有数のオーケストラの人も一緒に混ざるなど、徐々にクオリティーもあがってきています。

また、日本政府がコソボフィル、サラエボフィル、ベオグラードフィル、マケドニアフィルなどほとんどバルカン全域に文化無償援助を行っていることは素晴らしいことだと思います。

旧ユーゴ紛争以前にあった旧ユーゴの多民族のオーケストラが奏でていたと言われている音色が、日本人の音楽家もしくは企業支援、日本政府のバックアップによって復活させることができたのは、この地域に関わる日本人としてとても嬉しいことです。お互いの信頼関係がないとできないことでしょう。

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2015年に行われたバルカン室内管弦楽団ベオグラード公演にて(栁澤さん提供)

根本:栁澤さんはコソボで盲腸をこじらせて、九死に一生を得るような体験もしていらっしゃいます。そこまでしてバルカン地域に関わろうとする理由はどこにあるのでしょう?

栁澤:それはバキさんの言葉に尽きますね。自分の近くで戦争に行きたいという人をあまり見たこともありませんでしたし、憎しみの塊みたいだった人が、自分の音楽を聴いて変わったことにとても感動しました。

根本:栁澤さんは世界各地のオーケストラを指揮してこられましたが、バルカンの人々が奏でる音の特徴ってありますか?

栁澤:アルバニア人は違いますが、彼らのほとんどがスラヴ系民族なので、やはりスラヴであるチャイコフスキーやドボルザークなど、そういう音色にぴったり合う音を出しますね。弦楽器の音がすごく鳴るという特徴はあるが、それが復活してきていることは指揮をしている側としても嬉しく感じます。

今チャイコフスキーやドボルザークの名演奏はウィーン、ベルリン、ニューヨークといった経済の集まる所が上手となっているが、その中でオリジナルの文化圏のスラヴの人たちが出す音で上手な演奏ができるのは素晴らしいことだと思います。

根本:2014年には、第一次世界大戦勃発から100年という節目に、大戦の引き金となった事件が起きたボスニアのサラエボで、バルカン室内管弦楽団による平和祈念コンサートをなさいましたね。そして、今年10月には、日本の国連加盟60周年の平和祈念コンサートをジュネーブで指揮されますね。

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2014年サラエボ国立劇場での第九平和祈念コンサート(栁澤さん提供)

栁澤:駐セルビア日本大使ご夫妻が熱心に働きかけてくださったおかげで、今日のジュネーブでのコンサートにつながりました。ジュネーブにある国連欧州本部と市内のヴィクトリアホールとで2回演奏会を行いますが、コソボは国連加盟国ではないので、コソボの演奏者たちは国連欧州本部でのコンサートには参加しません。

コソボが国かどうかについて触れてもしょうがないけれども、それよりもバルカン地域が国連とつながってほしい、地球全体で平和になってほしいという思いがとても強いので、バルカン全域の国と地域を含めてそういう形になったらいいと願っています。

根本:ところで、栁澤さんは小さい頃から指揮者を目指していらっしゃったんですか?

栁澤:いえいえ、まったくの偶然です。音楽は好きでしたが、それを職業にするのは大変だし、考えていませんでした。

たまたま旅行先のウィーンで小澤征爾さんの演奏会に行き、日本人が一人で外国人をまとめている姿を見て、一人のサムライスピリッツのようなものを感じ、彼のまとめていこうという姿に感動したんです。小澤さんを見て指揮者になりたいと思ったわけですが、ここまで大変だと知っていたら自分は指揮者を目指さなかったと思いますよ。

根本:バルカン室内管弦楽団を率いて活動するには、お金もかかりますね。どのように工面し、そしてどのようにモチベーションを作っていらっしゃるのでしょうか?

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コソボ戦争によって壊れた家(栁澤さん提供)

栁澤:私のバルカン室内管弦楽団での活動はほとんどボランティアで、お給料はありません。コソボフィルのお給料はむこうの相場ですから月3万円くらいしかありません。今は日本とバルカン地域とを行き来しています。

以前はむこうに行きっぱなしだったが、今は春とか秋等まとめて行き、その際はコソボだけじゃなくベオグラードやニーシュなど行き、一年の3分の1くらいバルカン地域に行っている。その際は無給に近い状態なので、日本にいる間にとにかく稼いでいます(笑)。

バルカン室内管弦楽団の演奏者たちは普段安い給料で働いているので、オーケストラとしてきちんとお礼をするということ、ボランティアではないということ、プロフェッショナルとして保障するということがとても重要だと考えています。

そして、西側に通用するクオリティーを持つことを目標にする。紛争の跡地みたいなところには楽器店もなく、指導者もいない。そのような場所でクオリティーの高いオーケストラを作ることは極めて難しいけれど、資金の力でそれを作ることができれば、彼らにとってもステータスと思えるようになり、それに参加したいという夢が生まれます。

自分の国を捨ててどこかに行きたいと思っている人達には、夢ができることは非常に大切です。そこにちゃんとしたものを作り、保障をすることは戦争の跡地にどこでもドアを作るようなものですね。そこに来て一生懸命やれば、日本、アメリカ、スイスなどにも行けるし、世界的なソリストとも競演出来るというモチベーションにもつながる。そのようなチャンスに恵まれない人達に、チャンスを作りたい、というのが私の願いです。

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インタビュー後の記念撮影(左: 根本所長、右: 栁澤さん)©UNIC Tokyo